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第4話 保証人の署名

真白の指が止まった。


スマホの画面を見たまま、動かない。


部屋は静かだった。


父は椅子に沈んでいる。

叔父は立ったまま腕を組んでいる。

誰も、何も言わない。


外だけが動いている。


訴状。

記事。

会社。


全部、もう止まらない。


だから、中で決めるしかない。


「……何を書いてる」


父が言った。


声が乾いている。


真白は答えない。


数秒遅れて、画面を閉じた。


「出します」


それだけ言った。


「何を」


「説明です」


俺は何も言わない。


ここは止める場面じゃない。


選ばせる場面だ。


「誰に」


叔父が言う。


「どこに出すつもりだ」


「同じところです」


真白は言った。


「記事を出したところに」


叔父が短く笑う。


「火に油だな」


「違います」


真白は首を振る。


「消します」


言い切った。


いい。


方向は合っている。


ただし、まだ甘い。


「内容は」


俺は言った。


真白がこちらを見る。


迷いがある。


だが、逸らさない。


「父が関与していない部分を出します」


父が顔を上げる。


「……何だ、それは」


「事実です」


「どの事実だ」


「金の流れです」


真白は机の通帳を指す。


「個人的な支出はあります。ですが、会社の資金は使われていません」


事実だ。


だが。


「弱いな」


俺は言った。


真白の指が止まる。


「……なぜですか」


「守る気がない」


「あります」


「ない」


俺は続ける。


「それは説明だ。責任じゃない」


真白は黙る。


理解している。


足りないことを。


「何を足せばいいんですか」


小さく言った。


いい。


聞いた。


「保証人だ」


「……保証人?」


「誰が責任を持つのかを書く」


沈黙。


父が息を呑む。


叔父の目が細くなる。


真白だけが動かない。


考えている。


正しさで答えを出そうとしている。


だが、正しさからは出ない。


「お前だ」


俺は言った。


空気が固まる。


「……私?」


「そうだ」


「それは」


「事実だろ」


俺は机を見る。


通帳。


印鑑。


領収書。


全部、真白の前にある。


「今、金を握っているのはお前だ」


「一時的にです」


「一時的でも管理だ」


真白は息を止める。


「だから、お前が出る」


「父の代わりに、ですか」


「そうだ」


父が何か言いかけて、止まる。


止められないとわかっている顔だ。


「……それは、正しくありません」


真白の声が揺れた。


初めてだった。


「知ってる」


俺は言った。


「だが使える」


同じ言葉。


だが、もう意味は違う。


昨日までの真白なら、拒んだ。


正しくないから。


今の真白は、拒めない。


使えると知ってしまったから。


「それを書けば」


真白は言う。


「動きますか」


「動く」


「誰が」


「全員だ」


俺は短く答える。


「記者も、会社も、相手も」


間。


「お前が責任の席に座れば、話は“家庭の内部処理”に戻る」


父が顔を上げる。


「……戻るのか」


「完全には戻らない」


俺は言う。


「だが、向きは変わる」


それで十分だ。


今は。


真白は長く息を吐いた。


ゆっくりと。


それから画面を開く。


指が動く。


今度は止まらない。


打っている。


言葉を選んでいる。


事実を並べている。


自分の名前を、その最後に置くために。


やがて、真白は手を止めた。


「……出します」


誰に向けた言葉でもない。


ただの確認だった。


「出せ」


俺は言った。


それだけでいい。


真白は送信した。


小さな音がした。


それで終わりだ。


戻らない。


父が目を閉じる。


叔父は何も言わない。


数秒後、スマホが震えた。


真白のものだ。


画面を見る。


通知。


返信が来ている。


早い。


向こうも待っていた。


「……掲載されます」


真白が言う。


「すぐに」


いい。


もう一度、外に出た。


だが今度は違う。


出し方が違う。


順番が違う。


責任の置き場所が違う。


父のスマホが鳴った。


今度はすぐに出た。


「……はい」


声が少し戻っている。


「……ええ」


間。


「……はい」


通話を切る。


ゆっくり息を吐く。


「……処分は、保留だそうだ」


完全には救われていない。


だが、落ちきってはいない。


止まった。


それで十分だ。


叔父が舌打ちする。


「……小賢しい真似を」


「効果はある」


俺は言った。


叔父は何も返せない。


結果が出たからだ。


真白は、その場に立ったままだった。


動かない。


ただ、自分の手を見ている。


指先がわずかに震えている。


「……終わりましたか」


小さく言った。


「いいや」


俺は答える。


「始まっただけだ」


真白が顔を上げる。


「これで全部片付いたと思うな」


「……はい」


「お前がやったことは消えない」


短く言う。


「事実も、並べ方も」


真白はゆっくり頷いた。


理解している顔だった。


もう、昨日までとは違う。


正しさだけで立っていた少女ではない。


自分の名前を、責任の場所に置いた少女だ。


真白は静かに言った。


「……それでも、選びました」


「そうか」


俺は言った。


「なら、それでいい」


それ以上は何も言わない。


必要ない。


責任は、もう置いた。


その場所に名前を書いた。


それで動いた。


それが全てだ。


誰が払うかも。


もう決まった。

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