第76話
文化祭2日目、学生の登校時刻は結構まばらになる。初日にトラブルなどがあったクラスは朝早く、7時、下手したらそれより前にやってきて設備の整備なんかに時間を当てるのだ。一方、僕達のクラスは当日は映画の上映だけで、男手がたくさん必要なものや、こまごまとした作業が求められることはない。やることといえば、精々プロジェクターとスクリーン動作に問題がないかのチェックくらいで、これを担当するのは本日の朝一の上映シフトに入っている生徒で……今日は僕である。朝一なんて学生なら誰も来たくないところ、じゃんけんで敗北した僕は誠に遺憾ながらこの時間のシフトに入ってしまった。とはいえ時間にして10~15分程度の作業なので、他の人より多少早めに登校するというだけの話だが。
リモコンやパソコンをマニュアル通りにカチャカチャ操作すれば、黒色の布地で覆った映画館もどきの教室に見慣れた映像とどこかで聞き覚えのあるフリー素材の音楽が流れ始める。いずれも動作に不備はなさそうだ。
しかし、こうしてみると、創作映画というのは当日負担が最も少ない出し物の1つだと実感し、そのありがたみを再認識できる。それは何も、例えばカフェの様な人手が必要なものが悪いというわけではない。あれはあれで、「文化祭らしさ」というか、店を回す楽しさがある。実際、昨日見た時も楽しそうだったし。これは完全に好みというか、クラスの指針の違い、そして展示希望調査時のちょっとした運によるものだ。そして運、という観点では、僕達のクラスがこの展示になったのはツイていたと言えるだろう。当日に準備面で楽できるという観点以外でも、だ。
「ね、ねえ?世良町君」
「なんだ、今いいとこなんだ」
「いや冒頭だよね?多分このお話の盛り上がるところではないと思うよ?」
隣にいる少女のツッコミにクスッと笑う。
「あ、今笑ったでしょ!確認できたならもう止めてよ!」
「何をいまさら。慣れてるだろ、こういうの」
この少女、染谷加奈は世間では有名アイドル相園まなとして知られている。その活動領域は多岐に渡り、その中にはドラマや映画への出演もあったはずだ。
「知り合いに横でまじまじと見られると別の恥ずかしさがあるの」
「そう言えば試写会の時も顔真っ赤だったな」
「み、見てたの!?」
映像とは別の面白さがあって良かった、という感想は胸の内にしまっておく。もう少し揶揄いたい気持ちもあったが、要望通りに映像を止めて、室内の電気を付けた。
染谷の言う様に今流したところは物語の序盤も序盤。誰もかれも見せ場なんてのはまだ来ていない。だが、見せ場でなかったとしても染谷加奈の演技力というのはやはり群を抜いているのだ。当の本人はこのように恥ずかしがっているが、人目を引くには十分すぎる。しかも、多分この映像の染谷の演技は本気ではない。
これはあくまで文化祭の創作映画。莫大なお金と時間をかけて、興行収入で億とかを狙う大それたものではない。出演者のほとんどが演技なんて経験がなく、良くも悪くも学祭レベルの役者のみ。そんな中で、プロの演技なんて混ぜてしまったらむしろ浮いてしまう。例えるなら、幼稚園のお遊戯会で桃太郎をやったとしよう。鬼役を担当した先生が桃太郎と相対したときに「ククク、そうか。我を悪というか?ならば問おう、桃太郎、英雄たらんとする者よ。異形の物をその容姿を理由に離れ小島へと追いやることは罪ではないのか?お前たちが豚や牛を殺して食すのは許されるのか?お前の言う正義は、お前たち人間にとっての都合の良い我儘ではないのか?」などと語りだすような感じである。……いや、この例はあんま良くないな。これただ先生が中二病卒業できてないだけだろ。実行委員長の慣れの果てか?
思考が少しそれてしまったが、ともかく、この創作映画には演技者の間での力量のギャップがない。それは染谷がそのあたりを考慮して、あくまで学生としての範疇を出ていない演技をしているからだ。故に、映像としても違和感がない。あえて下手を演じるというのも技術が必要なことだろうに、全く多彩なものである。
「ところで、今更なんだが」
「どうしたの?」
「染谷、なんでいるんだ?確かシフトは昨日だっただろ」
「ほ、本当に今更だね」
何ともなさそうに会話してたのに、と苦笑いをしたのち、染谷は頬を掻きながら言った。
「世良町君のシフトが終わった時、すぐに一緒に回れるように……だけど」
恥ずかしそうに横から上目遣いでそう言われ、思わずドキッとする。
そう、何を隠そう僕は今日という文化祭の日を、この少女、染谷加奈と一緒に回ることになっているのである。
思い返すのは数日前の出来事。
『あ、あの、世良町君』
『ん?どうかしたか』
三橋と実行委員の勤務日について確認し終わった時、後ろから声をかけてきたのが染谷。
『さっきのお話聞いてたんだけど、実行委員のお仕事1日目なんだよね?良かったら、その……』
視線が定まらず、もじもじとする染谷のその先の言葉を待つ。数秒、染谷の深呼吸の間を挟んでから、伝えられた。
『一緒に文化祭、回りませんか?』
正直な話、その染谷の申し出の意を僕は図りかねていた。それこそ、一緒に回るのなら「彼女」との方が良いのではないかという疑問もあった。だが、あの勇気を振り絞って、声を震わせながら僕に話しかけた染谷に対して断るという選択肢も、その疑問をぶつけるという行動も、とることはできなかった。
故に僕は、いまだに疑問を抱えたままでいる。加えて、脳裏に過るのは昨日の椛の行動。椛の行動から派生して、染谷の行動の奥にある心理に関しても変な勘繰りをせざるを得ない。もともと、染谷に好意的にみられているという自覚はあった。だが、その思いは所謂友人としての好意、あるいは夏の一幕をともにした戦友に向ける信頼なのだと思っていた。好意というよりは懐きと表現する方が正しい、そんなものなのだと。
だが、椛の行動といい、染谷の見せる表情といい、そんな自分の考えが正しいのか分からなくなってしまった。
思考にふけていると、ピンポンパンポン、と聞きなじんだチャイムの音が鳴る。その後、校内放送の音声。
「それでは、ただいまより犀星高校文化祭2日目を開催します」
その声は、昨日僕にクッキーを渡してくれた少女のものだった。




