新たな少女たち
次の日、聡史の学校には新たな少女たちが、転校生としてやって来た。彼女たちの自己紹介が多くの教室でなされていて、聡史の教室にも、4人の少女が転校してきていた。
一方、柏木達は昨日、お昼を待たずに、慌ただしくどこかに出て行った。
今までにも、突然学校から出て行き、数日登校してこない事もしばしばあったが、今回は雰囲気が違っていた。柏木たちはもういないかのような扱いで、新しく別の少女たちが登場した事に、各教室の中はざわめき気味だ。
「なぁ、鳥居。柏木たちは?」
そんな中、登校してきていた柏木たちの仲間だった鳥居に、隣の席の男子生徒がたずねた。
「もう、ここには来ないのは確かなんだけど、私もみんなに聞きたい事があるのよねぇ」
鳥居はそう言って、立ち上がると、教室をゆっくりと見渡した。
自己紹介の途中だった少女も黙り込み、副担任も何をしようとしているのかと言う怪訝な表情で、黙って鳥居を見つめた。
「あのさ。昨日、柏木さんたちが、お昼頃に出て行ったって聞いてるんだけど、どこに行ったか知ってる人いない?」
クラスメートたちがお互い近くの者同士で、不安げに顔を見合わせている。
「柏木さんたちに何かあったんですか?」
柏木たちと仲が良かった野田が不安げ全開の表情で、立ち上がって鳥居にたずねた。
「野田さんも知らないんだ。
私も心配してるのよねぇ」
少し眉間にしわを寄せたような顔つきで鳥居が言った。聡史はその表情に不自然さを感じた。
「ねぇ。みんなも、柏木さんたちから、連絡があったら、教えてね」
「携帯は通じないのかよ」
男子生徒の声がした。
「通じていれば、心配なんかしてないよ。
知ってるでしょ? 昨日、大統領が暗殺された事。
今、大変な事になってるんだから。なのに、あの子たちと連絡が取れないなんて、何かあったのかも知れないじゃない」
「それは考え過ぎじゃね?
どうやって、あんな多くの超人たちを何とかするんだよ」
「だったらさ、逆に反逆側とか」
「勝手な事、言わないでよね」
鳥居の言葉に、その言葉を言った男子生徒が肩をすくめて、黙り込んだ。
「とにかく、連絡があったら、私に教えてちょうだい」
鳥居の言葉にクラスメートたちが頷いた。
一時限目が終了した。
見知らぬ超人少女たち。
と言っても、元々柏木たちがいた事もあって、クラスメートたちに超人と言う存在に対する表向きの抵抗感は無い。
「ねぇ、ねぇ。今まではどこにいたの?」
「私、三ツ井芽衣」
教室のあちこちで、転校生たちを相手に会話が始まっていた。
「原田。ちょっと、つきあってくれ」
そう言って、聡史は立ち上がると、一人すたすたと教室を後にした。
「なんだ、なんだ?」
柳が慌てて席を立って、二人の後を追い始めた。
最近仲良くなっていた棚橋はこの高校に潜入していたテロリストの一味として、すでに捕えられ、鳥居はなぜだか超人少女たちを率いていて、柳の仲良しと言えば今はこの二人だけだった。
「ごめん。今はちょっと」
教室のドアを出ようとしていた柳の胸のあたりを両手で押えて、原田が柳を教室の中に押し戻した。
「おお。原田におっぱいさわられちゃったよ」
「ばか」
おどける柳に、そう言い放つと、原田は廊下を駆けて行った。
二人が向かったのは、屋上に通じる扉の前だった。この扉は施錠されており、行き止まりのため、ここまでやって来る生徒はいない。
「何?」
「何か知っているんだろ?」
「詳しい事は知らない。
知っているのは、大統領が殺された事で岡田先輩に話をつないだ事くらいよ」
「じゃあ、岡田先輩だけが知っていると言う事か」
そう言ったかと思うと、聡史は階段を飛び降りて、姿を消した。
聡史が次に姿を現したのは、岡田兄の教室だった。
ここも聡史の教室と変わらず、転校してきたばかりと思われる女生徒たちを取り囲んで、楽しげな会話が繰り広げられている。
「岡田先輩、ちょっとお話が」
机に座っている岡田兄の前まで行って、聡史が言った。
「何?」
「ちょっと、つきあってもらえませんか?」
「いやだ」
岡田兄はきっぱり言った。予想外の即拒否に聡史が、一歩よろけるように後退した。
「あの。大事な話なんですけど」
岡田兄が聡史をじろりと見た。
しばしの沈黙。岡田兄が送り出す拒否オーラを聡史が押し返している。
「明日、帰りに着いてきな」
