# 第7話 おふろ、ひろいですにゃん
# 第7話 おふろ、ひろいですにゃん
「ご主人様ー! 空が、ひろいですにゃん!」
「見ればわかる」
「ビルが、ひとつもないですにゃん!」
「ビルとは、なんだ」
「……なんですかにゃん、ビルって」
言った本人が、首をかしげた。
街道を、三日歩いていた。
ミミは斥候だ。耳がよくて、夜目が利いて、荷物持ちも兼ねている。
ご主人様は遺跡を探す学者で、戦えない。
「ご主人様、これ、おでかけですかにゃん」
「調査だ」
「おでかけですにゃん」
「調査だ」
「ミミ、はじめてのおでかけですにゃん!」
「……好きにしろ」
尻尾が、ずっと立っていた。
三日間、ずっと。
◇
遺跡は、谷の底にあった。
石の扉に、文字が彫ってある。
「読めるんですかにゃん」
「読める。……いや」
ご主人様の指が、止まった。
「この字は、この大陸のものじゃない」
「どこのですかにゃん」
「……わからん」
そのとき、床が抜けた。
「にゃっ!?」
とっさに、ご主人様の腕をつかんだ。
二人とも、落ちた。
落ちた先は、水のない井戸のような場所だった。
見上げると、光が、遠い。
「ご主人様、けがは」
「……ない。お前は」
「ミミも、ないですにゃん」
嘘だった。
足首が、へんな方向を向いていた。
「登れるか」
「……のぼれませんにゃん」
「そうか」
ご主人様は、上を見た。それから、ミミを見た。
「ミミ。ひとつ、聞く」
「はいですにゃん」
「お前、灯りをつけられるか」
「……え」
「三日前、寝言で言っていた。灯れ、と」
ミミは、自分の手のひらを見た。
「……やったこと、ないですにゃん」
「やってみろ」
「……灯れ、にゃん」
なにも、起きなかった。
「もう一度」
「灯れ、にゃん」
なにも。
「……だめですにゃん」
ご主人様は、しばらく黙っていた。
それから、ミミの前に膝をついた。
「動くな」
「え」
前髪を、かきあげられた。
額に、唇が触れた。
「──っ」
熱が、そこから、体じゅうに落ちていった。
知らない夜の記憶が、一瞬だけよぎった。
石の部屋。ゆかに光るまる。うなじ。
「もう一度、言え」
「な、なんで、こんなことするんですにゃん」
「理屈はあとだ。言え」
「灯れ、にゃん」
井戸の底が、昼になった。
「……やっぱりな」
「なにが、ですかにゃん」
「触れると、動く。お前は、そういうふうにできている」
「…………」
「ミミ。もうひとつ、言え」
「なにを、ですにゃん」
「望むことを、言葉にしろ。なんでもいい」
「……えっと」
ミミは、上を見た。光が、遠い。
「……ここから、出たいですにゃん」
石が、鳴った。
壁に、階段ができていた。
さっきまで、なかったものが。
「にゃ」
「…………」
「……ミミ、なにか、しましたかにゃん」
「作った」
「なにをですにゃん」
「階段を。……いや。たぶん、階段のある世界を」
登りながら、ミミは気づいた。
手の甲に、数字が浮いている。
あと 十四日
昨日まで、十九日だった。
五日、減っていた。
「……ご主人様」
「なんだ」
「なんでも、ないですにゃん」
◇
谷の奥に、湯が湧いていた。
旅に出て三日目の、はじめての湯だった。
「ひろいですにゃん! おふろ、ひろいですにゃん!」
「岩の陰から出るな」
「はいですにゃん」
湯気で、なにも見えない。
岩の向こうに、ご主人様がいる。
声だけが、届く。
「ご主人様」
「なんだ」
「足、なおりましたにゃん」
「見せろ」
「見せられませんにゃん!」
「……そうだな」
湯が、揺れた。
「ご主人様」
「なんだ」
「調査、いつまでですかにゃん」
「あとひと月で終わる」
「……そのあとは」
「街に戻る。おれは大学に戻って、お前は」
「…………」
「……お前は、どうする」
ミミは、鼻まで湯に沈んだ。
しばらく、泡だけが出ていた。
「……ずっと、いっしょにいたいです」
にゃん、が、出なかった。
返事は、なかった。
湯気だけが、二人のあいだを流れていった。
……あつい。
視界が、白くなった。
◇
気がつくと、湯のなかに、ミミがいた。
四人。
「あ、来ましたにゃん」
「おそいですにゃん」
「席、あけますにゃん」
メイド服のミミ。エプロンのミミ。ローブのミミ。スーツのミミ。
