密談の行方
「こんにちは。柏木さん」
TV会議システムのモニター画面には一つの大きな画面と、その周辺にいくつかの小さな画面が配置されていて、大きな画面には見た目40代半ばあたりの女性が映し出されていた。
その声は、聡史には聞き覚えのあるドクターKと呼ばれていた女性のものだった。
やはり今から話をする組織は、原田の組織と同じものであって、きっと、あの時、SとかTとかで呼ばれていた人物も、この小さな画面のどこかにいるに違いないと、聡志は考えていた。
「あなたが、岡田先輩の知人の方ですか?」
柏木がそうたずねると、大きな画面にはこの工場のカメラが映し出している光景が映し出された。どうやら、発言者のカメラがその大きな画面に配置されるシステムらしい。
柏木、その横に並んで聡史。十分こちらの顔も認識できる画質で、相手にも映し出されているはずだ。
「そう。私は桐谷と言います。
彼から、中島君と共に、あなたたちをかくまって欲しいと言われているの」
ドクターKと呼ばれていた女性の名字が桐谷だと言う事を聡史は知った。
「他の方々はどのような方なのでしょうか?」
「私、一人ではあなたたちをかくまう事はできそうにないから、協力をお願いできそうな人に声をかけました」
元々あった組織を無かったものにして、新たに彼女たちを匿うために集った者達。そんな嘘っぽい設定に、聡史の顔が少し歪んだ。
「私は今回の件に関し、費用面で協力させてもらう事になった。
名前はちょっと遠慮させてほしい」
前回のTV会議でイニシャルで呼ばれることは無かったが、聡志としては聞き覚えのある声だった。名字さえ名乗らず、カメラのフォーカスをぼかして顔が分からなくしているところを見ると、有名人らしい。
政治家?
いや、費用面と言っているところからして、財界の人か?
聡史は一人小さく頷いた。
「私は政府の動向に関して協力させてもらいます」
前回Tと呼ばれた男の声だと聡志は感じていたが、この人物も顔をぼかしていた。
「私は君たちの保護を頼まれた軍人だ。
杉本と言う」
聡史の目が見開いた。その声は、前回Sと名乗った人物の声であり、その素性は軍人だった。聡史はこの組織のバックの大きさを感じた。
この組織に柏木たちの力が加われば、姉の救出は容易な事のような気さえしてきて、小さく、両手の拳を握りしめ、「よっしゃあ」と心の中で、力を込めた。
「あなたたちの今後の事なんだけど、」
「待ってください」
聡史が桐谷が話しはじめたところに、割って入った。
「すみません。
突然の事で、申し訳ありませんが、今後の事を話す前に、俺の話も聞いてくれませんか?」
相手はあの時の者たち。初対面ではなく知ってはいても、今、初めて、話をするかのように装って、聡史が言った。
「何かしら?」
「柏木とはすでに話がついているんだけど、俺の姉貴を救出してほしいんだ」
聡史は、そう言ってから、一気にまくしたてた。
「俺の姉貴は政府側の超人たちの研究施設に働いていて」
以前、カメラの向こうにいる者達に語った話。
ここで初めて会ったはずだと言うのに、その話がぽろりと出てくれば、柏木に疑われる可能性がある。
自分の目的達成のためには、この組織と柏木たちの連携は確実にしなければならない。
疑われるような芽は潰す。
聡史はそんな思いで、他の者達が発言する機会をつかめないほどの勢いで、喋りつづけた。
そんな聡史を柏木が驚きの視線を向けていた。
「よくこんなに一気に喋るわね」そう思っている風だった。
「なるほどね」
聡史の話が終わると、桐谷も初めて聞いたかのような返事をした。モニターに映し出されている桐谷の表情は、初めて聞いた難事に真剣に悩んでいるかのようでさえある。
「これまた、厄介なお願い事だわ。
彼女たちをかくまうだけでも、大変なのに、政府側の研究所を襲撃するなんて」
桐谷がその表情にぴったりな戸惑うような口調で言葉を続けた。
「早く、俺の姉貴を助けて欲しいんです。
協力してください。
お願いします」
カメラの前で、聡史が頭を下げた。
「柏木さん。彼はすでにあなたとは話がついているって言っていたけど、本当なの?」
「はい」
柏木の言葉で、彼女たちを匿うと言う密談だったはずのこのTV会議が、聡志の姉を奪還すると言う聡史の希望通りの密談にすり替えられた。柏木は、その事に気づいていないのか、気にしていないのかは分からないが、話を続けていた。
「中島君のお姉さんは、私も知っている人なんです。
研究所から出られないと言うのも、確認済みです」
「そう。
協力するったって、できる事とできない事があるんだけど、まずは少し、その研究所の事を教えてくれるかな?」
柏木たちの協力を得て、俺の姉貴を救い出し、柏木たちを普通の女の子に戻すのはすでに既定路線だと言うのに、その言葉、口調、表情、桐谷と言うのは全てにおいて役者だ。
それくらいでなければ、大人として社会ではやっていけないのだろうか?
