原田が背負うもの
西和台高校の授業が再開されたのは、次の週の月曜だった。
朝の陽ざしの中、聡史が自分の席で、じっと何人かのクラスメートの登校を待っていた。
待っている相手の一人は当然、柏木。
姉に関して、何か情報を持ってきているはずであって、柏木の登校を待ち切れないでいた。
もう一人は原田。
自分が超人だと分かったとたん、険悪な雰囲気となった。
原田にも聞きたい事がまだあった。そのためにも、仲を戻す必要がある。
最後の一人は岡田妹。
これはほとんど興味本位。
立ち直って、登校してくるのか? それだけである。
三人の内、最初に登校してきたのは岡田妹だった。
ストレートのロングヘア。黒縁メガネに、ギブス。
いつもどおりの姿だったが、聡史は岡田妹の表情の変化に気付いていた。
今までのよく言えば儚げな、はっきり言えば生気がなく、どこを見ているのかも分からなかった表情が、きりりと引き締まっていて、言い方を変えれば、普通の女生徒になっていた。
あの時、何かが起きた。
覚醒みたいなもの?
聡史が岡田妹の変化に理由を見つけようとしていた時、原田が現れた。
鞄を持って、にこやかにクラスメートたちに挨拶をしながら、自分の席に向かってきた。
聡史はいつ目が合っても挨拶できるよう、近づいてくる原田を目で追う。
隣の席から向けている聡志の視線は、無視する気が無ければ、当然いつか目が合って、挨拶を交わしあうはずだと言うのに、原田の視線は聡史には向かわなかった。
無視かよ。
その思いは、口には出さず、心の中だけに閉じ込めた。
「おはよう」
原田が目の前まで近づいて来た時に、聡史から声をかけた。
聡史の声は聞こえているはずだと言うのに、原田は顔を向けもせず、無視してそのまま自分の席についた。
「話があるんだが」
周りに聞かれたくない。そんな気持ちから、小さめの声で言ったが、隣の机と言う至近距離なのだから、聞こえない訳もないのに、今度も原田は聡史の言葉に何の反応も示さなかった。
「梶原と関係あるんだろ?
柏木たちにちくっちゃってもいいのか?」
無視する原田に対し、聡志としては気はすすまなかったが、脅しの言葉を向けてみた。
さすがに無視する訳には行かないと判断したのか、原田が睨み付けるような視線を聡史に向けた。
「何?
挨拶、返せばいいの?
おはよう」
仲がこじれているところに、脅しっぽい言葉を口にしただけに、原田の口調には怒気が含まれていた。
「一時限目が終わったら、美術室に来てくれ」
それだけ言うと、聡史は原田に向けていた体を真正面に向けなおした。
そして、一番心待ちにしていた柏木はその朝、姿を現さなかった。
一時限目と二時限目の休憩はわずか10分。
聡史は授業が終わると、柳たちに付け入る隙も与えず、教室を出て校舎の一階の片隅にある美術室に向かった。原田がやって来たのは聡史に遅れる事1分ほどしてからだった。
「来たわよ」
原田の表情は険しい。超人と知って聡史を嫌った時よりも、嫌っている感じなのは、梶原との事で脅したからに違いない。
「話は二つ。
まず一つ目。梶原と関係あるよな?」
「そんな訳ないでしょ」
「誰かが裏切ったとか、梶原に嘘つきとか言った言葉を総合して判断すると、そうなるんだな。
それに、柏木が持っていた原田が倒れた超人の前に立っていた画像。
あの時、かばいはしたけど、梶原と同じ武器で超人を倒したんだろ?」
「もし、中島君の言うとおりだったとして、何が目的なの?」
「手短に言う。
俺はテロリスト側の超人たちに、襲われて重傷を負った。
その時、超人たちを倒してくれた人物を探している」
「超人たちを倒した?」
原田の目が大きく見開いた。
誰? どの事件の話?
