表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

第1話 保証人の席

翌日、十五時ちょうど。


天城真白は来た。


ノックは三回。

間隔は一定。

迷いがない。


「どうぞ」


ドアが開く。


白い制服。黒い鞄。

傘は乾いている。


外は雨だ。


「時間通りです」


「知ってる」


俺は時計を見ない。


見る必要がないからだ。


「一時間三万」


「承知しています」


封筒が机に置かれる。


現金。三万円。ぴったり。


ズレがない。


だから、壊れるときは一気だ。


「座れ」


真白は座る。


背筋が伸びている。

視線が動かない。


測っている。


「話せ」


間がない。


「父は戻っていません。母は寝室にいます。食事は一日一回。昨日はパンを半分残しました」


「医者は」


「行っていません」


「親族」


「叔父が通帳を持ち出そうとしました。鍵を変えました」


「勝手にか」


「はい」


いい。


止める人間がいない。


「内容証明は」


「こちらです」


封筒。弁護士名。慰謝料請求。


額は高い。


高すぎはしないが、逃げたくなる額だ。


「結論は」


「父は不倫しています。家族は崩壊しました」


即答。


迷いがない。


そして、根拠が足りない。


「依頼内容は」


「家族を、正しい形で終わらせることです」


「正しい形って何だ」


一拍。


ほんのわずか。


「責任の所在を明確にし、財産と関係を整理することです」


言い直した。


定義してきたな。


「母は」


「……意思を確認します」


そこだけ止まる。


弱い部分だ。


「現場に行く」


「え」


「家だ。見せろ」


一瞬だけ、真白の視線が揺れる。


確認している。


俺を信用するかどうかではない。


自分の判断が正しいかどうかを。


「……はい」


頷く。


もう、依頼は半分成立している。


天城家は広かった。


門。庭。玄関。


金で整えられた家だ。


そして今、整いすぎている。


玄関に入る。


父の革靴はない。


真白は見ない。


もう確認済みだからだ。


リビングに入る。


机の上。


通帳。印鑑。領収書。


日付順。


一直線。


「触るな」


「はい」


生活じゃない。


これは証拠だ。


並べられた事実。


そのとき。


玄関の音。


鍵が回る。


足音。


重い。


迷っている音だ。


「……真白?」


男の声。


父だ。


真白が俺を見る。


「呼んだ」


俺は言う。


父がリビングに入り、止まる。


机を見る。


顔が変わる。


「何だこれは」


「整理しました」


「勝手に触るな!」


声が上がる。


いい。


まだ逃げる段階だ。


「全部知っています」


真白が言う。


「何を」


「不倫。金の流れ。慰謝料請求」


沈黙。


父の目が動く。


出口を探している。


「帰る」


立ち上がる。


逃げる。


ここまでは普通だ。


「だからダメなんだよ」


俺は言った。


父が止まる。


振り返る。


「誰だお前は」


「相談業だ」


「関係ないだろ」


「ある」


俺は椅子に寄りかかる。


「お前、今日来る気なかっただろ」


沈黙。


否定しない。


できない。


「でも来た」


「……それがどうした」


「“全部知ってる”と思ったからだ」


空気が止まる。


真白の視線が動く。


初めて、俺を見る。


「どこまで知ってるかは言ってない。でも“全部”って言葉は強い」


父の呼吸が浅くなる。


「これが詐欺だ」


父は動けない。


座るしかない。


逃げ道が消えたからだ。


「座れ」


父は座る。


ここで、関係が変わる。


逃げる側から、話す側に。


俺はスマホを取り出す。


「もう一つ」


父が睨む。


「相手の夫、動いてる」


沈黙。


「お前の会社にも連絡が行く」


「……嘘だ」


「半分な」


俺は言う。


「事実は一つ。伝わり方は無数だ」


父の視線が揺れる。


「何をした」


「置いただけだ」


「どこに」


「届く場所に」


事実だ。


ただし、順番を選んだ。


「会社は関係ない」


「ある」


机の上の内容証明を叩く。


「金が動いた時点で、外に出る」


沈黙。


父の思考が止まる。


整理が追いついていない。


「……どうすればいい」


来た。


相談だ。


真白が息を呑む。


違う。


今までと違う。


これは命令じゃない。


選択だ。


俺は指を折る。


「順番を変える」


「何を」


「守る順番だ」


一つ。


「会社」


二つ。


「金」


三つ。


「家族」


間。


「最後だ」


「ふざけるな」


真白が言う。


声が強い。


だが遅い。


「それでは」


「それでいい」


俺は遮る。


「全部守ろうとするから壊れる」


真白が黙る。


言い返せない。


論理ではなく、現実を見せられているからだ。


「結果を見ろ」


俺は父を見る。


「逃げてたやつが、座ってる」


沈黙。


事実だ。


否定できない。


真白の視線が机に落ちる。


通帳。印鑑。領収書。


自分が並べたもの。


そして今。


同じことが起きている。


並べ方で、人が動く。


「……私は」


小さく。


「何をしているんですか」


「仕事だ」


俺は言う。


「お前もな」


真白の指が震える。


初めてだ。


そのとき。


父のスマホが震えた。


画面を見る。


固まる。


「……会社からだ」


出ない。


出られない。


もう、わかっている。


外に出た。


戻らない。


父はゆっくり座り直す。


背中が落ちる。


終わりだ。


「……話そう」


閉じた。


逃げ場が。


真白は動かない。


ただ見ている。


自分と同じやり方で、家族が動くのを。


そして理解する。


正しさでは動かない。


人が動くのは。


そう思ったときだけだ。


俺は椅子にもたれた。


火はついた。


誰が燃えるかは、まだ決めていない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