天使の正体
田井のコロニーは巨大なコロニーだった。周辺の耕作地を飲み込み巨大化したと聞いていたが、コロニーの中の建物は少なく、ほとんどが農地だ。その農地だが、燃料を節約するためなんだろうが、機械化されておらず、ひと昔前のような風景で、ちょっと痩せ気味の人たちが汗水たらして、一心不乱に働いていた。
「食料が潤沢にあるはずだと言うのに、ここの人たちは私のコロニーの者たちと変わらないかもしれない」
そんな光景に安川がぽそりと独り言を言った。
が、俺たちの前に現れた田井はそんな者たちとは違っていた。
俺たちが案内された建物には電気が来ていて、蛍光灯が照らし出す白い光の空間の中、テーブルを挟んでソファにどかっと座る田井は肉付きのよい60代のおっさんだ。
「田井さん、私のコロニーはもう食料が限界にきております。
食料と畑に植える小麦の種を分けてください」
安川の態度は懇願気味だ。そりゃあ、そうだ。あのコロニーの多くの人々が飢えるかどうかがかかっているのだから。
「私もそのつもりなんですが、鋼鬼がねぇ」
「私だって、ここまでこれたんです。
しかも、今はこの周りの鋼鬼は減っていますし」
「そうそう。
鋼鬼を退治したのは、噂に聞く鋼鬼狩りの修君ですか?」
必死な安川の言葉に応えず、田井は話題を俺に振った。
「俺の事をそう呼ぶ人もいるみたいですね」
好感を持てない田井の態度に、素っ気ない返事を返した。
「そうですねぇ。
あなたのあの武器、レーザーみたいなものですか?
あれがあれば安川さんの所に向かう事もできると思うんでけどね。
あれ、お借りできませんか?」
田井がにこにこした表情で俺に言った。
にこにこした笑顔でのお願い。それがかわいくて若い女の子だったとしてもこの願いは聞き入れられないと言うのに、小太りのおっさんなら、なおさらだ。
「だめです」
即拒否の俺の言葉に、田井はにやりとした笑みを浮かべた。
「まあ、そうですよね。
でも、それ、興味があるんで、どうしても手に入れたいですね」
「どうしてもとは?」
福岡の問いかけに、にんまりとした表情のまま田井が答えた。
「力づくでもって事ですよ。
分かりませんか?」
そう言うと、田井はさっと立ち上がり、部屋の片隅のドア近くまで引き下がった。その言葉の危険さに、俺だけでなく、福原たちも立ち上がった。と言っても、武器を持っているのは俺だけだ。レーザーソードを起動し、何m先の壁際に立つ田井にその切っ先を向けながら、全神経を田井の一挙手一投足に向ける。
どんどん。
寺井が壁を叩くと、ドアが開き、兵器クラスと思えるライフルくらいの長さの銃を手にした迷彩服を着た兵士たちが、部屋の中にやって来た。
「ほぉ。これは国内では珍しい。
95式小銃ですか」
俺には分からないが、さすが本職だけあって、福原にはその銃器の正体が分かるらしい。
「で、こんな事までするあなたの目的は?」
多くの銃を向けられていると言うのに、福原の声も態度も動じた様子がないのはさすが軍人と言えそうだ。
「これが何か分かるかね?」
田井が懐から金色に輝く何かを取り出した。
「これはね。レプリカなんだけど、和国の王と、記されているんだよ。
私はこの国の王になるのさ」
「ほぉ。大陸の皇帝様から、この国の王に任じてもらおうと?」
「さすが、呑み込みが早い
「で、本物はまだ寺井豪が持っているのか?」
「ほぉ。その名もご存じでしたか。
本物はまだ寺井さんがお持ちになっておられる」
寺井豪は、俺も聞いたことのある実業家の名前だが、それとどうつながるのか分からず、福原の横顔を見つめながら、続きの言葉を待つ。
「寺井に協力し、鋼鬼の発生にも手を貸したのか?
お前と鋼鬼のつながりが分からないが」
「それは私じゃない。
私は元々寺井の下で働いて来た者さ。
鋼鬼の技術を売ったそいつを出し抜いて、私がこの国の王になるのさ」
「しかし、よくまあ、そこまでぺらぺらと喋ってくれたもんだ」
「さっき力づくって、言ったの忘れましたか?
あなたたちはもうこの世からいなくなるんですよ。
それとも、鋼鬼になりますか?」
田井がそう言って、右手を軽く上げると、兵たちが銃を構えた。
「下がって」
そう言って、福原が俺たちの前に立ったが、銃弾の前には気休めにもならない。銃撃が始まれば、その体も貫通して、俺たちを銃弾が襲ってくるに違いない。としたら、先制攻撃でもかけて、一矢報いるか? そんな思いで、レーザーソードを握る手にちからを込めた時だった。
ガシャン。
ガラスが砕け散る音に視線を向けようとした時、異音が休む間もなく続いた。
ガシャン。再びガラスが砕け散る音。
ドスッ。ドスッ。何かが固いものにぶつかる音が続いた。
そして、最初にガラスが砕け散る音に視線を向けた俺の目に届けられたのは、窓ガラスを突き破り、建物の外に吹き飛ばされた? 男の姿だった。それは金田一なにがしとかが活躍する昭和の探偵映画の中で見た、池か何かの中に逆さに突き刺さり、両足を天に向けた様にそっくりだった。ただ、今、俺が目にしたのはそんな姿を男がさらしたのは、ほんの一瞬で、すぐに重力にひかれ、三階の高さから消え去って行った。そして、その横にも地上に向かって落下する男の姿があった。
何かがぶつかる音だが、何が起きているのか分からないまま、俺が鈍い音がした方向に目を向けた時、男たちが壁にぶつかり、後頭部辺りから壁に鮮血で後光のような文様を描きながら、白目をむいてずりずりとしゃがむようにして、床に倒れ込んで行っていた。
慌てて辺りを見渡すと、銃器を構えていた男たちで立っている者はだれ一人いなくなっていた。
誰が?
