第二話
昼休みの訪れを告げるチャイムが鳴ると同時に、教室の空気がパッと華やぐ。
僕は購買で買った焼きそばパンとメロンパンを手に、自分の席へと戻った。
「志雄ー! 今日も一緒にご飯食べよ!」
明穂が可愛らしいピンク色の大きなお弁当箱を手にして、嬉しそうに駆け寄ってきた。
僕の前の席の椅子をくるりと回転させ、ちょこんと腰かける。
お弁当の蓋を開けると、色鮮やかな玉子焼きや唐揚げ、綺麗に彩られた野菜がぎっしりと詰まっていた。
「うわ、相変わらず豪華だな。おばさん、いつも料理気合入ってるよな」
「ふふん、実はね、この玉子焼きは私が焼いたんだよ? 甘いお出しで作ったの。志雄、食べる?」
明穂は割り箸で黄色くツヤツヤとした玉子焼きをひとつ摘むと、僕の口元へと差し出してきた。
「えっ、いや自分で食べられるって……」
「いいからいいから! ほら、あーんして?」
無邪気な笑顔で迫ってくる明穂に、僕は顔が熱くなるのを感じながらも、観念して口を開けた。
「……ん。美味い」
「ほんと!? やったぁ! 志雄の好きな味付けにして正解だった!」
パッと花が咲いたような笑みを浮かべる明穂を見て、周囲の男子生徒たちから羨望と嫉妬の混ざった視線が刺さる。
だが、当の明穂はまったく気にする様子もなく、嬉しそうに自分の分のおかずを口に運んでいた。
「相変わらずバカップルみたいなことやってんなあ、お前らは」
呆れ混じりの声とともに、蓮斗が自分の弁当を持って隣の席に腰かけた。
購買のサンドイッチと高級そうな果物ジュースを机に並べ、綺麗な顔立ちに苦笑いを浮かべている。
「バカップルじゃないって。明穂が手作りの味見をさせてくれただけだろ」
「あのね志雄、男子高校生が女子のお手製玉子焼きを『あーん』で食べさせてもらうのを、世間ではバカップルって言うんだよ」
蓮斗がジュースのストローを咥えながら、ニヤニヤと意地悪く笑う。
「蓮斗くん、余計なこと言わないでよー! 志雄が変に意識しちゃうでしょ!」
明穂が頬を膨らませて抗議すると、教室の後ろから賑やかな足音が近づいてきた。
「あはは! 明穂ちゃん、顔真っ赤ー!」
元気いっぱいの声で割り込んできたのは皋月だった。
その後ろには、当然のように瑠偉がぴったりとくっついて歩いている。
「皋月、あんまり走ると転ぶぞ」
「大丈夫だってば、瑠偉。ほら、みんなで机くっつけて食べよ!」
ふたりが合流し、僕たちの周りに仲良し五人組が集まった。
皋月はお手製のお弁当箱を開け、瑠偉の口へ大きめのハンバーグをぽんと放り込む。
「ほら瑠偉、あーん!」
「……ん。美味い。皋月の手作り、世界一」
瑠偉はボソリと呟きながら、嬉しそうに皋月の頭を撫でた。
「もう、瑠偉ったらみんなが見てるのに!」
怒りながらも幸せそうに微笑む皋月と、満足そうに鼻を鳴らす瑠偉。
「……ねえ、志雄。あっちが本物の『バカップル』だから、私たちのことはバカップルって言わないからね?」
明穂が僕の袖をちょんちょんと引っ張りながら、囁くように言った。
「ああ、そうだな。あいつらは次元が違う」
僕が頷くと、向かい側でサンドイッチを食べていた蓮斗がハッと鼻で笑った。
「いやいや、傍から見てたら志雄と明穂ちゃんも大差ないって。むしろ、無自覚な分だけ志雄の方がタチが悪いよ」
「僕がタチ悪いってどういうことだ?」
僕が首を傾げると、瑠偉が低くくぐもった声で口を開いた。
「志雄、お前さ。明穂が他の男と話してるとき、無意識に顔が怖くなってんの気づいてるか?」
「え? 僕が……?」
「そうそう!」
皋月がお弁当の箸を止め、身を乗り出してきた。
「この前もさ、他クラスの男子が明穂ちゃんに連絡先聞こうとしてたとき、志雄ったら間に入って『明穂、部活行くぞ』って連れ去ったでしょ!」
「あれは……ただ単に集合時間が近かったからで……」
「相手の男、志雄の身長と竹刀袋にビビり倒してたからね? 完全にお兄ちゃんぶった独占欲だよ、それ。てか明穂ちゃん部活入ってないしね。」
蓮斗がニヤリと口角を上げる。
「独占欲なんてそんな……僕と明穂は家族みたいなもんだから、変な奴に絡まれてたら助けるのが普通だろ?」
僕が当たり前のこととして答えると、明穂が少しだけ寂しそうな目をして下を向いた。
けれど、すぐに顔を上げて明るい笑顔を作った。
「もう、みんなで志雄をいじめるのはやめてよ! 志雄は私を守ってくれたんだから、それでいいの!」
「明穂ちゃんは甘やかしすぎー! こんな鈍感男、一回痛い目見ないとダメなんだから!」
皋月が明穂の頬をぷにっと突っつき、明穂は「もうっ」と笑いながら手で払いのける。
賑やかで、心地よい昼休みの時間。
みんなで他愛もない話で盛り上がり、笑い合う。
幼稚園の頃からずっと変わらない、大好きな仲間たちとの日常だ。
けれど、会話の途中でふと明穂と目が合ったとき、明穂は慌てたように視線を逸らし、小さく耳を赤くしていた。
(……なんだろう)
昨日の図書室での出来事を思い出す。
夕闇の中で見つめた明穂の綺麗な横顔と、胸の奥で小さく鳴った鼓動。
ただの幼馴染。大切な家族みたいな存在。
そう自分に言い聞かせているはずなのに、明穂のふとした仕草や表情が、最近妙に目についてしまう。
「志雄、メロンパン一口頂戴?」
明穂がいつもの甘えるような声で言ってくる。
「いいけど……はい」
僕がメロンパンを差し出すと、明穂は僕の手をそっと両手で添え、パンの端っこを小さくかじった。
「ん、美味しい! 志雄の買うパンって、いつも当たりだよね」
「そうか?普通に購買で買ったやつだけど」
「志雄が選んだから美味しいの」
そう言って小悪魔みたいに悪戯っぽく笑う明穂。
その距離の近さに、一瞬だけ息が止まりそうになった。
「……おーおー、やってるねえ」
蓮斗がニヤニヤしながら僕たちの顔を交互に見ている。
「うるさいぞ、蓮斗」
僕は誤魔化すように焼きそばパンを口に放り込んだ。
午後の授業を告げる予鈴が鳴り、五人はそれぞれの席へと戻っていく。
「志雄、今日の放課後は予定通りカフェ行こうね!」
明穂が自分の席に戻りながら、振り返って僕に手を振った。
「ああ、わかってる」
笑顔で答える僕の胸の奥で、またあの小さな不協和音が静かに響いていた。




