連携
市街地の中規模のホテル。その中の低層階に設けられた小規模のカンファレンスルームは、窓側に設けられたブラインドが閉じられ、市街地の光景は遮断されていた。
部屋の中央には左右にそれぞれ10名、合わせて20名ほどが向き合って座れるテーブルが置かれていて、10名は並んで座れる一方には、原田と聡史だけしかおらず、もう片側には誰もおらず大型のPCモニターだけが一つ置かれていた。
そのモニターの液晶画面は向かいに座る聡史たちに向けられ、TV会議システムのアプリが立ち上げられていた。
起動されているTV会議システムは中央に発言者のカメラ映像を大きく映し出し、その周囲に小さくその他の参加者たちの映像を映し出すシステムのようだったが、聡史たちの映像以外は真っ黒で、他の参加者のシステムからはカメラデバイスが取り外されているらしかった。
「全員つながったようなので、始めます」
スピーカーから聞こえてきた声。聡史は女性である事は分かったが、それが何者で、どう言う立場の者かは教えられてもいなかった。
「その子が超人の男の子で、私たちに協力を求めてきていると言う事でいいわね?」
「はい。
そうです。
中島君の話を聞いてください。
お願いします」
原田がそう言って、カメラに向かって頭を下げた。
モニター上に置かれたカメラが、その姿を撮りこみ、モニター上に映し出している。
自分たちの姿は見せないまま、俺たちの姿だけは見る。
組織の対応としては当たり前とは言え、信用されていないと言う事で、聡史は少しむっとしていた。
「あなたの事は原田から、報告を受けているわ。
お姉さんを助けるために協力してほしいって、聞いているけど、超人とどう言う関係があって、私たちにどう協力してほしいの?」
さっきと同じ女性の声である。
口調、話の内容から、ただの司会進行役ではなく、この組織のそれなりの上位職。聡史はそう感じた。
「俺の姉貴は政府の超人技術を研究している施設で働いている」
「君はその場所を知っているのかね?」
聡史の話に割って入ったのは、ある程度の年齢の男の声だ。
しかも、人の話を遮ってまで、話してきたことから、この事にかなり興味があるらしい。
聡史はそう感じた。
「ええ」
ここはじらしだ。聡史はそう思い、詳しい話はせず、それだけ言って話を続けた。
「無断で超人技術を持ち出したために、施設から出してもらえなくなっている」
「そんな事で、済むのですか?
投獄や死罪だってありえると思うんですけど」
最初の女性の声だった。
「姉貴は超人の能力をパワーアップさせる技術を開発した。
この開発に取り組んでいたのは姉貴一人だった。
だから、姉貴以外に人はいない」
「なるほどね。
どうします?
Sさん」
「そうだな」
さっき、聡史の話に割って入った男の声だった。どうやら、イニシャルはSと言うらしい。女性の口調から言って、女性と同格かそれ以上の存在と聡史は感じた。
「場所は彼が教えてくれるだろう。
それは大きな収穫だが、そこに侵入するのは容易ではないだろうな。
テロリスト側は政府側の超人たちを引きつれて襲撃すれば勝てると分かっていたが、今回はその政府側超人たちが敵に回ると考えられる」
「だから、俺はあなたたちに協力を求めているんでしょう。
あなたたちは超人たちを倒す力を持っているんでしょう」
聡史がきつい口調で割って入った。
「それはね」
少しの沈黙の後、女性が語り始めた。
「超人たちの間合いに入らなければできないのよ。
あなたも梶原が何をしたのか見たんでしょ?
あれが私たちにできる全てなの」
「残念だが、正面から向き合って、超人たちには勝てない」
Sの声だ。
聡史としても、予想はしていた。
梶原の武器。あれが全てなら。
だとしたら、力押しはかなり不利になる。
いや、自分があの武器を持てば。
そんなケースの勝算を頭の中で、聡史がはじき出そうとし始めた時、原田が話し始めた。
「でも、報告していませんでしたけど、柏木さんたちも協力してくれるかも知れないんです」
原田は身を乗り出していた。この話をつぶす訳にはいかない。そんな気迫を聡史は原田の全身から感じ取った。
「何か興奮気味のようだけど、どうしたの?」
女性が原田の行動に違和感を覚えたらしかった。
「そ、そ、それはその」
話せなくなっている原田の代わりに聡史が話しはじめた。
「テロリストたちを壊滅させたら、超人は不要だと柏木たちも、そして、大統領も考えているらしいんです」
「その話は本当かね?
