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第2話 順番の問題

「……話そう」


天城の父はそう言って、椅子に座り直した。


さっきまで出口に向いていた体が、机に向く。


それだけで、人間は別の顔をする。


逃げる顔から、話す顔へ。


いや。


追い詰められた顔へ。


「何から話せばいい」


声は低い。


だが、逃げてはいない。


「全部だ」


俺は言った。


「時系列で話せ」


父は少しだけ黙った。


人は過去を語るとき、事実を話すんじゃない。


自分に都合のいい順番を選ぶ。


「……半年前だ。仕事が忙しくなって、帰りが遅くなった」


「嘘だな」


真白がこちらを見る。


父の口が止まる。


「なぜわかる」


「順番がおかしい」


俺は言った。


「忙しくなったから関係ができたんじゃない。関係ができたから、忙しくなったんだ」


沈黙。


父の視線が、ほんの少しだけ落ちる。


答えだ。


「続けろ」


「……三ヶ月前だ。相手と、そういう関係になった」


「金は」


「渡していない」


「嘘だな」


机の上の領収書を指で叩く。


ホテル代。


食事代。


交通費。


贈答品。


全部、綺麗に並んでいる。


綺麗すぎるほどに。


「渡していないんじゃない。名前を変えているだけだ」


父は黙った。


真白が机を見る。


自分が並べた証拠を。


「問題はそこじゃない」


俺は言った。


「なぜ、ここまで崩れたかだ」


真白の呼吸が止まる。


いい反応だ。


わかってきたな。


「偶然だ」


父が言った。


「違う」


俺は真白を見る。


「お前だ」


「……私?」


真白の声が、わずかに遅れた。


「私は、事実を集めただけです」


「いつからだ」


「……一ヶ月前です」


「遅いな」


「何がですか」


「その時点で、もう終わってる」


真白の眉が動く。


「意味がわかりません」


「お前は結果を見てから動いた」


「それは当然です」


「違う」


俺は机を軽く叩く。


「お前は、父親が悪いと決めてから証拠を集めた」


「違います」


即答。


だが、弱い。


「同じだ」


「私は、事実を」


「事実を集めるっていうのは、どっちに転んでもいい状態から始めることだ」


真白は黙った。


「お前は違う。結論に合う事実を拾った」


父が小さく笑った。


「……そうだな」


空気が変わる。


「最初から、俺が悪いって顔をしてた」


真白の肩が止まる。


「だから話さなかった」


その一言は、刃物みたいに浅く入った。


深くはない。


だが、確実に血が出る場所だ。


「……私は」


「正しいことをしたつもりだったんだろ」


父が言う。


真白は、答えない。


答えられない。


俺はスマホを取り出した。


「次だ」


父がこちらを見る。


「何をするつもりだ」


「外を動かす」


「外?」


「会社と、相手の夫だ」


真白の顔が上がる。


「どうやって」


「順番を変える」


「また、それですか」


「それしかない」


俺は父のスマホを指す。


「会社から連絡が来ているな」


「……ああ」


「出ろ」


「何を言えばいい」


「事実を言え」


「どの事実だ」


「これは家庭の問題ではない、という事実だ」


父は迷った。


迷ってから、通話ボタンを押した。


「……はい」


相手の声は聞こえない。


だが、父の顔色は変わる。


一段階。


さらに一段階。


「……いえ、今は」


間。


「……後ほど、こちらから説明します」


通話が切れる。


父はスマホを握ったまま、しばらく動かなかった。


「……噂になってる」


「早いな」


「誰がやった」


「俺だ」


短く言う。


真白の目が止まる。


父も動かない。


「全部じゃない。流れを作っただけだ」


俺は続ける。


「届く場所に、届く形で置いた。あとは勝手に広がる」


「そんなこと……」


真白が言いかける。


「できる」


俺は言った。


「事実だからな」


嘘は弱い。


否定される。


だが事実は強い。


勝手に歩く。


勝手に誰かを刺す。


「全部、本当だ」


俺は机を見る。


「ただ、順番を変えただけだ」


真白は言葉を失った。


目が、机に落ちる。


通帳。


印鑑。


領収書。


自分が並べたもの。


それが、今。


外に出ている。


同じだ。


構造は、同じだ。


「……これを続ければ」


真白が言った。


声が少し震えていた。


「どうなりますか」


いい。


そこに来たか。


「簡単だ」


俺は言った。


「全部壊れる」


沈黙。


真白の目が、わずかに開く。


「順番を間違えればな」


父が、椅子に座ったまま言う。


「……どうすればいい」


完全に依頼人の顔だ。


さっきまで家族だった男が、今は保身を考える男になっている。


人間は、立場が変われば言葉も変わる。


「一つずつ潰す」


「何を」


「優先順位だ」


俺は指を折る。


「会社」


一つ。


「金」


二つ。


「家族」


三つ。


「最後だ」


「そんなの、おかしいです」


真白が言った。


声が強い。


だが、揺れている。


「家族が一番大事なはずです」


「違う」


俺は遮る。


「家族を一番にした結果が、これだ」


沈黙。


「守れないものを一番上に置くな。全部潰れる」


真白は何も言えない。


父はゆっくり頷いた。


「……会社だな」


「そうだ」


「金も止める」


「そうしろ」


「家は」


「後回しだ」


決まった。


順番が。


ただそれだけで、場の空気が変わる。


真白は、それを見ていた。


自分ではなく。


正しさではなく。


現実が、別の理屈で動くところを。


「……同じです」


小さく言った。


「何がだ」


「あなたと」


真白は、俺を見る。


「私のやっていること」


いい。


そこまで来た。


「違う」


俺は言った。


「俺は自覚してる」


真白の顔が止まる。


「お前は、まだ自分を正しい側に置いている」


沈黙。


それで十分だった。


父のスマホがもう一度震える。


今度は通知だ。


父が画面を見る。


顔が固まる。


「……来た」


「何が」


「会社からだ」


父は言った。


「内部調査を始める、と」


真白の指が震えた。


本当に少しだけ。


けれど、確かに。


父はスマホを机に置いた。


もう逃げない。


逃げられない。


「……やるしかないな」


その言葉を、真白は聞いた。


そして、理解し始める。


正しさは、人を守らない。


真実は、人を救わない。


人を動かすのは、いつだって順番だ。


誰に。


いつ。


どこまで。


何を見せるか。


それだけで、人間は勝手に壊れていく。


俺は椅子にもたれた。


流れはできた。


あとは。


どこから壊すかを決めるだけだ。

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