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第77話

「面白かったあ」


「よくできてたな」


 映画の終了と同時に教室から出てきた人々のそんな会話が聞こえてくる。昨日のシフトだった國代から「結構好評だったぜ」という話は聞いていたが、その言葉に偽りはなかったようだ。観終わった人から「くそだな」なんて言われたら流石に僕も多少はへこむし、もしかしたら怒りもするかもしれない。


「あれ?もしかして主演の人?すっごい良かったよ!写真一緒に取ってもらってもいい?」


 そして、その高評価に大きく貢献したであろう主演の染谷にこのように声がかかるのも自然な流れ。一瞬驚いた様子を見せる染谷だったが、照れながらもそのリクエストに応じる。その対応にどことなく人気アイドルの影が見えたり、見えなかったり。きっとこの創作映画に関して声をかけられるのも、これが初めてではないのだろう。


 染谷がお客さんの対応をしている間、僕は今しがたやって来た次のシフトの生徒と軽く会話をして、引継ぎを行う。引継ぎと言ってもやることは特になく、教室のスタッフ側を完全無人状態にしないために次の人が来てから動くようにという三橋のお達しだ。


 この制度の悪いところがあるとすれば、次のシフトに入る予定の人間が遅刻した場合、前のシフト担当がいつまでたっても動けずに不利益を被るというところなのだが、昨日の時点ではそのような例はなかったらしい。もしかしたら、例のメンバーが転校していなければそうやって仕事の押し付けもありえたのだろうか、なんてことを考えてすぐにその思考を捨て去った。


「世良町君?どうしたの?」


「ああ、いや。なんでもない」


 この楽しいお祭り空気の中、それは考えるべきことではないだろう。


 仕事を終えた僕は染谷と共にそのお祭りへと飛び込むのだった。







 実行委員が行う監査場所は初日と2日目で担当が異なる。というのも、たくさんの出し物のすべてを1日でチェックするのはほぼ不可能に近いためだ。そのため、昨日の時点で僕と三橋が監査として訪れた出し物は全体数の約半分程。


「昨日はどうしてたんだ?」


「クラスの子に誘って貰って一緒に。でも、まだ回り切れてないよ」


 ということは、僕達にとって初見となる出し物もまだまだあるということ。せっかくお店に入るなら、2人ともまだ訪れたことがないお店の方が楽しみ甲斐があるというものだ。しかし、てっきり彼女と一緒にいた者だと思っていたが、クラスの子と一緒だったとは。染谷は2学期になって随分クラスへ馴染んだようで。なんか……僕より馴染んでそう。


 2人で雑談を交えながら歩いていると、その未知の出店の1つに早速出会うこととなる。


「そこの2人、どう?」


 とある教室の前を通った時に、客引きの学生に声をかけられて視線を向ける。すると、達筆な文字で書かれた味のある看板が目に入った。


「お化け屋敷」


 思わず呟く。文化祭の出し物のド定番。外観から察するに和風テイストのお化け屋敷らしい。これは僕個人の感性かもしれないが、どことなく西洋風ホラーよりも和風ホラーの方が不気味というか、端的に言えば怖いと思う。やはり日本人の血というのがあるんだろうか、などと考える一方で、日常で感じる日本人要素がよりによってそれなのかと呆れたくもなる。他にあるだろ、四季とか。……いや、最近は四季も感じなくなってきたような気がするな。春はまだ辛うじて感じる(主に花粉症を患っている母親の反応で)が、秋とかほぼほぼ消滅してると思うのは僕だけではあるまい。寒くなるの早いんだわ。


「染谷、どうする……染谷?」


「え、あ、うん。なに?」


 国際電話の様な時差を彷彿とさせる反応の遅れ。そしてどこか無理しているようなその表情に、何となく察しがついた。これは僕みたいに思考が変な方向にそれたとか、そういう類じゃあない。僕は声をかけてきた生徒に首を振って言う。


「いや、また時間があったら」


「そう?残念」


 肩をすくめる生徒に申し訳ないような顔だけして再び歩き出そうとすると、くいっと制服の袖が引かれた。


「どうした?」


「な、なんで?」


「いや、なんでも何も苦手なんだろ?」


 なぜお化け屋敷に入らないのか、という意味の問いだろう。そう返すと染谷はビクッと肩を震わせて恐る恐る口を開いた。


「私、そんな分かりやすいかな?」


「少なくとも今は」


 映画撮影用のカメラが向いている時とか、夏のステージのように大量の観客がいるときはその限りではないが、演技のスイッチがオフの現在、制服を着たただの一生徒、染谷加奈としては分かりやすいと言ってしまっていいだろう。染谷の友達の彼女とか見てみろ、あいつ何考えてるか分かったもんじゃないだろ。


「で、でも。ここ2人とも行ってないみたいだし」


「それはそうだが、無理しなくても」


 確かに2人とも未体験の出し物だというのならば互いに初見の楽しみはあるだろう。だが、その楽しみがあるのは何もここだけではあるまい。人生、苦手な物へ挑戦しなければならない時というのは確かにあるが、今はそれに該当しない。実際に、袖を掴む染谷の指先は微かに震えている。


 僕の返答に対して染谷は数秒俯いた後、手を離した。そして───


 するりと自身の左腕に少女の腕が巻き付けられた。


「え、は?そ、そめ───」


「世良町君が一緒なら、頑張える」


 噛んでますが。っていやいやいや。何この状況。何この花みたいな匂い。なんで腕に抱き着いてんのこの子。色々柔らかいんですけど。腕とか、腕じゃない柔らかい膨らみとか、ちょっと自分より低めな感じの体温とか……いや、体温低くないわ。むしろ熱いまであるな。


 思考と体がショートして固まったその時、後ろから声が聞こえた。


「ひゅー、熱々だねぇ。おら冷えろ」


 どんっ、と勢いよく背中を押される。いつの間にか入り口に立っていたはずの生徒が僕たちの背後に回っていたらしい。染谷に意識を全部持っていかれていた僕はまともに踏ん張ることなどできず、腕に抱き着いた染谷ともども真っ暗な暖簾をくぐり、お化け屋敷へと吸い込まれていった。


「ちっ、見せつけやがって。惚気か」

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