# 第3話 なまえを、ください
# 第3話 なまえを、ください
石の天井が、高い。
目を開けたとき、まず見えたのはそれだった。
冷たい床。ろうそくの匂い。どこか遠くで、水の落ちる音。
「起きたか」
声のほうを向く。
背の高い人が、立っていた。
黒い外套。細い手。顔色が、よくない。
「……ここ、どこですにゃん」
「塔だ」
「とう」
「魔術師の塔。おれの家だ」
その人は、床にかがんで、なにかを描いていた。
白い石で、まるを描いている。
まるの中に、細かい文字。
「あの」
「なんだ」
「ひかってますにゃん、これ」
「魔法陣だからな」
「まほうじん」
ミミは、四つんばいでそれをのぞきこんだ。
尻尾が、ぱたぱた揺れる。
「三番」
「…………」
「三番。聞いているのか」
「……だれを呼んでますにゃん」
「お前だ」
三番。
それが、この塔での呼びかただった。
「三番って、なんですにゃん」
「三番目に拾った使い魔だからだ」
「一番と二番は、どこにいますかにゃん」
「……いない」
「…………」
「余計なことを聞くな」
◇
「使い魔には、名がいる」
「なまえ」
「名がなければ、契約が結べない。契約が結べなければ、お前は猫に戻る」
「猫、いやですにゃん」
「なぜ」
「……猫だと、おはなし、できませんにゃん」
その人の手が、止まった。
それから、また動きだした。
「儀式の前に、練習をする。詠唱だ」
「えいしょう!」
「灯れ、と言え。指先に意識を集めて」
「はいですにゃん。……灯れ」
なにも、起きなかった。
「もう一度」
「灯れ」
やっぱり、なにも起きない。
ミミは、うーん、と首をかしげた。
それから、思いついた顔をした。
「灯れ、にゃん」
ぼっ、と指先に火がついた。
部屋じゅうのろうそくが、いっぺんに燃えあがった。
「にゃーっ!?」
「消せ!」
「消えろ、にゃん!」
ぜんぶ、消えた。真っ暗になった。
「…………」
「…………」
「……つきましたにゃん」
「消えている」
「ついてから、消えましたにゃん」
暗闇のなかで、その人が、長いため息をついた。
「……なぜ、語尾をつけると発動する」
「わかりませんにゃん」
「魔術理論に、そんな記述はない」
「ミミ……じゃなくて、三番も、わかりませんにゃん」
「言いやすいのか」
「言いやすいですにゃん」
「……そうか」
その人は、なにか書きつけていた。
あとで知ったことだけれど、それは研究記録だった。
三番の語尾について、五ページ書いてあった。
「もう一度だ。今度は、浮けと言え」
「浮け、にゃん」
浮いた。
自分が。
「にゃっ!? にゃっ!? にゃーっ!?」
天井まで、まっすぐ。
「三番」
「たすけてほしいですにゃん!」
「降りろと言え」
「降りろにゃん!」
落ちた。まっすぐ。
受けとめられた。
外套の中は、思ったより、あたたかかった。
「……重いですかにゃん」
「軽い」
「よかったですにゃん」
「猫だからだろう」
「ひどいですにゃん!」
◇
儀式は、夜にはじまった。
魔法陣の光が、床から天井まで伸びている。
その人は、ミミの前に立った。
「手を出せ」
「はいですにゃん」
差しだした手を、取られた。
大きな手だった。冷たくて、すこし震えていた。
「怖いか」
「こわくないですにゃん」
「……震えているぞ」
「それ、ご主人様の手ですにゃん」
「…………」
指が、ゆっくりと、からめられた。
魔法陣の光が、二人の手のあいだを通った。
「第一の誓い」
その人は、ミミの手を持ちあげた。
手の甲に、唇が、触れた。
「──我は汝を、下僕とせず」
光が、ひとつ強くなった。
「第二の誓い」
指を、ひとつずつ確かめるように。
指の関節に、もういちど。
「──我は汝を、守る」
ミミの尻尾が、ぴん、と立った。
立ったまま、動かなくなった。
「……ご主人様」
「なんだ」
「これ、ぜんぶ、儀式の手順ですかにゃん」
「そうだ」
「……そうですにゃん」
なら、いい。
儀式なら、恥ずかしくない。
そう思うことにした。
「最後だ。髪を上げろ」
「え」
「うなじに、契約印を刻む」
