# 第4話 はじめまして、じゃないですにゃん
# 第4話 はじめまして、じゃないですにゃん
教室の窓ぎわに、その人はいた。
本を読んでいる。
膝の上に、開いたまま。
ミミは、荷物を持ったまま、そこで止まった。
「──ご主人様」
教室が、しん、とした。
三十人ぶんの視線が、いっぺんにこっちを向いた。
「え」
「あ」
「にゃ」
窓ぎわの人が、顔を上げる。
「……おれ?」
「…………」
ミミは、荷物を落とした。
「転入生。名前は」
「ミミ、ですにゃん」
「ミミさん。えっと、その、耳は」
「体質ですにゃん」
「体質」
「体質ですにゃん」
クラス委員の子が、それ以上聞かないことに決めた顔をした。
ミミも、それ以上言わないことにした。
言えることが、なかった。
どうして「ご主人様」と呼んだのか、自分でもわからない。
でも、あの窓ぎわの人を見た瞬間、口が、勝手に動いた。
「ミミさん、文化祭、明日なんだけどさ」
「はいですにゃん」
「うち、喫茶店やるんだけど、衣装係が足りなくて」
「やりますにゃん!」
「ほんと!? あの、それで、着る人も足りなくて」
「…………」
「体型、ちょうどよくて」
「…………」
窓ぎわで、ページをめくる音がした。
◇
部室の扉は、内側から鍵がかからない。
「そこ、立っててくださいにゃん」
「なんで俺なんだ」
「ほかに、だれもいませんにゃん」
「……わかった」
扉のむこうで、その人が言った。
名前は、まだ聞いていない。
聞かなくても、知っている気がする。
衣装は、紙袋に入っていた。
出して、広げて、ミミは固まった。
「……あの」
「なんだ」
「これ、なんですかにゃん」
「見えない」
「悪魔ですにゃん」
「悪魔」
「サキュバス、って書いてありますにゃん」
紙袋のタグに、下手な字でそう書いてあった。
黒。ひらひら。しっぽが、ついている。
ミミには、もう、しっぽがある。
「……二本になりますにゃん」
「なんの話だ」
「なんでもないですにゃん!」
スカートを広げてみる。
短い。
もういちど広げてみる。
やっぱり、短い。
「あの」
「なんだ」
「これ、丈が、たりてないですにゃん」
「……そういう衣装なんだろう」
「たりてないですにゃん!」
そのとき、廊下から足音がした。
女子の声。二人ぶん。
「あれ、部室あいてる?」
扉の取っ手が、動いた。
ミミは、着替えの、いちばん途中だった。
「にゃっ」
「──入るな」
扉の外で、声がした。
「え、なに、なんでいるの」
「見張りだ」
「見張り?」
「そういうことになっている」
「見張りって、なんの?」
「…………」
「ねえ、なんの見張り?」
「…………」
「……ふーん」
足音が、遠ざかっていった。
部室のなかで、ミミは、息を止めていた。
心臓が、うるさい。
しばらくして、扉のむこうから声がした。
「行った」
「……ありがとうございますにゃん」
「早くしろ」
「はいですにゃん」
◇
「できましたにゃん」
扉が、開いた。
「…………」
「どうですかにゃん」
「…………」
「あの、なんか言ってほしいですにゃん」
「……前後が、逆だ」
「にゃーっ!?」
着なおして、もういちど、扉が開いた。
窓から、夕陽が入っていた。
黒い靴。
白い靴下。
膝が、見えている。
その上は、夕陽と影で、よく見えなかった。
スカートの裾を、片手で押さえていた。
押さえても、足りていなかった。
「…………」
その人は、本を持ったまま、動かなかった。
ページは、さっきから一枚もめくられていない。
「ご主人様」
「……その呼びかた、やめないか」
「やめられませんにゃん」
「なんでだ」
「なんでですかにゃん」
ミミは、くるりと回ってみせた。
スカートが、遅れて回った。
「にゃはは。悪魔ですにゃん。こわいですにゃん」
「……こわくはない」
「こわがってくださいにゃん」
「無理だ」
「なんでですかにゃん。ミミ、悪魔ですにゃん」
「悪魔は、そんなに尻尾を振らない」
「にゃっ」
尻尾が、止まった。
止めようとして、よけいに動いた。
衣装の胸元に、飾りが縫いつけてあった。
まるい、金色の飾り。まんなかに、細かい模様。
