廃工場の中
次の日。
後部座席の両側と後部のウインドウにカーテンが引かれた薄暗いワンボックスカーの車内で揺られているのは、すでにその日の授業を終えた岡田兄妹と聡史である。
真ん中の座席には岡田兄妹、後部座席に聡史が一人で座っていた。校門近くで、三人を拾ったワンボックスカーが向かっているのは、柏木たちが潜む廃工場。その詳しい場所を聡史に把握させないため、カーテンで視界を制限していた。
運転している中年の男はもちろん、誰も口を開かず、沈黙の空間を運び続けている。
岡田兄は何も語りかけて来ないが、この車に乗せられたと言う事自体で、自分を信用してくれている。そう聡史は感じ、沈黙を破らず、じっと車の揺れに身を任せていた。
揺れるだけの沈黙の空間は、30分ほどして停車した。
そこは青空の下ではなく、工場の建屋の中。
聡史たちを乗せた車が中に入ると、大きな扉は閉じられ、外の空間とは完全に遮断された。
聡史は、フロントウインドウの向こうに見える制服姿の多くの少女たちの中に柏木がいる事を確認した。
岡田兄がドアをスライドさせて、車を降りた。
工場の建物の中に並んでいる何かを工作するための装置は、全てが薄汚れていて、人の手が入らなくなって、かなりの年月が経っているらしかった。だと言うのに、まだ働きたいと言うのか、油臭いこの空間の空気が車内に入り込んできた。
こんな空間に、少女たちは似合わない。
聡史はそう感じながら、セカンドシートを倒して、車外に出た。
先に降りていた岡田兄の前に柏木が歩み寄って来て、言った。
「岡田先輩」
柏木はそう言った後で、聡史もいる事に気付いて、ちょっと驚いた目で聡史に目を向けた。
「彼の事は知っているんだろ?」
岡田兄の言葉に、柏木が頷いた。
「彼にせがまれてね。
まあ、彼は君たちの敵ではなさそうだから、連れて来たんだ」
「で、学校はどんな様子でしたか?」
「新しい君たちの仲間がやって来て、君たちの居所を探していたよ」
「やっぱり、心配してくれているんじゃないですか?」
「それはどうかな。
中島君はどう思う?」
「少なくとも、鳥居はそんな感じじゃないように見えたけど」
「七海ちゃんは私たちの敵役だったから、そんなイメージが残ってるんじゃないかな。
きっと、心配してくれているんだと思うんだ」
柏木の目は真剣だ。
だから、早く連絡を取らせてくれ。そう岡田兄に訴えている感じに、聡史には映った。
「人を信じるのは必要な事だ」
岡田兄の言葉に、柏木の目が輝いた。が、彼の言葉はそれで終わりではなかった。
「が、人を疑う事も必要な事だ」
「えっ?」
柏木からしてみれば、その言葉は持ち上げてから、落とされたようなものだった。
最初から否定されるより衝撃は大きいはずだ。
「特にリーダーともなれば、その責任は大きい。
信じるだけではなく、その信が裏切られた時の対応も考えておかなければならない。
対応ができないなら、やみくもに信じるのは止めた方がいい」
「でも」
岡田兄がそれ以上言うなと言う意味の仕草なのか、柏木の口の近くに立てた右手の人差し指を差し出した。
びっくりした表情で、柏木は続きの言葉を飲み込んだ。
悲しげな表情。
少し可哀そうな気もしないでもないが、鳥居を信じて危険な目に遭う訳にはいかない。
聡史は岡田兄に同調する事を決めた。
「岡田先輩の言っている事が正しい。
今は危険を冒せられない」
「分かったわよ」
その言葉は岡田兄にではなく、聡史に向かって投げかけられた。しかも、なぜだか口調には少しとげがあった。
「とりあえず、こっちは何も無かったようで、何より。
で、俺の知り合いの人との話もついたよ。
これからの事は、その人の所で、身を隠しておいてくれないか。
詳しい事はあのPCで打ち合わせて決めてくれ」
岡田兄が部屋の片隅に置かれていたPCを指さした。
「分かりました。
ありがとうございました」
柏木が岡田兄にお辞儀をすると、他の少女たちもそれに続いた。
「で、君の目的は?」
岡田兄が横に立っている聡史にたずねた。
「あー。ちょっと、柏木たちと色々話したい事があるんだ」
「それって、今すぐ俺と理保は帰れって事か?」
「ま。悪いんですけど」
聡史の言葉に、柏木が少し寂しげな表情を浮かべた。
「貴明くん。柏木さんが困っている事があるみたいなんだけど。
もう少し一緒にいてあげたら?」
岡田妹が兄の服の裾を引っ張りながら言った。
岡田妹の予想外の言葉と、その言葉で岡田兄に見つめられて、柏木は頬を染めながら舌をもつらせた。
「え、え、ええ。な、な、なにうぉ、言ってるのかな?
うぁたしは困ってなんかいないけど」
恋する乙女、柏木の反応は予想できるとして、岡田妹の行動はやはり、かつての理保でなくなっていると考るべきだ。
聡史がそんな思いで岡田妹を見つめた。
「何?」
そんな岡田妹から、聡史に向けられた言葉と、意志をまとった表情。
「えっ! あ、な、何でもない」
あの日を境に人と言うものを取り戻した。そう感じていた聡史でさえ、過去との落差にたじろぎ、かんでしまった。
「岡田先輩。大丈夫です。
理保ちゃん、何か思い過ごしみたいです」
まだ赤みの残る頬で柏木が言った。
その表情にうれしさが浮かんでいる事に聡史は気づいた。
二人が本当の兄妹でないらしい。そう知った時から、この二人の関係を疑っていたのかも知れない。それがさっきの理保の言葉で、疑いを拭い去った。
そう言う事だろう。と、聡史は思いながら、ではこの二人はどう言う関係なのかと、一人眉間にしわをよせ、小首を傾げた。
結局、岡田兄妹は聡史を残して帰って行った。
ほんの少しの伝言のためにやって来た。そんな感じだ。
それでも、柏木には心のエネルギーになったようで、廃工場の片隅に設置されたPCを使ったTV会議システムの前に座った時の柏木は生き生きとしていた。