何をした?
ちょっと何が起きたのか分からず、呆然気味の俺の耳に、怯えまくった田井の声が届いた。
「お、お、お前たちは何者なんだ?」
視線を向けた先にいた田井は震えまくっていて、沢井に後ろ手に右腕をねじあげられていた。
「私は第43普通科連隊の福原、軍人ですよ。
そして、今、君を取り押さえているのはかつて、この国にいた超人ですよ」
「超人はいなくなったのではなかったのか」
田井が顔を引き攣らせている。俺としても初耳の話だが、この事態を前にすれば、沢井が超人だと言うのは真実っぽい。だからこそ、沢井は先頭車両に乗っているのだろうし、彼らが言った超人を復活させる鍵とは沢井自身のことなんだろう。
天使と思っていた女の子は、マジ天使並みの力を持っていた訳だ。
「超人を作る研究施設のバックアップをつくるプロジェクトが進められていてね。その設備が第43普通科連隊の施設の中に作られ、稼働立ち上げ確認のため、彼女に遺伝子改変のウイルスを注入した頃に、超人たちを元の人間に戻すと言う決定が下されたんだが、彼女はまだ超人として登録されていなくて、元の人間に戻す作業から漏れたんだよ。
当然、彼女をこちらから申請して、元に戻すと言う選択肢もあった訳だが、嫌な予感がしてね。彼女も私の考えに同意してくれたので、超人であることを隠し続けてきたと言う訳さ」
「嫌な予感って?」
その予感とはきっと、今のこの国の現状だとは思いつつ、福原にたずねてみた。
「他国がとんでもない新兵器を開発したとしよう。
それがあると邪魔な場合、どうするかね?」
「そりゃあ、スパイを駆使し、その技術を盗み出してでも、自分たちも同じものを開発する。ソ連がアメリカからパクったように、どこかの国がこの国からパクって開発した核兵器のように。
それがだめなら、相手の武器を廃棄させる。だろ?」
「修君の言うとおりだ。
かつて、とんでもない大統領に統治された事があると言うのにも関わらず、我が国は平和好き、理想好き、人権好きな国民が多いから、そこにつけ込めば、超人と言うとんでもないものを自らの手で廃棄させる事ができる」
「じゃあ、あれは他国に乗せられた結果だと?」
「すべてがそうだとは言わないが、そう言う工作が混じっていた可能性は否定できないだろうね。
特に、鋼鬼と言う生き物に覆いつくされた今のこの国の現状と、さっきそいつが言った鋼鬼発生に他の誰かが手を貸したと言う話を考えれば、可能性はぐんと高いと言えそうだ」
福原の言葉に、俺の心の中で小さく抑えていたはずの怒りの炎が、大きく燃え盛り始めた。怒りの衝動を抑えきれず、一旦切っていたレーザーソードを起動し、その切っ先を沢井に取り押さえられている田井に向けながら、一歩を踏み出した。
「なんのつもり?」
沢井が聞いて来たが、今俺が聞きたい答えを持っているのは、沢井じゃない。
「俺は鋼鬼を許さない。
今まで、鋼鬼が俺の敵だった。
が、その背後に敵がいると言う事を知った以上、そいつこそ、俺の敵だ。
鋼鬼を作り出すのに手を貸したのは誰だ?」
「フ、フ、フーバーだ」
「なんだ、そりゃあ!」
意味不明な田井の言葉に、怒気を含んだ言葉と、レーザーソードの切っ先を鼻っ先に突きつけて、威嚇する。
「落ち着なさい。
きっと、コードネームだろう」
「コードネーム?」
「こういうやつらはお互いの本名を知ってたりなんかしないものだ」
軍人の福原が言うのだから、そう言うものなんだろう。
「何か君には事情がありそうだが、こいつの事は我々に任してもらいたい」
「仕方ありません。
ですが、鋼鬼を作り出すのに協力した者は、私の手で殺させてください。
このレーザーソードで、脳天を貫いてやる!」
そう言いながらも、やり切れぬ思いから、レーザーソードで近くにあった壁を貫いた。
田井のコロニーは福原たちの手に落ち、蓄えられていた膨大な食料だけでなく、その費やした労力に報われることのない生活を強いられていたこのコロニーの人たちも解放された。
そして、飢餓の危機に怯えていた安川のコロニーも、救う気はなかったらしい。欲しかったのは製パン工場と、拡張させた小麦畑だけ。小麦畑が拡張された段階で食料の供給を止め、あのコロニーに暮らす人の数を減らすつもりだったらしいのだから、安川としては救われた事になった。