ぜんぶ、ミミの顔をしていた。
「……なんですにゃん、これ」
「おねだりコレクション大会ですにゃん」
「なんですにゃん、それ」
「持ち寄って、順位をつけるんですにゃん」
メイドのミミが、手を挙げた。
「『頭を、いっぱい撫でてほしい』ですにゃん」
「定番ですにゃん」
「つよいですにゃん」
スーツのミミが、うつむいた。
「……こないだ、叶いましたにゃん」
湯が、ざわついた。
「ずるいですにゃん!」
「うらやましいですにゃん!」
ローブのミミが、手を挙げた。
「『名前で、呼ばれたい』ですにゃん」
「……それも、叶いましたにゃん」
「ずるいですにゃん!!」
エプロンのミミが、小さく手を挙げた。
「ミミのは、まだ叶ってませんにゃん」
「なんですにゃん」
「……『ミミ、って呼んでほしい』ですにゃん」
しん、とした。
「……つらいですにゃん」
「一位でいいですにゃん」
「一位ですにゃん」
エプロンのミミが、湯のなかで、ちいさく笑った。
「じゃあ、二位は」
「『いっしょに、お昼寝したい』ですにゃん」
「三位は」
「『尻尾を、さわってほしい』ですにゃん」
「それ、自分から言えないやつですにゃん」
「言えないですにゃん」
「言えないですにゃん」
みんなで、うなずいた。
「……あの」
ミミは、手を挙げた。
「ミミの、まだ言ってないやつが、ありますにゃん」
「なんですにゃん」
「……いちばん、こわいやつですにゃん」
四人が、いっせいにこっちを見た。
「言っちゃだめですにゃん」
「それは、言っちゃだめですにゃん」
「言ったら、終わっちゃいますにゃん」
「…………」
湯気が、濃くなった。
四人の顔が、見えなくなった。
「ミミ!」
肩を、揺すられていた。
湯のふちに、上半身だけ出して、のびていた。
「にゃ……」
「のぼせている。出るぞ」
「……ご主人様」
「なんだ」
「ミミ、いま、ミミに会いましたにゃん」
「……なんだと」
「……あれ」
なにを見たのか、思い出せなかった。
湯から上がって、岩の裏に、絵があった。
古い絵だった。
ご主人様が、灯りを近づける。
二人、描いてある。
背の高い人と、耳のある小さい人。
小さいほうが、大きいほうの手を、引いていた。
「……ご主人様」
「ああ」
「これ、ミミたちですにゃん」
「そう見える」
「だれが描いたんですにゃん」
ご主人様は、答えなかった。
絵の下の石に、文字が彫ってある。
その字を、しばらく見ていた。
「……なんて書いてあるんですにゃん」
「……千年前だ」
「え」
「この絵は、千年前のものだ」
湯気が、白く流れていった。
ミミの手の甲で、数字が、またひとつ減った。
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本日の愛情ポイント(ミミ調べ)
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はじめての、おでかけ ………… +60
おでこに、キスされた ………… +80
「見せろ」って言われた ……… +20
「お前は、どうする」と聞かれた … −45
調査が、あとひと月 …………… −50
のぼせて、はこばれた ………… −24
千年前の、絵 ………………… −30
本日の合計 ……………………… +11
つうさん ……………………… 122 P
ランク ……… ★★★☆☆「両想い(自称)」
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……あの。
きょうは、いっぱい、うれしかったですにゃん。
いっぱい、うれしかったのに。
なんで、あんまり、ふえないんですかにゃん。
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つぎの、おはなし
ゆき、ふってますにゃん。
ミミ、へんな服を着てますにゃん。着物、っていうやつですにゃん。
ご主人様は、若様、って呼ばれてますにゃん。
ミミは、女中ですにゃん。
第8話「ゆき、ふってますにゃん」
……しっぽ、かくさないと、いけないんですにゃん。
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