第82話
「まあ、こうなればやることは1つです」
「そうですね」
ため息交じりの相生の呟きに三橋が首肯する。まるでこの事態の解決策が見えているような、あるいはそもそも問題ですらないと言わんばかりの態度に委員全体が期待の眼差しを向ける。
そして、2人は告げた。
「すぅ───なかったことにしましょう」
「待てやコラ」
思わずツッコんだ。
「流石三橋さん。話が早い!」
「火消しは早期に。もみ消しは迅速にですから」
こいつらそっちの方向で「問題ですらない」と捉えてんのかよ、ダメだろ。お前ら数少ない委員の常識人なのに諦めんなよ。意気投合すんな、もう少し悩め。
そう思ったのは僕だけではなかったということを周囲の空気が物語る。一同の茫然とした表情に流石に思うところがあったのか、三橋は「はぁ」とため息をついてから続けた。
「冗談です。本気にしないでください」
「冗談ってあんま真顔で言うもんじゃないぞぉ」
そう零す委員長は汗をにじませながらも安堵の表情を浮かべている。まあ、相生と三橋2人が匙投げたらもう終わりだからな。
「え?……あ、うん。冗談冗談!」
こいつ、既に匙もって振りかぶってたな。今の「え」って素だろ。一応副委員長だよね相生さんや。
「それで、何か考えがあるのか?」
委員の1人の発言に三橋が口を開いた。
「大きく2つあります。まず、基本的に今日当番の委員は引き続き自分の業務に従事してください。校内の巡回などですね。ただ、投票用紙の回収は一層気にかけてください。この大量の白票、最初に浮かぶのは悪質な悪戯というパターンですから」
「悪戯?」
委員の疑問に関して相生がフォローするように答える。
「まあ、普通に考えたら生徒が自分の意志で入れたものじゃなくて、誰かが大量の『白紙』を投票箱に入れたって方が自然だし。巡回とか回収業務で変な動きしてる人がいないかはチェックかな」
どこかの誰かが投票用紙を大量にコピーし、何の記入もしない白紙として投票箱にぶち込む……確かに、この光景を作り上げることは可能だろう。それをした犯人がいたとして、イマイチ動機はつかめないが。
「あれ、じゃあ私たちは?」
僕と同じく、放送で呼び出された非番組の女子が尋ねる。
「今日非番の方には、この事態の調査をお願いします。具体的には生徒への聞き込みなどです。投票関係で不審な動きをしていた人がいないかというのもそうですが、実際に生徒間で『白票を入れる』と考えた方が多かったかなどを調べてください」
ふむ、妥当なところか。通常の文化祭運営業務を行いながらこの白票事件の調査をするにはとにかく人手が必要になる。多面的な人海戦術を行うためには非番どうこうは言ってられないわけか。
「そ、その」
「なに?委員長」
「この白票が事実だった場合、あるいは詳細が判明しなかった場合、我はどのように発表すれば」
おずおずと挙手してそう尋ねる委員長。今その話しなくてもいいだろうと思う一方で、その不安いっぱいな気持ちは理解できないこともない。集計結果の発表は委員長の最重要業務ともいえる物の1つだし。
「まあ、集計数が少なくて楽だったとでも言っておけばいいんじゃない?」
「な、なぬ!?」
相生の投げやりな物言いに口をあんぐりとする哀れな長。一瞬ギャグマンガの様に目が飛び出た幻覚が見える様ないい反応だ。最も見る分には面白いだけで、当人は気が気でなく三橋にもすがるような目を向ける。
「まあ、その時はその時で考えましょう」
「そ、そんな……」
三橋は通常営業だった。
「ほら、号令くらいして委員長」
相生にそう言われ泣きそうになりながらも委員長は口を開いた。
「各員!行動開始!何が何でも真相を究明するのだ!頼む、お願いします!」
芝居がかってない分、今まで一番感情こもってた。
委員長の渾身の叫びの後、委員が動き出す。今日が当番の委員は自らの業務を再開し、非番の委員は同じクラスの委員などとペアを組んで教室を出て行く。
「うん、まあそうなるよな」
案の定、僕は孤立。というのも現状、司令塔たる三橋は本部から動けないから。同じクラスのペアである三橋が外回りに行けない以上、僕は単独でこの白票事件の捜査に動くほかないわけである。え?他の候補?いや、他に話せる人と言ったら椛くらいだけど椛は今日当番だから無理だし、メジェドこと伊集院は……うん。ね?というわけで僕は単独行動になるわけだ。僕は早速、視聴覚室を後にしようとする。
その時、ぽんっと肩を叩かれ振り向いた。
ぷすっ
「ふふっ、引っかかったぁ」
そこにいたのは、僕の頬に指を突き立てて悪戯成功の笑みを浮かべる椛。そのまま僕の頬をつんつんしながら続ける。
「匠君、ほっぺ柔らかいね?スキンケアとかしてる?」
「いや別に。というか、どうした?」
椛の手をゆっくり退けつつそう尋ねると、椛は「あっ、そうだった」と両手をぱんっと合わせて言った。
「一緒に行こうよっ」
「……え?いや、椛は今日当番だろ」
「大丈夫!三橋さん、相生さんから許可は貰ってるよ!」
その発言に僕は椛の後方へと視線を向けると、2人が答えた。
「だって、人脈皆無の世良町君だけじゃ何の成果も得られなさそうだし」
貴方を事実陳列罪で訴えます、相生さん。
「適材適所です」
確かに三橋、さっき役割分担の話で「基本的に」とは言ってたけども。
「さっ、がんばろ!おー!」
いち男子の複雑な心境など知る由もない椛は、僕の手首を掴んで持ち上げる。そして、共に勢い良く突き上げるのだった。




