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つむぎさんと余計なおかず

 午後七時十分。


 相馬奏士はキッチンに立っていた。


 鶏むね肉三百グラム。


 キャベツ半玉。


 ブロッコリー。


 ミニトマト。


 そしてプロテイン。


「よし。一週間分の夕食作り、開始」


『毎回思うけど、色気ないよねぇ』


 と、AIナビィ。


「栄養バランスは完璧だ」


『味は?』


「必要ない」


『人生、ちょっと損してない?』


「してない。それよりカロリー計算してくれ。」


 奏士は慣れた手つきで鶏肉を茹で、ブロッコリーを切り分ける。


 コンテナに小分けして並べる。


 所要時間二十七分。


「自己ベスト更新」


『誰に勝ったの?』


「先週の僕」


『もういいよ、そのライバル』


 その時。


 ピンポーン。


「ん?」


『宅配?』


「頼んでない」


 インターホンを開けると。


「あ、オジィ!」


「お前か」


 つむぎだった。


 両手で大きなタッパーを抱えている。


「こんばんはー!」


「こんばんはじゃない。何だそれ」


「おすそ分け!」


「おすそ分け?」


「今日ね、肉じゃが作ったの!」


「肉じゃが?」


「うん!じゃーん!」


 蓋を開ける。


 甘辛い香りがふわっと広がった。


 じゃがいも。


 人参。


 玉ねぎ。


 しらたき。


 そして牛肉。


 湯気が立っている。


 奏士は思わず固まった。


『おいしそう』


「……」


『いい匂いだね』


「……」


『口、開いてるよ』


「はっ」


 奏士は咳払いした。


「いや、気持ちはありがたいが、僕の夕食プランはすでに決まっている」


「え?」


「鶏むね肉とキャベツだ」


「それだけ?」


「それだけだ」


「毎日?」


「毎日だ」


 つむぎは目をぱちくりさせた。


「飽きない?」


「栄養が同じなら問題ない」


「楽しくないよ?」


「食事に楽しさは不要だ」


「えぇ……」


 つむぎは奏士の後ろを覗き込んだ。


「うわっ」


「なんだ」


「全部白い」


「失礼だな」


「白と緑しかない!」


「必要十分だ」


「なんか病院食みたい」


「失礼だな!」


『ちょっと思った』


「ナビィまで!」


 つむぎはタッパーを差し出した。


「一口だけでも食べて?」


「いや」


「お願い」


「いや」


「一口」


「いや」


「半口」


「単位を細かくするな」


「四分の一口」


「そこまで譲歩する!?」


『奏士、負けそう』


「負けじゃない!」


 結局。


 食卓の上には、いつもの茹で鶏。


 そして、肉じゃが。


 奏士は箸を持った。


「……一口だけだ」


「うん!」


 ぱく。


「……」


 もぐもぐ。


 つむぎが顔を近づけてくる。


「どう?」


「……」


「どう?」


「……」


「どう?」


「近い!」


「どう?」


 奏士はしぶしぶ答えた。


「……悪くない」


「やった!」


「じゃがいもの火加減もいい」


「えへへ」


「牛肉の甘味も出てる」


「うんうん」


「玉ねぎも柔らかい」


「うんうん」


「……」


「おいしい?」


「……まあ」


 つむぎは満面の笑みになった。


「よかった!」


『奏士、すごい勢いで食べてるけど』


「うるさい」


『もう三口目だよ』


「分析だ」


『分析なんだ』


「味の構成を確認している」


『おかわりしてるけど』


「検証だ」


『はいはい』


 しばらくして。


 気付けば肉じゃがは半分になっていた。


「……すまん」


「ん?」


「食べ過ぎた」


「いいよー」


 つむぎは嬉しそうに笑った。


「たくさん食べてくれると嬉しいもん」


「そういうものか?」


「うん」


「なぜ」


「だって、誰かがおいしそうに食べてくれると、作った人も嬉しいから」


「……」


 奏士は少し考えた。


 栄養。


 タンパク質。


 脂質。


 炭水化物。


 効率。


 最適化。


 そんな項目にはない何か。


 よく分からないけれど。


 悪い気分ではなかった。


「……次からは量を減らせ」


「え?」


「食べ過ぎる」


「また作っていいの?」


「そういう意味じゃない!」


「じゃあ、作る!」


「人の話を聞け!」


 つむぎは声を上げて笑った。


 すると。


 ぐううう。


「……」


「……」


『奏士?』


「……なんだ」


『足りなかったみたいだね』


「うるさい」


 つむぎは吹き出した。


「オジィ、まだ食べる?」


「いらん」


 ぐううう。


「……」


「ぷっ」


『体が正直だね』


「うるさい!」


 つむぎはタッパーを抱え直しながら立ち上がった。


「じゃあ、明日は唐揚げ!」


「なんで増えるんだ!」


「オジィがいっぱい食べるから!」


「だから違う!」


 玄関に向かうつむぎの背中を見送りながら、奏士は残った肉じゃがを見つめた。


「……ナビィ」


『なに?』


「食事に楽しさは不要だ」


『うん』


「不要なんだが……」


『うん』


「……悪くないな」


『知ってる』


 最適化の鬼・相馬奏士。


 彼の完璧な夕食プランは今日も崩された。


 だが、少しだけ賑やかになった食卓を、彼は思ったほど嫌いではなかった。

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