だとしたら、Tさんがうまく思考を誘導してくれたと言う事だね」
Sの声だった。
「まあ、人の遺伝子を操作するなんて、この国の理想には似合わないですからね。
大統領も徐々に理解してくれたと言う事です」
Sよりも低音域が少ない新たな男の声で、聡志は話の流れから言って、この人が大統領に超人放棄を勧めたTと言う人かも知れないと思っていた。
「しかも、柏木は俺の姉貴に会って、元の人間に戻す方法があると言う話を聞いてきている」
「おぉー」
モニターにつながるネットの向こうで、どよめきが起きた。
「もし、それが本当なら、無益な血を見ずに、この技術を封印できますね。
私も野望にまみれたおっさんを殺すのには躊躇しない覚悟はあるけど、女の子はちょっと嫌だったのよね」
女性の声はどこかうれしさが感じられた。
その気持ちは聡史も理解できた。白木たちの死を前に感じた罪悪感。あれに似たようなものだろう。ましてや、少女たちは正義と言う名の下に活動しているのだ。
正義。
定義はあやふやで立場が変われば、正義も変わるが、柏木たちの正義と言うものはこの国の大半の民が支持するはずなのだから、なおさらだ。
「場合によっては私の方から大統領を通して、政府に話を持って行ってもいいですよ」
聡志がTではないかと思った男の声だった。話の内容から言って、やはり大統領や政府の上層部とパイプがあるそれなりの人物らしく、この組織の背景にはこの国の中枢とつながるものがあると、聡史は感じていた。
「協力しようじゃないか。
どうかね? ドクターK」
「はい。
この話が全て正しいと判明すれば、ですが」
女性のイニシャルはKと言い、研究者か何からしい。
「で、ですが」
聡史が興奮気味のネットの向こうの人たちに、割って入った。
「原田のお父さんは大けがをして、寝たきりで入院中だとか。
超人の技術を使って、元の体に戻してから、再び普通の人間に戻す事に協力してほしい。
もちろん、その処置は姉貴にやってもらいます」
これは原田との約束として、言っただけではない。
純粋に原田を救ってやりたい。その想いの方が大きかった。
あの画像が撮られた時、原田は襲ってきたであろう超人を自分の手で倒している。正確には殺している。それだけではない。確かめたくなくて、聞いてはいないが、白木たちを殺したのは梶原だけではなく、原田も手を貸しているに違いない。
だから、あの時、原田は体育館にいなかった訳だし、トイレから出てきた時、動揺していたんだ。もしかしたら、直接手を出している事だってありえる。
そんな事を繰り返していれば、原田の精神は闇に沈んでいくに違いない。
あの梶原が狂気に身を落としたように。
それを救うには、原田の胸に巣くう憎しみを薄める事だ。
お父さんが元気になれば、原田の憎しみは薄らぐはず。
聡史は、そう考えていた。
「なるほどね。
それで、その子を籠絡したって事ね。
ま、いいでしょう。
元々、この技術は医療のために開発されたものだからね」
「ところでだ。
このために、まず必要なのはテロリスト側の超人の処分だが、すでに全員の所在が割れている」
Sはそう言って、さらに続けた。
「奴らのリーダーは、君たちの高校に先生や生徒として、潜入している」
「えっ」
聡史の目が大きく見開いた。
「服部と言う体育の先生だ。
彼の本名は山本と言って、前大統領時代に超人と言うものをこの世に復活させた男だ」
「治安維持特殊部隊には、私の方から残存メンバーのリストを提出しておこう。
これで、テロリストの問題は解決するはずだ。
その後の大統領の動きは、こちらで掴むようにして、みなさんに適時報告させていただこう」
「分かりました」
「分かりました」
いくつかの声が聞こえた。
「中島君。
私たちはすでにテロリスト側の情報を持っていた。
私たちがあなたに協力して、それを政府側の少女たちに提供する。
それだけで、後はうまくいくんじゃない?」
「そうですね。
その可能性は十分あります。
ですが、もしもの事もありますので、最後まで協力いただきたいですね」
「分かりました。
最後まで、連携をとって行きましょう。
で、他に何か?」
「いえ」
交渉成立。それで十分。
そう思っている聡史が言った。
他の参加者からも、何も出なかった。
「じゃあ、以上で。
お疲れ様」
モニターの向こうの接続が次々に切れて行き、沈黙するTV会議システムの画面に、聡史と原田の姿だけが意味もなく映し出され続けていた。
「結局、名前も顔も見せてくれなかったな」
聡史が原田に、不満げな顔つきで言った。
「ごめんなさい。
でも、正体が割れるとまずいから」
「ま、その事は理解しているつもりだよ」
聡史がそう言って、立ち上がった。
「これでうまくいくかな?」
原田の声音も表情も、自信無げだ。
それだけ相手が巨大と言う事とも言える。
「大丈夫だよ」
そう言って、聡史が真似をして、原田の背中をばんばんと叩こうとしたが、寸止めして、直接は触れなかった。
「学習したんだね」
「は、はは」
原田の言葉に聡史は苦笑いするしかなかった。
この秘密会議の内容のとおり、事態は急展開を見せた。
会議の中でSと呼ばれていた杉本中将からもたらされたテロリストメンバーの情報を基に、服部たちを捕え、敵対する超人たちの駆逐に成功した政府は、その事実を公に発表した。
この国に再び平和な時代が訪れる。
そんな予感が国民たちを満たしはじめていた矢先に、大事件は起きた。