ミミは、それを指でなぞった。
……見たことがある。
どこかで。
石の床に、描いてあった。
「灯れ、にゃん」
言った瞬間だった。
飾りが、ぼっ、と光った。
部室じゅうの蛍光灯が、いっぺんに明るくなった。
窓ガラスが、びりびり鳴った。
「──っ」
その人が、ミミの前に立った。
背中で、光をさえぎるように。
「消せ」
「消えろ、にゃん!」
ぜんぶ、消えた。
夕陽だけが、残った。
「…………」
「…………」
「……いま、なにをした」
「わかりませんにゃん」
「わからないのか」
「わかりません。でも」
ミミは、自分の手のひらを見た。
「……前にも、やった気がします」
その人は、なにも言わなかった。
ただ、着ていたブレザーを脱いで、ミミの肩にかけた。
顔が、近かった。
髪に、息がかかるくらい。
……なにも、起きなかった。
その人は、そのまま離れた。
「帰るぞ」
「はいですにゃん」
◇
昇降口で、ミミは鞄から包みを出した。
「あの、これ」
「なんだ」
「おべんとうですにゃん」
「……昼は終わったぞ」
「食べてほしいんですにゃん」
「なんで俺に」
「……なんとなく、二人ぶん、作っちゃったんですにゃん」
「今朝、お前は転入生だっただろう」
「そうなんですにゃん」
自分でも、おかしいと思っている。
今朝、台所で、手が勝手に二人ぶん作っていた。
ひとつは、玉子焼きを甘くして。
もうひとつは、しょっぱくして。
どうして、そうしたのか、わからない。
その人は、包みを受けとった。
開けて、しばらく見て、それから食べはじめた。
「……甘いな」
「にゃっ、そっちは、ミミのですにゃん!」
「もう食った」
「ぜんぶ食べてくださいにゃん!」
「食う」
「もうひとつも、ですにゃん!」
「なぜ二種類ある」
「……わかりません」
「お前、さっきからそればかりだな」
「……はい」
その人は、二つとも、ぜんぶ食べた。
玉子焼きの甘いほうを、最後に残していた。
ミミの尻尾は、ずっと、ぱたぱた鳴っていた。
下駄箱を開けた。
封筒が、一通、入っていた。
名前は、書いていない。
開けると、なかは白紙だった。
なにも、書いていない。
でも。
紙が、濡れていた。
封筒を、裏返してみる。
封筒のほうは、かわいていた。
濡れているのは、なかの紙だけだった。
窓の外は、ずっと晴れている。
今日は、いちども、雨が降っていない。
ミミは、封筒を、そっと鞄にしまった。
……雨の、匂いがした。
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本日の愛情ポイント(ミミ調べ)
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おべんとう、ぜんぶ食べてもらった … +40
見張りをしてもらった ……………… +18
ブレザーを、かけてもらった ……… +15
「ご主人様」を、やめろと言われた … −20
こわがって、もらえなかった ……… −12
衣装、前後を逆に着た(自業自得)… −20
本日の合計 ……………………… +21
つうさん ……………………… 59 P
ランク ……… ★★☆☆☆「たぶん好かれてますにゃん」
★がひとつ、増えましたにゃん!
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……あの。
ミミ、あの人の名前、まだ聞けてないですにゃん。
聞かなくても、知ってる気がするから、こわいんですにゃん。
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つぎの、おはなし
まっくらですにゃん。
まどの外に、星が、いっぱいですにゃん。
ここ、おそらより、もっと上みたいですにゃん。
ご主人様は、ねむってますにゃん。
……二百年、ねむってるって、書いてありますにゃん。
第5話「今日のご報告ですにゃん」
ミミ、ひとりで、起きてますにゃん。
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