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第90話

 後ろから聞こえた相生の声に僕は思わず振り返る。その反応が「どういう意味だ」という疑問を孕んでいることは誰の目にも明らかであり、相生は続けた。


「ついさっき持ち込まれたんだ。ロッカーから不自然に飛び出たビニール袋の端が気になって開けてみれば……だって」


 この高校は生徒1人1人にロッカーが与えられている。だが容量はそんなになく、残念ながらスクールバッグはギリギリ入りはするものの、扉が閉まらないというサイズ感なのである。挙句に施錠もできないときた。そのため大半の生徒は机の横や椅子の背もたれに鞄をかけており、春から秋にかけてはあまり使用率は高くない。利用者が増えるのは通学時にコートやマフラーといったかさばる物が増える冬になってからだ。


 現在季節は秋。伊達に文化祭が芸術の秋に開催されているわけではない。僕も例にもれずロッカーは使用していなかったわけだが、それがまさかこんな形で利用されることになろうとは。


「説明、してくれるんだよね?」


 相生の声音はいつものゆるっと、それでいて聞き取りやすいもの。だが、この状況における「普段通り」というのは、安心要素とは到底思えないものになる。


「一応確認なんだが。これは僕が疑われてるってことだよな」


「聞いてるのはこっちだよ。そのビニール袋が君のロッカーから見つかったのはどうして?」


 これは怒っているのか、あるいは警戒か。とにかくプラスの感情とは思えないな。


「い、いのりちゃん待って!匠君は白票事件の犯人なんかじゃ───」


「椛ちゃん。今私は世良町君に聞いてるの」


 相生の疑念を察するや否や、すぐさま僕を庇おうと声を上げてくれる椛。だが、相生はそれを良しとせず、あくまで僕からの返答を待っている。


 僕は少し考えた後、ゆっくりと口を開いた。


「まず結論から。僕はその袋を自分のロッカーに入れていない」


「証拠は?」


「午前中は同じクラスの子と文化祭を回ってた。午後からは椛が証人になってくれる」


 そう言うと、椛は勢い良く首を縦に振ってくれる。白票事件は今日の出来事だ。となれば、僕は今日のアリバイを示すことさえできれば問題ない。今日、常に誰かと一緒だった僕が、あの袋を自分のロッカーに入れるなんてのは不可能だ。


 だが、相生はそう簡単に納得する様子を見せてはくれない。


「その証人が共犯って線もあるよね」


 共犯。もちろん可能性としてはありえるだろう。それに僕と椛も、この事件の首謀者が単独犯ではなく複数犯ではないか、というあたりをつけてここまで調査してきた。複数人での犯行を疑われた際、僕には残念なら弁明する術はない。


「僕だけならまだしも、椛まで疑うのか?」


「あらゆる可能性を考慮するよ。それに椛ちゃんを気づかない内に利用したとか。君ならできそうだよね」


「いのりちゃん!」


 大声を上げた椛の方を一瞥した相生。そのまま小さくため息をつくと、再び僕に視線を向ける。


「正直、椛ちゃんは証人にならない。分かってるよね?」


「ど、どうして!?」


「私たちが最初に白票を確認した時刻からして、犯行があったのは午前中だから。午後のアリバイを示したところで容疑は晴れないよ」


 そう告げられた椛はぎゅっと唇を噛んで沈黙する。相生の言ったことは確かに判断材料の1つだろう。だが、こちらに向ける視線はそれだけではないことを物語っている。


 実際の刑事事件において、容疑者の証人が家族などの身内だった場合、その証言の信憑性は薄まると言われる。その理由は言わずもがな、容疑者に対して有利な証言をする可能性があるからだ。僕も詳しいわけではないが、裁判でも情状証人としての召喚はあれど、アリバイの成立としては説得力に欠けるみたいな話を聞いた記憶がある。


 今回の場合、僕と椛は身内などではないのだが……椛が僕に向けてくれている感情を考慮すれば、確かに証人としての効果は期待できないだろう。目ざとい相生はその点に気が付いているようだ。同様の理由から、午前中一緒にいた染谷も証人としての効力が十分でない。詳しい関係を知らずとも、文化祭を一緒に回る間柄というだけで何かあれば庇ってしまう仲と判断されてしまう。先ほどから言葉を発していない三橋も、その考えに異論はないと思われる。


 となると、僕が自身の無罪を証明する方法は1つしかない。


「じゃあ、僕が真犯人を提示すれば容疑は晴れるってことかな」


 これしかない。


「え!?犯人が分かったの、匠君!」


「ああ、恐らく」


 驚愕する椛に首肯する。


「へぇ」


 責めるような、品定めするような攻撃的視線から一転、相生は興味津々といった目で近くの椅子を引いて腰かけた。その口元は微かに緩んでいる。


「お聞かせいただいても?」


 しばらく口を閉ざしていた三橋が言う。質問攻めしてくる相生とは対照的に終始静かな佇まい。その意図を測りかねていたが、ひとまずこの部屋にいる全員が僕の話を聞いてくれる姿勢に入った。


 小さく深呼吸を1つしてから、僕は口を開いた。

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