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第81話

「失礼します」


 扉を開けて一言挨拶をする。しかし元気の良い返事が返ってくることはなく、実行委員本部である視聴覚室では既に集まった委員たちが腕を組んだり、頭を抱えて難しい顔を浮かべていた。


「あ、匠君」


「……椛」


 扉を開けて最初に声をかけ来たのは椛。昨日の今日で僕は正直ちょっと気まずいというか、顔を直視できない気持ちなのだが当の本人はそんな様子は皆無で、普段通りに接してくる。


「ごめんね、今日は非番なのに」


 申し訳なさそうな顔を浮かべる椛は、そのままそっと僕の方に踏み込んできて耳元でささやいた。


「本当にごめんね、予定邪魔しちゃったよね」


 訂正しよう。普段通りどころか距離感はむしろ近い。甘い香りと綺麗な声が鼓膜をくすぐり、一瞬悶えそうになるのを頬の内側を噛むことで何とか堪えた。


 もし、神様がいたとして。あるいは神様の様な視点を有する何かがいたとして。きっと僕はとんでもないろくでなしに見えるのではないだろうか。さっきまで一人の女の子を前に思考を混乱させ、自身の気持ちの把握もできず、挙句の果てにその場から逃げるようにここに来た。それだけでも十分批難される様な醜態だというのに、正直なところ、染谷との時間があれ以上続かなかったことにほっとしている自分すらいる。そしてその事実は僕のクズっぷりをより自覚させるのだ。しかも、それだけに留まらず今度は別の女の子を前にして照れて、ときめいて意識して。ふと口内に焼き菓子の味を思い出す。


 僕はこんなにも優柔不断で、自分の気持ちも分からないほどに情けなく、未熟だったのかと内心自嘲する他なかった。


「大丈夫だ、それより何かあったのか」


 幸いだったのは、その嗤いは上手く取り繕われ、朗らかな笑みとして自分の顔に出せたこと。なんともない、気にしてないと伝える表情と声に成ったことだった。


 椛は「ありがと」と小さく一言。それ以上、僕の「さっき」に関して話を膨らませることなく、代わりに「見てもらった方が早いかな」と委員たちの集まっている方へ来るように促してきた。


 委員の集まりに近づけば、人陰に隠れていた小柄な影を1つ確認。その人物も僕に気が付いたようで、軽い会釈から口を開いた。


「お疲れ様です」


「三橋、お疲れ。早いな」


「ええ、まあ」


 三橋も僕とおなじで今日は非番。仕事嫌いな三橋はこの緊急招集にめんどくさいという気持ちでいっぱいだろうというのに、それを表に出していないのはやはり大人である。あるいは、普段から無表情すぎてあんまり変化が見えないと言った方が正確かもしれないが。


「どどどどどどうすればいい?どうしよう!」


「委員長煩い」


 いやまあ、この委員長みたく取り乱すよりはマシだけど。


「それで?何があったんだ。集計の呼びかけにしちゃあ些か早すぎるよな」


 全校生徒に加えて外部客全員の投票を集計するともなれば人手がいる。午後3時の回収以降は非番の実行委員も全員参加で集計作業に当たる予定だったが、時刻はまだ昼過ぎだ。となると、呼び出しの要件は別にあるはず。


「そこのテーブルを見たらわかりますよ」


 僕の疑問に答えるように、三橋は告げて机の方を指さす。あたりに集まった委員をかき分けて実際に卓上を覗いてみた時、そこには思いもよらぬ光景が広がっていた。


「は?」


 一面の白。無造作に置かれたカードサイズの用紙たち。机を埋め尽くすように広げられられたそれは良く知っている物。


「投票用紙か、これ?」


 置かれた紙は全て、文化祭の展示投票で用いられる投票用紙。投票用紙がこうして実行委員本部に集まっているのは何ら不思議はない。異常なのは……その多くが無記入であるということ。困惑と驚愕で文字通り開いた口が塞がらない僕に相生が告げた。


「全部ってわけじゃないんだけど、投票箱に入ってたものの8割が近くが白票みたい」


 一説によれば、実際の投票制度で白票とは、「どこにも投票するに値しない」という市民側からの抗議の意を含むとは聞いたことがある。とはいえ現実では白票を入れたところで投票結果に変化は生まれないし、政治家諸君にとっても「やっべ、軌道修正しよ」とはならない。つまり、白票とは投票者側の自己満足という側面もあり、あまり意味を成さないものなんだとか。


 だが、今回に関しては意味がある。僕たちはこの投票用紙を作った時、その用紙の量に文句を垂れながらもワクワクしながら、全校生徒の誰よりも早く集計結果を知れるという光景を想像し、そこから生まれるちょっとした優越感を楽しみにしていた。だが、目の前に広がる光景が僕たちに与える感情に、そんな甘美なものは1つもない。あるのは虚無。「楽しくなかったのかな」という落胆。この白票たちは間違いなく僕たちに、この場に精神的な影響を及ぼしている。


 ……仕事は嫌いだ。それに、実行委員のような学校行事に関して言えば給料も出ないし、やりがい搾取と言っても過言じゃない。それでも、集中して取り組むことで、いったん他のことを忘れることができるというメリットはある。今回、僕はそれを期待していた面があった。染谷や椛のことで一杯一杯な頭を他のことに向けて時間を置けば、きっと冷静になって向き合えるはずだと。


 だが、これは……期待からはあまりにもかけ離れていた。

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