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第83話

 どうしてこうなった。


「うーん、校内を歩いている人には、おかしいところとかなさそうだね」


「あ、ああ」


「どうかした?」


 うん、絶賛どうかしてますねコレ。少し前まで女の子と一緒に文化祭回ってて、今度はまた別の女の子と一緒に歩いてるんだぞ?女子とっかえひっかえで祭りを練り歩くとか、どんなクズ男だよ、刺されるわ。……そうだ。


 僕はポケットの中から実行委員の腕章を取り出す。これさえつけておけば外聞が多少はマシになるはずだ。


「あ!ダメだよ匠君」


 しかし椛は僕の腕をパシッと掴み、腕章をつける動作を制止させた。


「それはしまって。実行委員が聞き込みしてるって知られたら、何かトラブルがあったなんて噂に発展しちゃうかもでしょ」


 いや、それは聞き込みしてる時点で避けようがないんじゃ、と僕が口にするよりも早く、椛はひょいっと腕章を僕の手から奪い去る。


「なので没収です。今は文化祭を一緒に回ってる高校生同士だよっ」


 そう見られるのが問題で避けたい事象なんだが、可愛らしくはにかむ椛を見ると強く抗議する気も失せてしまいそうになる。美少女というのはつくづくずるい生き物だ。


 だが、僕としてはこのままおいそれと流される訳にもいかない。


「別に一緒に行く必要はないと思わないか?手分けした方が効率いいだろ」


 実際のところ、そんなことはない。人脈豊富でコミュニケーションに長けた椛と僕が分かれてしまえば、僕の方は何の収穫も得られないままになる可能性だって十分ある。だからこれは、単に僕の我儘なのだ。


 しかし、万が一の予防線にと思って吐いた軽い口調とは裏腹に、僕たちの間の空気は変わってしまう。


「私と一緒なのは嫌?」


 椛のステップの様な軽い足取りが止まる。紡がれた言葉が震えているような気がして、寂しそうな感じがして。先ほどの笑顔を纏おうと無理しているようにすら感じさせるその表情に、僕は咄嗟に口を開く。


「違う、そう言う意味じゃ……違うんだ」


 だが、自分の今の心情を上手く言い表せるような文言はすぐに出てこない。弁明しようと少女と相対しても、喉につっかえた感情は音として紡がれない。気まずいから?戸惑っているから?視線を気にして?……分からない。


「もうっ、そんなに思いつめた顔しないでよ。困っちゃうじゃん……って、最初に困らせたのは私か。たはは」


 やはり、無理をしたように笑う。その表情は、僕の良く知る眩しい朗らかなものではない。そして、その顔をさせたのは他でもない僕自身なのだと分かっているからこそ、ぎゅっと胸が締め付けられる。己の優柔不断さと情けなさに嫌気がさす。


「匠君。1つだけ教えて欲しいことがあるの。いいかな?」


 そんな僕に、椛は優しく続けた。本来、僕の方が何か言うべきなのだろう。それでも気を遣い、会話の主導権を持って僕たちの間を取り持ってくれた。まるで、冷静で穏やかな第三者のように。その対応に甘える僕は、小さく頷く。


「ありがとう」


 微かに頬を緩ませる。そのまま目を閉じ小さく深呼吸してから、ゆっくりと。僕を見据えて言葉を綴った。


「匠君、今お付き合いしている人っている?」


 日暮椛は優しい少女だ。だが、優しいだけではなく聡い人でもある。それは勉強ができるとか、知識が豊富とかだけに留まらない。観察眼と、そこから察する能力が優れているのだ。だからこそ、僕のこの煮え切らないような対応から、きっと何となくの状況を掴んでいる。いや、もしかしたら昨日の夜。あの街灯の下でクッキーをくれた時から見据えていたのかもしれない。ある物語が今、大きな局面を迎えているということを。その渦中にいる僕という男が、複雑な感情を持て余しているということを。その複雑な感情の源泉に自分自身と、他の子がいるのだろうということを。


 だがそれらは僕が。僕達が。各々の視点で葛藤し、経験したという脚色があり、色眼鏡をかけているからこそ壮大に見えるのであって。どこかの誰か、全く関係のない第三者が見た時、僕たちの人間関係は複雑と言うには片腹痛い程に単純なのかもしれない。


 この問いは、そんな個人の感情や裏事情、思惑や背景を取っ払って、端的な事実のみを見据えるための物。事実に向き合うというのは大変なことで、覚悟と決意が必要になる。僕はそんなことから逃げたくなるし、実際に逃げる人間だ。


 だが、目の前の少女は神妙な面持ちで次の言葉を待っている。震えを孕んだ己の問いから逃げず、今にも揺れだしそうな不安を沈めた瞳を逸らすことなく。


 ───そんな君だから、僕は悩み、困らされているのだ。


「いないよ」


 それが答え。小さく首を振ってから静かに告げる。それに少女は「そっか」とだけ言い、目を閉じた。


 数秒。祭りの喧騒だけが辺りを包む。


 先に口を開いたの椛の、息を吸う音までも聞こえた気がした。


「匠君。さっきの別行動の件だけど」


「ああ」


「やっぱりダメ!」


 胸の前で両腕をクロスし、勢いよくバッテンを作る椛。口では「ぶぶー」と可愛らしく効果音。


「な、なんで?」


 先ほどまでの空気が霧散し、いつもの調子の椛。その唐突に生まれたギャップに僕は困惑まじりの気の利かない返答をするのみ。そんな僕の様子に「隙あり!」と言わんばかりの表情で歩み寄った椛は、両腕をぎゅっと絡めてきた。


「だって!好きな人と一緒に文化祭回るの、夢だったもん!」

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