仮面のゲハイムニス 下
結婚して一年後。私は妊娠した。私の胸は喜びで張り裂けそうになった。彼に知らせる時、ドキドキしたが、彼は、とても嬉しそうに私を抱きしめてくれた。しかし、そんな胸の片隅に、憂いが芽生えた。それは、出産が近づくにつれて、私のお腹のように、みるみる大きくなっていった。
もし、赤ちゃんが不細工だったら……。もし、私の本当の顔に似てしまったら……。彼は私を疑うかもしれない……。私の顔、あるいは、浮気。
しかし、出産すると、それは取り越し苦労だと分かった。彼にそっくりな女の子だったからだ。赤ちゃんなのに目鼻立ちがしっかりして、とても賢そうだ。私は、自分の娘が自分に似ていないことに、心から安堵した。
子育ては大変だった。赤ちゃんはしょっちゅう熱を出した。夜は毎晩二時間おきに泣いて、おっぱいを欲しがった。視力が弱いみたいなので、そのうち大きくなったら眼鏡を作らなきゃいけないと思った。彼も最大限、子育てに参加した。度々、休みを取って娘の面倒を見てくれ、私に休日をくれた。しかし、私は赤ちゃんが心配で、ろくに息抜きできなかった。大変なのに、毎日が幸せで、とても充実していた。
一年半後、二人目ができた。産婦人科の先生が、白黒のエコー写真を見せてくれ、お腹の赤ちゃんが男の子だと知った時、私の不安は甦った。
一人目は女の子だから彼に似た。男の子なら、私に似るだろう……。
私は決心した。彼に真実を話そう。彼なら分かってくれるかもしれない。本当の私がいくら醜くても、今では子供だっている。彼に捨てられることはないと思う。今まで通り、私を愛してくれないだろうし、外でもベッドでも、可愛がってくれないだろう。しかし、これ以上、彼に隠し事をしていることが辛かった。その苦しみから早く解放されたかった。私の秘密を、彼に疑われるより先に、言っておきたかった。
それでも、何日も、何日も先延ばしにした。しかし、ついに心を固めた。子供を寝かしつけたあと、私は、恐る恐る彼に告白した。
「ごめんなさい……。今まで隠していたことがあるの」
「なんだい?」と彼はやさしく聞いた。
「実は、私の顔……、本当の顔じゃないの……」
「ん? どういうこと?」
私は躊躇った。今ならまだ引き返せる。冗談ということにして、話を終わらせることができる。私は自分の本当の顔を、長い間、一度も、誰にも晒すことがなかった。彼は裏切られたと感じるかもしれない。
しかし、彼は、いつもの優しく温かい眼差しで私を見つめていた。大丈夫だ。彼なら分かってくれる。きっと大丈夫。私は彼を信じることにした。
私は思い切って仮面をはずした。仮面はたちまち無機質な白い物体に変わり、私の生の顔が露わになった。彼の目には驚きの色が浮かんでいた。私は彼から顔をそらした。彼の目を見ていられなくなったのだ。
すると、彼は、震える私をやさしく抱きしめた。
「秘密を明かしてくれてありがとう……。不安だったね……。勇気を出したね……」
そう言って、彼は私を抱きしめながら、頭をふんわりと撫でてくれた。そして、私のあごを引き寄せ、やさしく口づけをした。全身に絡みついていた不安の糸は、きれいに溶けて消え、私の目からは涙が、ぽろぽろと落ちてきた。
「私、こんなに醜いのに……」
「僕は、君が美人だから結婚したんじゃない」
「でも……」
「でもじゃない。君は仕事も勉強も、そして子育ても、いつも一生懸命だった。頑張り屋さんだった。だから好きになったんだ。外見なんてどうでもいい……。どうでもいいけど…、君の本当の顔……、とても、きれいだよ」
私は、彼に抱きしめられたまま、横にある鏡台で自分の姿を見た。そこには、ハンサムな彼に抱かれている、涙を流す美しい女性がいた。
「どうして……、こんなこと……」私は、自分の素顔が変わっていることに戸惑った。
「〈どうして〉も、もういい……。君を愛している…。何があってもだ」彼はもう一度、私の唇を求めた。
なぜかは分からない。仮面のせいかもしれないし、仕事も育児も全力で取り組んだせいかもしれない。分からないが、変わったのだ。これが今の私の顔なのだ。私は、この新しい顔を受け入れることにした。愛する彼の前で仮面を取ることができた。子供に、仮面ではない、本当の自分の顔を覚えてもらえる。私の目からは、とめどなく涙が流れた。
「ごめん……、僕も隠していたことがあるんだ」と彼が頭を掻きながら言った。
「なあに?」私は涙を拭きながら聞いた。
「実は……」彼は、照れて言いづらそうにしていた。
「なによ。大丈夫、言って」
私は、彼の秘密を聞けることに、すごくワクワクしていた。彼は本当の私を受け入れてくれた。何を言われても驚かないし、彼のすべてを受け入れようと思った。私たちは秘密を共有する。私は、二人の絆が、より深まることを確信した。
「実は……、僕は、本当は目が見えないんだ」
彼が、ぽんっと頭をたたくと、彼の両目が、私の手に落ちてきた。彼の顔には、埴輪のような、底なしの暗い穴が二つあいていた。彼の温かく湿った眼球は、私の手のひらの上でコロコロと回転し、
そして、私を優しく見つめた……。
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