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Pandora(改稿版)  作者: あすか@お休み中
第2章:反逆の少女たち
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偽りの兄妹

 一週間ほど前にも入った事のある生徒指導室のドアを開けて、聡志が中に入った。

 部屋の中央にはテーブルにはすでに柏木が座っていて、テーブルに右手の肘をつけたまま、にこやかな笑顔で軽く手を振った。


 和やかな雰囲気。

 この前、この部屋に入った瞬間とは大きく違う。

 不思議なものだ。

 人と人の関係が、こんなに変わるなんて。

 そう思いながら、聡史が柏木の向かいに腰掛けた。


「お姉さんに会って来たわよ」


 柏木の方から、語りかけてきた。

 その言葉の続きを聞きたいと言う衝動に駆られながらも、聡志はこの前の事件の犠牲者の少女の話題を先にする事にした。


「田辺さんだったっけ?

 大丈夫だった?」


 自分の姉の事より、田辺の事を気にしてくれる。その事が柏木の心の中の中島に対する好感度を押し上げた。


「ありがとう。

 まだ登校はしてきていないけど、何とか持ち直してくれたわ」

「それはよかった」


 聡史が自分の事のように、嬉しそうに言った。


「で、お姉さんの事なんだけど、中島君の言ったとおりだったわ。

 お姉さんは“希望”の開発を続けさせられていて、外との連絡は全て禁止されていたわ。

 で、優君の事、話したら、驚いていたけど、喜んでいたわ。

 そして、私たちを元に戻すって話もしたわ」


 柏木はうれしそうだった。

 元の人間に戻れる。その事がうれしいのかも知れない。

 そう思った時、新たな疑問が聡史の中に芽生えた。


「柏木って、自分から望んで超人になったんじゃないのか?」


 疑問に思ったとしても、以前だったなら、直接口に出せなかったに違いない。

 でも、今なら、聞ける。そんな関係だと言う気がしていた。


「違うわよ」


 そう言った柏木の顔は、どこか悲しげだった。

 悪い事を聞いたのかも知れない。

 そう感じた聡史が、慌てた口調で言った。


「いや。ごめん。ごめん。

 勝手な想像で、物を言っちゃって。

 それよりも俺の姉貴の事だけど」


 聡史は話題を変えたくて、自分の姉に話を戻そうとした。


「私はね。いいえ。私たちはね」


 柏木は聡史の姉の話に移らず、自分たちの事を話しはじめた。

 聡史を信用している。そう言う事だろう。


「みんな孤児なのよ。

 拾われて、生かしてくれる。その引き換えに政府のために働くことになったのよ」

「知らなかった。

 ごめん」


 聡史が俯き加減になって、視線をテーブルの上に落とした。

 姉貴を助けるには、敵対する事になるかも知れないと思っていた相手だったが、その相手は望んで力を手に入れたのではなく、生きるため、仕方なく手にした力と任務だった。

 聡史には、もはや敵対する覚悟なんて、持てやしない。

 後は、このまま原田と協力関係が築けたのと同じように、協力してくれる事を願うばかりだった。


「ううん。でもね」


 柏木の表情が、ぱぁっと明るくなった。


「私たち、元に戻る話を進めてみるんだ。

 近々、大統領の警護があるんだけど、その時に、大統領に機会を作って、話をしてみる」

「そうなのか?

 それはなによりじゃないか」

「うん。ありがとう。

 そうなれば、お姉さんだって、自由になれるはずだしね」

「こっちこそ、お礼を言わなければ。

 で、実は……」


 聡史は原田達とも、協力しようと言う言葉を途中で飲み込んだ。

 原田たちの勢力、すなわち梶原のいた勢力、それは白木たちの殺害にかかわっている。

 今の段階でこの勢力の話を持ち出した場合、柏木がどう出るか分からない。

 聡史はその事に気付き、代わりに続けるネタを頭の中で探していた。。


「何?」

「あ、ああ。岡田先輩とはもう話したの?」


 聡志が見つけたネタは岡田兄の話だった。


「話したわよ」


 そう言って、柏木は貴明との話をし始めた。





 生徒指導室の中央のテーブルを挟み、柏木と向かい合っているのは、岡田兄一人。

 ここのところ急接近していた関係だったのに、あの事件以来壁ができかけていて、今日はさらに壁を高めてしまうような事をしなければならない事を柏木は、少し恨めしげに思っていた。

 二人を包みこんでいるのは、穏やかな空気ではなく、重い空気。


「岡田先輩、本当の事を教えてもらわないと、困るの。

 理保ちゃんの本当の名前は、早川結希。そして、あなたは真。

 じゃないの?」

「俺たちの名前は岡田貴明と理保。それ以外の何ものでない」

「じゃあ、どこで、その力を得たんですか?」

「言えない。

 俺たちにはかまわないで欲しい」

「そんな事言われても、私にも任務があるんです。

 確かに、上には報告していませんが、もしも、もしもですよ。

 私たちの敵だったら」


 柏木が声を詰まらせた。

 ここで、「敵じゃない」と言ってくれれば、心の荷も下りると言うのに、岡田兄の沈黙している態度が柏木の心をざわめかせて仕方がない。


「ふぅー」


 柏木が深呼吸して、心を一度落ち着かせた。


「じゃあ、質問を変えます。

 小鳥遊家を襲ったテロリストを倒したのは、岡田先輩ですか?」


 何の事だ? 的な表情の岡田兄に、柏木が続けた。


「理保ちゃんのクラスの中島君の事よ。

 本名 小鳥遊優、今の中島君が超人に襲われて、大怪我をした。

 そこに現れて、二人の超人たちを倒した、うちの男子生徒。

 それは岡田先輩ですか?」

「知らない。

 そろそろいいかな」

「超人を倒せる男子生徒が何人も、この学校にごろごろと転がっている訳ないじゃないですか」


 柏木の言葉を無視して、岡田兄は立ち上がり、生徒指導室のドアを開けた。

 そのまま、立ち去ってしまう。

 そう柏木が思った時、岡田兄は立ち止まり、柏木に振り返った。


「俺は、ただ理保を守りたい。

 それだけだ。

 理保にかまわないでくれ」


 立ち止まったまま岡田兄は、じっと柏木を見つめた。

 自分に意思の強さを伝えるため?

 自分を威嚇するため?

 柏木は岡田兄の意図を読み取れなかったが、その想いの底にあるのは理保への想いにある事は間違いないと感じ取っていた柏木は寂しさに包まれた。


「ねぇ。理保ちゃんとは本当の兄妹じゃないんだよね?

 そんなに守りたい理保ちゃんって、先輩の何なんですか?」


 そうたずねたかった柏木だったが、その言葉は口から出ず、心の中だけで空しく響いた。

 知りたい。でも、「恋人」、そんな言葉が返ってきてしまうのが怖かった。

 何も言えないでいる柏木から、岡田兄は視線を逸らすと、部屋を後にして行った。





「じゃあ、何も認めなかったって事なんだ」

「そう」


 柏木は複雑な、そして寂しげな表情でうつむいた。


「でも、かまわなければいいんだろ?

 明らかな敵って訳でもないんだから」

「かまわなければね」


 柏木がめっきり寂しげな表情を浮かべ、両膝の当たりで拳を握りしめた。

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