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放課後アルバム『ふたりごと』  作者: 富士都


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第三話

帰りのホームルームが終わり、教室に鞄を置く音が重なる。

「志雄、準備できた?」

明穂が僕の机の横に立ち、首を少し傾げて覗き込んできた。

制服のブレザーを脱ぎ、柔らかいニットのカーディガンを羽織っている。

学校の指定品ではないが、校則の範囲内で着こなす姿は、普段の制服姿よりもどこか大人びて見えた。

「おう、待たせたな。教科書しまってた」

僕が鞄のチャックを閉めると、明穂は満足そうに微笑んだ。

「ううん、全然待ってないよ。じゃあ行こうか」

教室を出ようとすると、廊下の方から賑やかな足音が近づいてきた。

「志雄、明穂ちゃん。これからどこか行くの?」

声をかけてきたのは、部活の準備を終えた様子の皋月だった。

スポーツバッグを肩にかけ、隣には同じく部活用のウインドブレーカーを着た瑠偉が並んでいる。

「駅前に新しくできたカフェに行ってみようかって話してて」

明穂が答えると、皋月は「あ、あそこのお店か」と手を打った。

「パンケーキが美味しいって噂のところだよね。瑠偉、私たちも今度行ってみようよ」

「……皋月が行きたいなら、いつでも付き合う」

瑠偉はボソリと呟きながら、皋月の頭にポンと手を乗せた。

「もう、髪型崩れるってば。……あ、蓮斗も部活?」

後ろから歩いてきた蓮斗に向かって、皋月が視線を向ける。

「そうだよ。今日はグラウンドの練習だから、そろそろ行かないと監督に怒られる」

蓮斗は苦笑しながら僕たちの横を通り過ぎざま、僕の肩を軽く叩いた。

「志雄、可愛い幼馴染を遅くまで連れ回すなよ」

「連れ回すって……ただお茶しに行くだけだろ」

僕が答えると、蓮斗はニヤリと笑って手を振り、そのままグラウンドへと向かって走っていった。

「それじゃ、私たちも部活行くね。二人も気を付けていってらっしゃい」

「うん、ふたりとも部活がんばってね」

明穂が手を振ると、皋月と瑠偉もそれぞれの部活の練習場所へと向かっていった。

賑やかだった廊下が静かになり、僕と明穂は二人で校門を目指して歩き始める。

「みんな忙しそうだね。志雄は今日、部活休みでよかったの?」

「ああ、木曜は道場が使えない日だからな。たまには息抜きも必要だし」

「そっか。じゃあ、今日は私の買い物にも付き合ってもらおうかな」

明穂は嬉しそうに僕の少し前を歩き、振り返って笑った。

夕暮れ時の街並みは、オレンジ色の光に包まれている。

駅から少し歩いた通り沿いに、目当てのカフェは見つかった。

レンガ造りの外観がおしゃれで、店内からは香ばしいコーヒーと甘い焼き菓子の香りが漂っている。

ガラス張りの店内には女子生徒やカップルの姿が多く、男一人では少し入りづらい雰囲気だ。

「志雄、入ろ?」

「……おう」

明穂に促されて店内に入り、二人掛けの窓際の席に腰を下ろした。

運ばれてきたメニュー表を開くと、カラフルなスイーツの写真が並んでいる。

「わあ、どれも美味しそう。志雄は何にするの?」

「僕はブレンドコーヒーでいいかな。明穂は?」

「うーん……やっぱりこの限定のベリーパンケーキにする。志雄も一口食べるでしょ?」

「甘すぎるのはあんまり得意じゃないけど、一口ならもらうよ」

注文を済ませると、明穂はホッとしたように息をつき、テーブルに肘をついた。

「こうやって二人でカフェに来るの、なんだか久しぶりだね」

「そうか? 中学の時も塾の帰りに寄ったりしてただろ」

「あれはファミレスでしょ。こういうおしゃれなお店に二人で来るのは、ちょっと違うの」

明穂は少し頬を緩ませながら、窓の外の景色に目を向けた。

「志雄って、昔からそういうのあんまり気にしないよね。私がどこに行きたいって言っても、普通に『いいぞ』ってついてきてくれるし」

「断る理由もないからな。明穂といるのは当たり前だし、気を使うこともないから楽なんだ」

僕が素直な気持ちを口にすると、明穂は窓の外を見たまま、小さく呟いた。

「……当たり前、か」

「ん? 何か言ったか?」

「ううん、何でもない。志雄らしいなって思って」

明穂はくるりと顔をこちらに向け、いつもの優しい笑顔に戻っていた。

しばらくして、注文したコーヒーと大きなパンケーキが運ばれてきた。

焼きたてのパンケーキの上には、たっぷりの生クリームと真っ赤なイチゴが乗っている。

「すごーい! 写真通りだね。志雄、はい」

明穂はフォークで小さく切り分けたパンケーキをすくい、僕のお皿に乗せてくれた。

「ありがとう。いただきます」

一口食べると、生クリームの甘さとベリーの酸味が口の中に広がった。

「美味いな。思ったより甘すぎなくて食べやすい」

「でしょ? 志雄の口にも合ってよかった」

満足そうにパンケーキを口に運ぶ明穂を眺めながら、僕はコーヒーに口をつけた。

店内には落ち着いたジャズが流れ、窓の外を歩く人々の影がゆっくりと伸びている。

放課後の静かな時間。

目の前で楽しそうに笑う明穂の姿を見て、僕はふと昔の出来事を思い出していた。

「そういえばさ、小学生の頃も二人で近所の駄菓子屋によく行ってたよな」

「あ、覚えてる? 志雄がいつもあたり付きのチョコ買って、全然当たらないやつ」

「余計なことまで覚えてなくていいんだよ」

苦笑する僕に、明穂はクスクスと声を立てて笑った。

昔から、僕の隣にはいつも明穂がいた。

泣いている時も、笑っている時も、一番近くにいたのは明穂だった。

だが、ふと目の前の明穂の手元に視線を落とすと、華奢な指先や綺麗に整えられた爪が目に入る。

小さくカットされた服の隙間から覗く首筋や、柔らかな髪の質感。

(……やっぱり、昔とは違うんだな)

頭の中では「いつもの幼馴染」だと分かっているのに、視線を向けるたびに不思議な緊張感が胸をかすめる。

「志雄? どうしたの、じっと見つめて」

明穂が不思議そうに首をかしげた。

「いや……何でもない。クリームついてるぞ」

僕は誤魔化すように指先で自分の頬を指さした。

「えっ、嘘、どこ?」

慌てて手鏡を取り出そうとする明穂の仕草が、どこか可笑しくて、僕は小さく吹き出した。

「右のほうだよ。ほら、取れた」

「もう、笑わないでよ。恥ずかしいんだから」

少し顔を赤くしてプイッと横を向く明穂。

その横顔を見つめながら、僕は胸の奥に芽生えた小さな違和感の正体を、まだ確かめることができないでいた。

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