# 第5話 今日のご報告ですにゃん
# 第5話 今日のご報告ですにゃん
カメラのランプが、赤く光った。
「本日のご報告ですにゃん」
ミミは、背すじを伸ばして頭を下げた。
「航行、順調ですにゃん。船内、異常なしですにゃん」
「本日は、七万三千四十日目ですにゃん」
「ご主人様の生命維持、正常ですにゃん」
「つぎに目をさますのは……えっと」
端末を、のぞきこむ。
「……十九年後ですにゃん」
「…………」
「以上、本日のご報告でしたにゃん」
ランプが、消えた。
だれも、見ていない。
この映像を再生する人は、まだ眠っている。
七万三千四十日、ずっと。
◇
「検品ですにゃん」
だれにともなく、そう言った。
貨物庫の箱を、順番に開けていく。
「工具、よし。たね、よし。おくすり、よし」
「……つぎの箱は、なんですかにゃん」
開ける。
なかは、布だった。ちいさい布が、たくさん。
「……なんですにゃん、これ」
タグを読む。
「みずぎ」
この船に、海はない。
「…………」
「……ちゃんと着られるか、確認しないと、いけませんにゃん」
「うん。しないと、いけませんにゃん」
「これは、おしごとですにゃん」
「ぜんぜん、たのしくないですにゃん」
「……ぜんぜん」
ミミは、カメラを持ってきた。
「追加の、ご報告ですにゃん。積荷の検品を、いたしますにゃん」
「一着目ですにゃん」
紺色。肩の紐が、太い。
「かたいですにゃん。うごきにくいですにゃん」
「……ここ、なまえを書くところが、ありますにゃん」
「学校の、みずぎですにゃん」
「…………」
「……なんで、ミミ、これ知ってるんですか」
着たことなんて、ないのに。
「評価は、五点満点で、二点ですにゃん」
カメラの前で、くるりと回る。
「でも、ちょっと、なつかしいですにゃん」
「二着目ですにゃん」
ピンク。ワンピース。裾のフリルが、三段。
「かわいいですにゃん! フリルが、三段ですにゃん!」
その場で、三回まわった。
フリルが、遅れて三回まわった。
「四点ですにゃん! しっぽを出す穴がないので、マイナス一点ですにゃん」
「三着目ですにゃん」
黒。レース。
電灯に、かざしてみる。
……向こうが、透けた。
「…………」
「これ、こわれてますにゃん」
もう一度、かざす。
やっぱり、透けた。
「不良品ですにゃん。返品ですにゃん」
それでも、着てみた。
鏡の前に、五秒だけ立った。
「…………」
「……評価は、しません」
すぐに、脱いだ。
「四着目ですにゃん」
箱の底から出てきたのは、白かった。
ちいさい。とても、ちいさい。
紐が、四本。
「……あの」
両手で、広げてみる。
広げても、広がらなかった。
「これ、布が、たりてないですにゃん」
「ぜんぜん、たりてないですにゃん」
「サイドの、この紐、ほどけますにゃん。ほどけたら、どうするんですにゃん」
カメラの赤いランプが、光っている。
「……ご主人様は、寝てますにゃん」
「だれも、見てませんにゃん」
「……ちょっとだけ、ですにゃん」
「では、本日のランキングを、発表しますにゃん」
「第三位、ピンクのフリルですにゃん。かわいいですにゃん」
「第一位は、紺色ですにゃん。なんだか、安心しますにゃん」
「第二位は……」
「…………」
「……第二位は、ないしょですにゃん」
「以上、本日の検品報告でしたにゃん」
◇
着替えている途中で、船が揺れた。
最初は、軽く。
二度目は、大きく。
三度目で、床がなくなった。
「にゃっ!?」
体が、浮いた。
箱が浮く。水着が浮く。干していた洗濯物が、いっぺんに浮いた。
船内が、布だらけになる。
白いシーツが、目の前を横切っていった。
その向こうで、赤いランプが点滅をはじめた。
『緊急事態。第三区画に損傷』
「にゃっ」
『乗員の緊急覚醒を開始します』
「だめですにゃん! まだ十九年ありますにゃん!」
『緊急覚醒を開始します』
「聞いてくださいにゃん! ミミ、いま、ふくが、その」
『開始します』
「にゃーっ!?」
冷凍区画の扉が、開いた。
白い霧が、床を這っていく。
