つむぎさんと夏祭りの回り道
土曜日の午後。
相馬奏士は机に向かい、ノートパソコンで勉強をしていた。
『今週の自己研鑽ノルマ、残り二時間二十分、順調だね』
とAIナビィ。
「予定通りだ」
『外、賑やかだけど』
「祭りだろ」
『行かないの?』
「人混み、行列、高価格。非効率の三冠王だ」
『ひどい言い方』
「事実だ」
ピンポーン。
玄関を開けると。
「あ、オジィ!」
「やっぱりお前か」
つむぎが立っていた。
今日は浴衣姿だ。
「お祭り行こ!」
「断る」
「行こ!」
「断る」
「行こ!」
「三回言えば通ると思うな!」
「似合う?」
くるっと回るつむぎ。
奏士は思わず目を逸らした。
「転ぶなよ」
「それ、褒めてる?」
「……まあ」
「やった!」
『奏士、負けたね』
「負けてない」
◇
結局。
奏士は祭り会場にいた。
「なんでこうなった……」
『予定通りだよ』
「どこが」
『つむぎさんの予定通り』
「それは認める」
祭り会場は賑やかだった。
焼きそばの匂い。
子供たちの笑い声。
射的の音。
提灯の明かり。
奏士は人混みを避けながら歩く。
「移動効率が悪い」
「オジィー!」
つむぎはすでに金魚すくいを眺めていた。
「見て見て!」
「見るだけなら無料か」
「夢がないなぁ」
「現実主義だ」
「この金魚かわいい」
「飼うの大変だぞ」
「じゃあ見るだけ」
「それが一番合理的だ」
「でも楽しい!」
「……まあな」
次は射的。
その次は綿あめ。
さらにヨーヨー釣り。
何をするでもなく、ただ眺めているだけ。
それなのに、つむぎは楽しそうだった。
「オジィ!」
「なんだ」
「りんご飴!」
「食べない」
「半分こ!」
「いらん」
「一口!」
「断る」
「半口!」
「細かくするな」
『前にも聞いた流れだね』
「うるさい」
結局、押し切られて一口かじる。
「……甘い」
「おいしい?」
「糖質の塊だ」
「おいしい?」
「……悪くない」
「えへへ」
つむぎは満足そうに笑った。
◇
「ふぅ」
人混みから少し離れたベンチ。
つむぎが座り込む。
「疲れたか?」
「うん」
「だから言っただろ」
「でも楽しかった!」
「そうか」
つむぎは持っていた袋をごそごそ探る。
「あ」
「どうした」
「猫ちゃんのお面買うの忘れた」
「別にいいだろ」
「売り切れちゃうかなぁ」
「……」
奏士は立ち上がった。
「ここで待ってろ」
「え?」
「動くなよ」
『奏士?』
「十分で戻る」
『勉強時間が十分減るけど?』
「誤差だ」
『ほう』
十分後。
息を切らせながら戻ってくる奏士。
「ほら」
「あっ!」
猫のお面。
つむぎの目がぱっと輝いた。
「すごい!」
「最後の一個だった」
「オジィ、ありがとう!」
「礼はいい」
「優しいね!」
「違う」
「照れてる?」
「違う」
『顔赤いよ』
「走ったからだ!」
つむぎは猫のお面を顔につけた。
「どう?」
「猫だな」
「かわいい?」
「猫だな」
「褒めて!」
「……似合ってる」
「やったー!」
つむぎは嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て、奏士は小さくため息をつく。
『自己研鑽の時間、二十分減ったね』
「そうだな」
『後悔してる?』
「……してない」
『珍しい』
「たまにはいい」
『たまに?』
「たまにだ」
祭りの喧騒の中。
猫のお面をつけたつむぎが、楽しそうに笑っている。
「オジィ! 次はたこ焼き!」
「まだ行くのか!」
「お祭りだもん!」
「元気だな!」
最適化の鬼・相馬奏士。
今日の予定表にはなかった二十分。
その回り道を、彼は思ったより悪くないと思い始めていた。




