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第79話

 どうしようどうしようどうしよう。恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。もう高校生なのに怖さで腰を抜かして、同級生に背負われるなんて。うぅ……


「どうかしたか?」


「ご、ごめん!痛かった?」


 恥ずかしさで身を悶えさせたくなるところ、背負われた状態で変に力を入れてしまったらしい。ちょっと苦しそうな声で尋ねてくる世良町君に慌てて謝ると、彼は大丈夫だと軽く返してくれた。


「お、重くない?」


「そう言う質問はやめてくれ。どう答えてもセクハラになりそうだ」


 笑いながらそう答える世良町君。確かに、重いにしろ軽いにしろ、人の身体的特徴に関連する文言はすぐにハラスメントに判定される時代だけど……私が世良町君相手にセクハラだ!って言うと思ってるのかな。セクハラって言うのは極論、嫌と思うかどうかという曖昧な定義の下に成り立っているのに。というか、迷いなく「軽いぞ」くらい言ってくれても。体重管理とか気を付けてるのに。


「降ろすぞ」


「え?あ、うん」


 背中で私が頬を膨らませていることなど知らない彼は、少し歩いた先にあるベンチに私を優しく降ろす。微かな名残惜しさを覚えながらも、私は彼の首に回していた手を離した。


「もう大丈夫か?足を捻ったとかは?」


 彼は振り向きながらそう問いかけてくる。その問いに答えるべく、私は靴を脱いで、自らの右足首をさすり軽く回してみた。そこにはズキリとした痛みも、変な痺れもない。


「染谷?」


「……ううん、大丈夫。ありがとう」


 少し悩んだ末、私はそう答えた。一瞬過った考えをどこか遠くに追いやって。私は決して強い人間ではない。一時の欲望に身を任せたところで、その後ずっとモヤモヤを、罪悪感を引きずることになるのは目に見えている。それに何より、彼に嘘をつくのは嫌だった。


 世良町君は「なら良かった」と嘆息したのち、私の靴を手にして足のそばまで寄せてくれようとした。服が汚れるのも気にせず膝をつく彼の姿はまるで───


 刹那。パシャっと軽快な音が響く。祭りの喧騒の中でも聞き取れたその音に、私と彼は同時に顔を向けた。


「ヒュゥ~!シンデレラ?やることやってんねェ!」


「またうるさいのが」


 私は初めて見る人だけれど、世良町君は知り合いみたい。でも、あまり歓迎しないような物言いと大きなため息、顰めた繭からは得意とする相手ではないと思ってしまう。実際、私もこの人の第一印象は苦手かもしれない。


「盗撮は感心しないが」


「いやいや、これはれっきとした文化祭宣伝用っす。残念でしたぁー」


 両手をひらひらとしながら世良町君に言う男子生徒。その様子は明らかに揶揄っているように見える。距離感の近さという点では、教室で世良町君とよく話している國代君も同じだけど、世良町君の表情は國代君と話している時のそれとは違う。そしてそれを隠そうともしていない。2人の関係性を何となく察することも難しくなかった。


 世良町君と話していたその人は、ひとしきり揶揄って満足したのか今度は私の方に話しかけてきた。


「随分可愛いっすね?自分、こんな人見逃してたんすかね?」


「えっと」


「ああ、すんません。榎本流星っていいます。なるなるとは同じ実行委員で」


「なる……?えっと、染谷加奈、です」


「へぇ、加奈ちゃんって言うんすか。で?なになに、なるなるとはデートっすか?」


 私の顔を覗き込むように興味津々に聞いてくる榎本さん。その勢いに思わず一歩後ろに引いてしまう。


「おい、揶揄いってのはある程度の信頼関係の上でやらないとただの失礼に当たるって知ってるか?」


 そんな私から引きはがすかのように榎本さんの肩に手を置き、少し低めの声で窘めるように言う世良町君。しかしその雰囲気に臆することなく、榎本さんは笑いながら言った。


「ははは、事実を言っただけっすよ。文化祭で男女2人をデートと言わずになんて言うんすか?」


「たとえ思っても口に出さない判断ができるのが大人だ」


「自分、まだ未成年なんで!」


「幼稚の間違いじゃないか?」


 そんな問答を経て、2人は数秒視線を交わす。


「はいはい、ここは引くっすよ。……その姿勢も大概レディに失礼だと思いますけど」


 先に動いたのは榎本さん。肩をすくめながらそう告げるも、言葉の後半は声量の小ささも相まってか世良町君には聞こえていなかったみたいだった。


「加奈ちゃん、良かったら連絡先交換しましょ」


 世良町君から視線を外した榎本さんは私の方を見ながらそう告げてくる。


「おい」


「なるなるは別に彼氏でもないんすよね?だったらどうこう言う権利はないはずっす」


 そう返された世良町君はそれ以上問答をしようとはせずに口をつぐんだ。


「えっと、そういうのは」


 私が拒否の意思を見せると、榎本さんは「そっすか」と肩をすくめ、私の横を通り過ぎていく。


 その時、ボソッと。再び世良町君には聞こえないくらいの声量で告げられた。

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