記憶をまさぐっている表情で、原田が黙り込んでいる。
「その人物はこの学校の男子生徒」
「それはない」
原田はきっぱりと言い切ってしまった。
「なぜ?」
「中島君は政府側でもない。
テロリスト側でもない。
それに、もう私の事を疑っているようだから、言っちゃうけど。
ここに入っている組織の者に、男子生徒はいない」
「岡田先輩。
俺はそう信じている。
仲間なんじゃないのか?」
「あの人たちの事は最近まで知らなかった。仲間じゃない。
でも、手出しはするなと言われている。
それだけよ」
「じゃあ、そうだとして、君たちの組織は超人全てと敵対している訳だ」
「だったら、どうだって言うのよ。
超人なんて、この世に存在していてはいけないのよ」
「それは俺も同意する」
「自分が超人のくせに?」
「言っただろ。超人に襲われたって。
それで大怪我をした俺の体を元に戻すために、超人の技術が使われたんだ」
原田の表情に動揺が浮かんだのを聡史は感じたが、そのまま話を続けた。
「なりたくてなった訳じゃない。
超人ってだけで、一括りにすんな。
人間だって、同じだ。いい奴もいれば悪い奴もいる」
原田は何も答えない。
「一つ目の質問に関する答えは、Yesだと言うことでいいな」
聡史の言葉に何の反応も返さないまま、原田が別の話を始めた。
「ねぇ。どうやったら、超人の技術を使って、元の体に戻せるの?」
原田からの予想外の言葉に、聡史の目が点になった。
「初期型の政府側の超人たちが、テロリスト側の超人たちと激突した戦いに巻き込まれて、私は兄を失い、父親は大けがをして入院しているの。
元に戻らない。ずっと寝たきり」
原田の表情はさっきまでの不機嫌さから一転して、悲しげな表情を宿している。
「だから、超人が嫌いなのか」
「そうよ。政府側だろうが、テロリスト側だろうが超人は大っ嫌い。
任務と思って、クラスメートの超人たちとはにこやかに接してはいるけど、超人ってだけで憎しみが湧いてくる」
「そんな事より、さっきの話、超人の技術を使えば、重傷を負ったとしても治せるって事なんでしょ?」
「超人の治癒、再生力を使えば、たぶん治るだろうな。
そして、柏木が言ってたよ。
テロリストたちがいなくなれば、超人なんて存在しない方がいい。
超人は元の人間に戻せるってね」
「じゃあ。私のお父さんを超人にして、怪我を治した後で、元に戻せるって事?」
「可能性は否定しない」
「お願い。協力して」
原田の表情がまた変わった。哀願。そんな表情で、聡史に頭を下げている。
「それには、まず俺の姉貴を救い出す必要がある。
それが、そもそもの俺の目的だ。
だが、姉貴を助けようとすると、超人たちと衝突する可能性がある。
超人たちに勝つ力。それを持つ人たちに協力してもらうために、あの日、超人たちを倒した者たちを探しているんだ。
それが岡田兄かどうか、君たちの仲間かどうかなんてのは二の次だ。
君たちの組織も、その力を持っているんだろ?
協力してくれるか? 組織として」
「組織として……」
「当たり前だろ。
こう言ってはなんだが、原田一人で何ができる?
超人の力を持っている俺でさえ、一人きりでは何もできないんだ」
原田が顔を強ばらせているのは、組織を動かせる位置にない。そう言う事だろう。
「柏木も、協力してくれるかも知れない。
そうなったら、原田たちの組織の上の人を紹介してくれないか。
直接、俺が話しをする」
「分かったわ」
そう言っても、自信がないのか、原田の表情に余裕はない。
「大丈夫だよ」
原田の代わりに、聡史がそう言って、ばんばんと原田の背中を叩いた。
「勝手に触らないでよ」
原田が真っ赤な顔で怒って言った。
なんでだぁ。
いつも自分は俺たちにするくせに。
そう思いつつも口に出せず、笑ってごまかそうとする聡史だった。