聡史はそんな事を考えながら、モニター画面を見つめた。
その後、柏木は研究所の在り処、施設への出入り口を含めたセキュリティシステム、そしてもう一つ重要な事を語った。
超人の少女たちは、常時作り出されている訳ではないらしい。
何期生。そんな感じで、集団で作られて行き、集団で訓練される。
今、聡史たちの高校に新しい少女たちが入ってきたと言う事は、研究所に超人の少女はいない。
モニターの向こうで、軍人の杉本が動揺した声が漏れてきた。
絶好のチャンス。そう感じ取ったらしい。
杉本が具体論に入り始めた。
建物の構造、警備システム。
細かすぎて興味を無くした聡史が、モニター画面の一つの中に変化を見つけた。
桐谷が誰かと電話をしていた。マイクはオフなんだろう。桐谷が何を話しているのかは全く分からない。桐谷が電話を切ると、視線をカメラに向け、その右手が動いたかと思うと、桐谷の声が聞こえてきた。
「すみません」
マイクを入れたらしい。
興奮気味だった杉本が話を止めると、桐谷は意外な言葉を放った。
「力押しは止めましょう」
「どう言う事だ?
チャンスじゃないか」
興奮気味の杉本は桐谷の意見に納得がいかないらしい。
「柏木さんたちが国家の管理から離れたと言う話は世間には流れていません。
彼女たちの研究所の大半の人たちも、その事は知らないと考えられます。
何しろ、彼女たちが国家管理から外れたとなると大事件ですから、一部の人にしか知らされていないはずです」
「だから、何事もなかったかのように、普段通り入って行くと言う事か?」
「さすがは杉本さん。
そうです。ですが、さすがに保安関係者には彼女たちに関する情報が下りている可能性がありますので」
そう言って、桐谷は作戦を語り始めた。
「それでは、私が参加できないじゃないですか」
桐谷からの一通りの説明が終わると、柏木が声を上げた。
リーダーと言う事で有名過ぎ、顔がすぐに判別されてしまう。
万が一と言う事を考え、今回研究所を出た少女たちの中の一人なのか、柏木たちと一緒にいた少女たちの中の一人なのかさえ分からない少女たちが作戦の中心に据えられていた。
柏木のようにだれでも識別できる少女は留守番である。
「あなたは目立ちすぎるからね。
作戦成功を優先させましょ」
「では、こうしたらどうかな。
近くの場所で待機しておいてもらい、内部の作戦に不都合が起きた場合、すぐに参戦してもらう」
杉本の提案だった。
「それでは」
まだ不服で、立ち上がり何か言おうとしている柏木の服の腕の裾を、聡史が引っ張った。
何? と言う視線を聡史に向けた柏木に、聡史が諭すように言った。
「この作戦は戦いじゃない。
潜入がその結果を左右する作戦だ。
その成功には目だたないと言う事が重要だ。
俺は最初から柏木を投入せず、何かあった時に投入すると言う方針に賛成だ」
「分かったわよ」
柏木が折れて、席につき、全員の意思統一がなった。
作戦の詳細までは自分の事でもあり、首を突っ込んで積極的な発言をしていた聡史も、議題が今後の彼女たちの隠れ場所に移ると黙り込んで、居眠りまで始めた。
全てが終了した頃、廃工場の外の空には月の光が降り注いでいた。




