第六話
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週末の穏やかな休日が過ぎ去って、週明けの月曜日は朝からいい天気だった。
朝の冷たい空気が心地よくて、いつも通り制服を着て登校した。
二年の教室に入ると、いつものようにざわついた空気が広がっている。
自分の席に座ってカバンを片付けながら、ふと昨日の日曜日のことが頭に浮かんだ。
駅前で待っていた、見慣れない私服姿の明穂。
アパレルショップや雑貨屋を回って、テラス席で一緒にコーヒーを飲んだこと。
あのあと、帰り道で「また付き合うし」とか何とか口走ってしまった自分の言葉を思い出して、僕は思わず机に突っ伏したくなった。
――いや、あれはマジで雰囲気に流されて変なこと言っただけだからな!
「おっ、志雄。朝からいい顔してんじゃねえか。さては昨日、何か進展でもあったわけ?」
ニヤニヤした声とともに、目の前の席にガタリと椅子が引かれた。
見ると、バスケ部のウインドブレーカーを着た瑠偉が、面白そうこっちを見ていた。
「バカ言うなよ。昨日は普通に明穂の買い物に付き合って、雑貨屋見て、お茶して帰っただけだっての」
僕が慌てて否定すると、隣の席からひょっこりと皋月の顔が飛び出してきた。
「えー、それだけ!? 明穂ちゃんがあれだけ気合入れて服選んでおしゃれして行ったのに、それだけで終わるわけないじゃん!」
いつもの元気な声でツッコミを入れてくる。
てか、なんでこいつらこんなに明穂の服とか知ってんだよ。
「だいたい、志雄のその分かりやすいリアクションが一番怪しいんだよねえ」
後ろの席から、いつもの調子で蓮斗がすっと歩いてきて笑った。
「蓮斗までからかうなよ。本当にただの幼馴染としての買い物だっての」
「はいはい、『ただの幼馴染』ね。……なあ蓮斗、そろそろこの鈍感野郎には、周りから固めていく作戦が必要だと思うんだよね」
皐月がニヤニヤと悪戯っぽく笑いながら蓮斗に同意を求める。
「だな。自分から気づく気配がゼロなんだから、僕たちが外堀から埋めていくしかなさそうだな」
蓮斗がサラッと恐ろしいことを言う。
「おおい、勝手に変な作戦立てるなよ……? こちは平和に学校生活を送りたいだけなんだからさ」
僕が冷や汗をかきながら抗議した、そのタイミングだった。
教室の扉がガラリと勢いよく開いた。
「おはよー!」
元気な声とともに教室に入ってきたのは、他でもない明穂だった。
綺麗な黒髪を揺らしながら、ブレザーを着こなした明穂は今日も可愛い。
いつもの笑顔を浮かべながら、一直線にこっちへ歩いてくる。
だけど、僕と目が合った瞬間、明穂の頬がふっと赤くなって、わずかに歩幅が緩んだ。
「お、明穂ちゃんおはよー! こっちこっち!」
皋月が大きな声で手を振って呼ぶ。
明穂はそのまま僕たちの席にやってくると、いつものように僕の机の端にカバンを置いた。
「おはよ、志雄。……昨日は、長い時間付き合ってくれてありがとうね」
昨日のデートのことを思い出したのか、少し目を伏せながら恥ずかしそうに微笑む。
その笑顔を間近で見せられると、どうしても心臓がドクンと大きく跳ねてしまう。
「あ、ああ……こっちこそ。楽しかったよ」
できるだけ何でもない風を装って返事をすると、隣で聞いていた蓮斗がわざとらしく大きな溜息をついた。
「やれやれ。月曜の朝からイチャイチャ見せつけられちゃって、こっちの胃がもたれるよ」
「ちょっと蓮斗くん、変な茶々入れないの!」
明穂が顔を真っ赤にして、持っていたノートで蓮斗の肩を軽く叩いた。
そのやり取りを見ながら、僕は自分の胸の中で高鳴る鼓動を必死に抑え込む。
いつもの日常のはずなのに。
幼馴染で、家族みたいな存在だったはずなのに。
昨日の一件から、明穂のちょっとした表情や仕草を見るたびに、胸の奥がざわついて仕方がない。
「ねえ、志雄。今日の放課後も、いつもみたいに一緒に帰れるよね?」
明穂が少しだけ上目遣いになって、期待するような目でこっちを見つめてくる。
「……ああ、もちろん。部活はあるけど、終わったら一緒に帰るぞ」
僕がそう答えると、明穂はパッと満面の笑みを浮かべた。
「うん! 約束ね!」
その無邪気な笑顔を見ていると、さっきまでのざわめきがちょっと変な温かさに変わっていく。
これが恋なのだと自分で認めるには、まだもうちょっと時間がかかるかもしれない。
それでも、僕たちの距離は、確実に昨日までとは変わってきている――そんな気がしていた。
◇
あっという間に午前の授業が終わり、昼休みになった。
購買で買ったパンを机に並べていると、また皋月と瑠偉がやってくる。
「ねえ志雄、昨日のカフェのパンケーキ、すっごく美味しかったって明穂ちゃんから聞いたよ! いいなー、私も食べたかったなー」
皋月がジュースを片手に我が物顔で席に座る。
「いや、別に僕が食べたわけじゃなくて、明穂が頼んだやつのおすそ分けをもらっただけだし」
「おすそ分けって響きがもうカップルじゃん!」
「違うっての!」
「ほら、志雄はすぐそういうとこ自覚ないんだから」
瑠偉も横から冷やそうな目で突っ込んでくる。
「瑠偉だって皋月と一緒にしょっちゅう買い食いしてんだろ」
「それはそれ、これはこれだ」
言い返す瑠偉の隣で、皋月が「もう、瑠偉ったら〜」と嬉しそうな顔をする。
本当に、あいつらは相変わらずだなと思いながら、僕は隣の席の明穂に目をやった。
明穂は持ってきたお弁当を食べながら、僕たちのやり取りを見てくすくす笑っている。
「なに笑ってんだよ」
「ううん、別に? 志雄がみんなにいじられてるのが面白くて」
「いじられてるのは僕のほうじゃなくて、からかわれてるんだよ」
「一緒だよっ」
そう言って楽しそうに笑う明穂の横顔を見ていると、やっぱり昨日からの変な緊張感と心地よさが入り混じって、どうにかなりそうになる。
午後の授業中も、黒板の文字を見つめながら頭の片隅には明穂のことがチラついていた。
集中しようと思えば思うほど、さっきの笑顔が思い出されてしまう。
いけないいけないと頭を振って、僕は必死に授業に意識を戻そうとした。
そして、ようやく長い放課後のチャイムが鳴り響く。
部活の準備をしながら、僕は教室の出口で待っていてくれる明穂のところへと向かった。
「お待たせ、明穂。行こうか」
「うん、行こっか!」
並んで歩く帰り道、夕暮れ前の空がオレンジ色に染まり始めている。
昨日と同じように、並んで歩く僕たちの影が地面に長く伸びていた。
「ねえ、志雄」
「ん?」
「また今度、お休みの日にお出かけしようね」
「……ああ、そうだな」
返事をした僕の隣で、明穂は嬉しそうにふっと微笑んだ。