蓋が、ゆっくり持ち上がった。
ミミは、そこに立っていた。
浮いている洗濯物の、まんなかで。
紐、四本で。
「……ミミ」
二百年ぶりの、声だった。
かすれていた。
「……お、おかえりなさいませ、ですにゃん」
「なんだ、その格好は」
「検品ですにゃん!」
「検品」
「検品ですにゃん!!」
「…………」
「見ないでくださいにゃん!」
「……見ていない」
「見てましたにゃん!」
「なんで起きてるんですにゃん!」
「お前が起こした」
「起こしてないですにゃん! 船が、勝手にですにゃん!」
「……船はお前だろう」
「にゃっ」
ご主人様は、自分の毛布を引きはがして、投げた。
ミミは、それを顔からかぶった。
「……第三区画だ。行くぞ」
「はいですにゃん!」
損傷は、外壁の細い裂け目だった。
ミミが外に出て、ふさぐ。
『左だ。もう二十センチ』
「はいですにゃん」
『……手が震えているぞ』
「震えてないです」
『震えている』
「宇宙が、さむいんですにゃん」
嘘だった。
こわかった。
二百年この船を守ってきて、はじめて、こわいと思った。
守るものが、起きているからだ。
『ミミ』
「……はい」
『落ちるなよ』
「落ちません」
三時間かかって、裂け目はふさがった。
◇
重力が、戻った。
浮いていた洗濯物が、いっせいに床へ落ちた。
水着も、落ちた。
ミミは、見なかったことにした。
「ご主人様」
「なんだ」
「おつかれさまでしたにゃん」
「ああ」
「……あの」
「なんだ」
「いっしょに、お昼寝しませんかにゃん」
言ってしまってから、うつむいた。
この船に、昼はない。
夜も、ない。
ご主人様は、カプセルの縁に手をかけていた。
「……体が、もたない」
「……はいですにゃん」
「十九年後だ」
「はい」
にゃん、が、出てこなかった。
蓋が、閉じていく。
白い霧が、ゆっくり満ちる。
閉じるまぎわに、ご主人様が、なにか言った。
聞こえなかった。
その夜、ミミは記録装置の前に座った。
早送りする。
検品のところは、飛ばした。
事故のところも、飛ばした。
カプセルが閉じるところで、止める。
音量を、いちばん大きくする。
「……もういちど」
再生する。
ご主人様の唇が、動いた。
『──ちゃんと、見ていた』
ミミは、しばらく動かなかった。
それから、両手で顔を押さえた。
尻尾が、床を、ぱたぱた叩いていた。
「……十九年、ながいですにゃん」
窓の外で、星が、いつもどおりに流れていた。
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本日の愛情ポイント(ミミ調べ)
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二百年ぶりに、会えた ……………… +50
名前を呼ばれた(三回)………… +15
「落ちるなよ」って言われた …… +22
毛布を、かけてもらった ………… +12
お昼寝、ことわられた …………… −30
また十九年、ひとりになった …… −50
本日の合計 ……………………… +19
つうさん ……………………… 78 P
ランク ……… ★★☆☆☆「たぶん好かれてますにゃん」
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……あの。
さいごの「ちゃんと、見ていた」は、
ぜったい、検品のことじゃないですにゃん。
ぜったい、ちがいますにゃん。
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つぎの、おはなし
あさですにゃん。
ミミ、スーツを着てましたにゃん。
たかい、ビルの、いちばん上ですにゃん。
ご主人様は、三日、寝てないみたいですにゃん。
第6話「社長、たおれますにゃん」
……あと十九日で、この会社、なくなるみたいですにゃん。
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