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第2話 順番の問題(後編)

決まった、という空気があった。


父は机を見ている。

真白は父を見ている。

俺は、その両方を見ている。


順番が決まると、人間は安心する。


正しいかどうかじゃない。


迷わなくて済むからだ。


そして。


迷わない人間は、壊しやすい。


「会社の件、どうする」


俺は言った。


父は一拍置いた。


さっきより短い。


「……広報に回す」


「内容は」


「個人の問題として処理する。業務には影響がないと」


「遅いな」


父が顔を上げる。


「何がだ」


「もう“個人”じゃない」


沈黙。


理解が追いついていない顔だ。


俺はスマホを机に置いた。


画面を見せる。


ローカルのニュースサイト。


見出しは短い。


“地元企業幹部、私生活トラブルか”


名前は出ていない。


だが。


会社名はぼかされていない。


父の呼吸が止まる。


「……早すぎる」


「普通だ」


俺は言った。


「事実だからな」


父が画面を掴む。


指が少し強い。


スクロールする。


読む。


顔が変わる。


「……コメントが」


「見るな」


「もう見てる」


止まらない。


人間は、見ないほうがいいものほど見る。


「……誰が流した」


「俺だ」


短く答える。


真白の視線が固まる。


父も動かない。


「全部じゃない。流れだけ置いた」


俺は続ける。


「拾ったのは向こうだ」


嘘じゃない。


ただ、置く場所を選んだ。


「……そんなこと」


真白が言いかける。


「できる」


俺は言った。


「事実だから広がる」


嘘は止まる。


否定される。


だが事実は止まらない。


勝手に増える。


勝手に形を変える。


勝手に人を刺す。


父の手が止まる。


スマホを持ったまま。


「……終わりだ」


「始まりだ」


俺は言った。


父がこちらを見る。


逃げる目ではない。


判断を求める目だ。


いい。


「ここからが仕事だ」


真白が俺を見る。


「……あなたがやったんですね」


「やった」


否定しない。


「必要だったからな」


沈黙。


真白は何も言えない。


言葉が出ないんじゃない。


出していい言葉が見つからない。


「どうする」


父が言う。


完全に預けている。


もう自分では決められない。


「会社を守るなら、先に出す」


「何を」


「謝罪だ」


「は?」


真白が反応する。


遅い。


だが、まだ踏みとどまっている。


「まだ何も確定していません」


「だから出す」


俺は言った。


「確定する前に出す」


「それは……」


「詐欺だな」


言い切る。


逃げない。


「だが効く」


父は黙る。


考えている。


だがもう、答えは出ている。


自分ではなく、状況が選ばせている。


「……何を言えばいい」


来た。


完全に手放した。


「事実だけ言え」


俺は言う。


「私生活の問題で迷惑をかけている。現在対応中。それだけだ」


「それで足りるのか」


「それ以上言うと負ける」


父はスマホを見る。


画面。


指。


震えている。


だが、止まらない。


「今出せ」


「ここでか」


「今だ」


一拍。


その一拍で、人間は戻れる。


だが父は戻らなかった。


入力。


送信。


終わりだ。


もう戻らない。


「……これでいいのか」


「いい」


俺は言った。


「主導権は戻る」


「……本当にか」


「少なくとも、黙ってるよりはな」


真白が口を開く。


だが、止まる。


言葉が出ない。


「……正しくありません」


やっと出た。


弱い。


「そうだな」


俺は答える。


「だが使える」


真白の視線が落ちる。


机。


通帳。


印鑑。


スマホ。


記事。


全部、同じだ。


事実。


ただし。


意味は全部違う。


並べ方で。


「……同じです」


小さく言う。


「何がだ」


「私と」


真白は言う。


「あなたのやっていること」


いい。


そこまで来た。


「違う」


俺は言った。


「俺は選んでる」


真白が顔を上げる。


「お前は、まだ流されてる」


沈黙。


そのとき。


チャイムが鳴った。


短く。


強く。


連続で三回。


ためらいがない音だ。


真白の肩がわずかに固まる。


「……誰ですか」


「さあな」


俺は言う。


だが、わかっている。


「出るな」


父が立ち上がる。


「なぜだ」


「順番だ」


チャイムがもう一度鳴る。


今度は長い。


押しっぱなしだ。


遠慮がない。


「……親族です」


真白が言う。


声が低い。


感情が混じっている。


初めてだ。


「開けろ」


俺は言った。


「ここで止めるな」


父が玄関へ向かう。


足音は重い。


だが止まらない。


ドアが開く。


「ようやく出たか」


男の声。


強い。


遠慮がない。


そのまま入ってくる。


リビングまで一直線。


机を見る。


俺を見る。


真白を見る。


全部一瞬だ。


「……何だこれは」


「見ての通りです」


真白が言う。


声が硬い。


「通帳はどうした」


「管理しています」


「誰が許可した」


「必要だったので」


男が一歩踏み込む。


距離を詰める。


圧。


わかりやすい力だ。


「遅いな」


俺は言った。


全員がこちらを見る。


「何だお前は」


「相談業だ」


「出ていけ」


「出ていかない」


男がさらに詰める。


俺は動かない。


「順番が違う」


俺は言った。


「何のだ」


「金だ」


机を指す。


「それ、もう止まってる」


「……何?」


「会社が動いた」


父を見る。


父が頷く。


「……発表しました」


男の顔が変わる。


一瞬。


その一瞬で、力関係が揺れる。


「勝手なことを」


「必要だった」


父が言う。


声が戻っている。


さっきより低い。


「これ以上広がる前に」


「お前は何を」


「順番だ」


父が言う。


その言葉を使った。


いい。


男は止まる。


言葉を失う。


ほんの少しだけ。


だが十分だ。


主導権は移る。


静かに。


確実に。


真白は、それを見ていた。


何も言わない。


ただ見ている。


さっきまでとは違う目だ。


測る目でもない。


正す目でもない。


選ぼうとしている目だ。


いい。


ここからだ。


俺は椅子にもたれたまま言った。


「次は金だ」


誰も反論しない。


できない。


もう流れに乗っている。


順番を変えた時点で。


全員が、同じ土俵に立っている。


降りることはできない。

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