「……はいですにゃん」
ミミは、両手で髪を持ちあげた。
首のうしろが、空気に触れる。
ろうそくの火が、そこだけ、やけに熱い。
背中に、気配がきた。
……。
なかなか、来ない。
「ご主人様?」
「……待て」
「はやくしてほしいですにゃん。はずかしいですにゃん」
「……いま、手順を思いだしている」
「うそですにゃん。さっき五ページ書いてましたにゃん」
「黙れ」
ミミは、目をつぶった。
ろうそくの火が、ぱち、と鳴る。
衣擦れの音が、ひとつ。
そして、うなじに、触れた。
印ではなかった。
唇だった。
「──」
声が、出なかった。
熱が、首のうしろから、背中じゅうに散っていった。
光が、部屋いっぱいに膨れあがる。
そのなかで、その人は言った。
「名を与える」
息が、うなじにかかった。
「──ミミ」
世界が、白くなった。
その名前を、知っていた。
どうしてか、わからないけれど、知っていた。
丘の上の洋館で。せまい厨房で。雨のふる路地で。
だれかが、何度も、その名前を呼んでいた。
ずっと、ずっと前から。
「……ミミ」
自分の口で、言ってみた。
はじめて言うのに、はじめてじゃなかった。
「ミミ」
「もう一度」
「ミミ、ですにゃん」
「もう一度」
「ミミですにゃん! ミミ、ミミですにゃん!」
尻尾が、ぶんぶん振れていた。
止まらなかった。
「ご主人様、呼んでくださいにゃん」
「ミミ」
「もういっかい、ですにゃん」
「ミミ」
「もういっかい!」
「……何度でも呼ぶ。だから、落ちつけ」
◇
儀式が終わったあと、ミミは魔法陣のまんなかで寝転がった。
石の床は冷たいのに、体は、ずっと熱かった。
「ご主人様」
「なんだ」
「ミミ、名前、もらいましたにゃん」
「知っている」
「うれし……」
言いかけて、やめた。
言わなくても、尻尾が、ぱたぱた鳴っていた。
「ご主人様」
「まだ起きているのか」
「ミミ、って、もういっかい」
「……ミミ」
「ふふ」
「気味が悪いぞ」
「ひどいですにゃん」
ご主人様は、契約書を巻きながら、なにか見ていた。
紙のはしに、古い字で、小さく書いてある。
二度目
「……なんですにゃん、それ」
「なんでもない」
ご主人様は、それを袖に入れた。
ろうそくを、ひとつ消す。
「寝ろ。明日から、修行だ」
「はいですにゃん、ご主人様」
「……ミミ」
「はいですにゃん!」
「……なんでもない。呼んでみただけだ」
名前で呼ばれた夜のことを、ミミはたぶん、ずっと覚えている。
どの世界に行っても、たぶん。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
本日の愛情ポイント(ミミ調べ)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
名前を、もらった ………………… +30
名前を呼ばれた(五回)………… +25
手を、つないでもらった ………… +7
落ちたところを受けとめられた … +12
「三番」って呼ばれた(四回)… −12
猫だから軽いって言われた ……… −10
うなじのやつ、心臓に悪い ……… −40
(でも、いやじゃなかったですにゃん)
本日の合計 ……………………… +12
つうさん ……………………… 38 P
ランク ……… ★☆☆☆☆「使用人ですにゃん」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
……あの。
さいごの −40 は、ミミが勝手に引いただけですにゃん。
ご主人様は、わるくないですにゃん。
──────────────────
つぎの、おはなし
あさ、目がさめたら。
ミミ、せいふくを着てましたにゃん。
まわりに、おなじ年ごろの子が、いっぱいいますにゃん。
みんな、ミミの耳を見て、笑ってますにゃん。
……ご主人様は、まどぎわに、いましたにゃん。
第4話「はじめまして、じゃないですにゃん」
でも、ミミのこと、しらないみたいですにゃん。
──────────────────