岡田兄が折れた。
「では、その時に」
一礼して、身をひるがえした聡史が自分の教室に戻ったのは、二時限目が始まろうとする直前だった。教室のドアをくぐり抜けた聡史は、静まり返り、凍りついたような教室の雰囲気に気圧され、ドアの所で立ち止まってしまった。
「どう言うつもりなの?」
きつい口調で言っているのは鳥居だ。
その前に立っている少女は今日入ってきた転校生で、伊藤深雪。
細身の体型に合う細面の顔の輪郭。だが、そこに付いているパーツは唇が細めなのを除けば、主張力のある大きさである。
瞳を大きく見開き、正面から見つめられたら、どぎまぎしてその目を合わし続けてなんていられない。
そしてもう一つ。
細身の体に大きなアクセントとなっているのが、ふくよかな胸である。
この子が自己紹介した時に、その印象を強く残していたため、聡史は名前もばっちり憶えていた。
伊藤が俯き加減な所から言っても、鳥居に叱責されている事が明白だ。
聡史よりも先に戻っていた原田が、自分の席で頬杖をつきながら、白い目でそんな二人を見ていた。
「すみません」
「あなた、それでよく、研修中のリーダーだったわね」
超人たちの組織について、詳しくはないが、こうやって世間に出て来る前に研修期間と言うものがあるらしい。
まるで、会社組織か何かのようだ。
そして、あの子はその期間リーダーだったらしい。
聡史がそんな事を思いながら、足を動かしはじめた。
今日転校してきた少女たちも、黙り込んでじっとしている叱責されているところから言って、伊藤と同じ立場にいるらしい。そんな風に観察しながら、聡志が席についた。
「何があったの?」
小声など超人たちには無意味な事は分かっているが、聡史が小声で原田に聞いた。
「うんとねぇ。
柏木さんたちの居所について、他の生徒たちから聞き出すように言われてたらしいんだけど、あの子たちとしては柏木さんたちを疑うような事はできなかったって事みたい」
「ふーん。鳥居の方が柏木との付き合いが長いはずだけど、鳥居は疑えるって事か」
「それだけ、リーダーって立場が心地いいんでしょ」
原田の声は聡史にだけに向けられた程度の大きさだったが、聞く気になれば離れた場所の声さえ聞き取れる能力を有する超人である。
鳥居が原田を睨み付けた。
「何も分かっていないただの人間は口出ししないでよ」
口調もきつい。
聡史は鳥居に視線を向けた後、肩をすくめてみせた。
「柏木さんたちを信じようって、気は無いの?
この前まで、仲間だったんでしょ」
原田は負けてはいない。と言うか、元々、超人嫌いな原田は任務と思い、じっとそれを封印していた。
そのたががほとんど外れかけている。
「何も柏木さんたちを完全に疑っているって訳じゃないんだからね。
でも、こっちにはね。あの子たちが国家を裏切ったって確証もあるんだから」
鳥居と原田が立ち上がった状態でにらみ合っている。漫画か何かなら、二人の中央あたりで火花がばちばちと散っているところだ。
「柏木さんたちの事は知らないけど、国家のために、国民があるんじゃない。
国民のために、国家はあるの。
それを誤解している国家なら、国民に裏切られても仕方ないのよ」
聞き慣れぬ声が教室の中に響いた。
声がした方向にみんなの視線が向かった。
そこにいたのは何か蔑むかのような視線を鳥居に向けている岡田妹だった。
柏木たちが岡田妹が超人だと言う事を暴いた日。
あの日を境に、岡田妹が変わった事に聡史は気づいていた。
クラスの中では今まで通り、ずっと一人で過ごしていて、ほとんど口もきかない。
そんな変わりない態度とは別に、眼鏡の奥の瞳には人としての意思が甦っていた。
そんな岡田妹の変化に気付いていない鳥居やクラスメートたちには、驚きの事だった。
すぐに反論する事も忘れて、鳥居が呆然としている。
「その通りよ。
国家のために国民があるんじゃない。
国民を守れない国家なんて、意味ない」
原田が沈黙を破った。
「そのとおりよ。そのまま返してあげる。
国民を守る力を否定しようとするから、前の大統領は暗殺されたのよ」
鳥居はそう言いきって、原田を睨み返した。
「落ち着いて」
聡史が原田の腕を引っ張って、座らせた。
むすっとした表情を聡史に向けながらも、原田は席に座り、鳥居との論争からは降りた。




