学園襲撃
白木が柏木と共に出動するのを避けたのは、単に柏木に従ってただの警戒業務に就きたくないと言うある意味不純な動機だったのだが、それが功を奏した。
事件が起きたのは、聡史たちは担任の梶原の授業の最中だった。
「えーっ。なので、こう言う方程式の場合、sinかcosどちらかにまず統一する訳で」
梶原は生徒たちに背を向けて、黒板に板書を続けていた。
授業中の教室に響くものは、先生の声と板書のチョークの音だけかと思いきや、私語もかなり含まれていて、この先生と生徒たちの力関係が感じ取れると聡史は思っていた。
治安関係を担っているはずの白木たちは、教室に残ってはいても、教室内の統制までとる気は無いらしく、白木たちも私語を交わしている生徒たちに干渉する気配も見せていない。
そんな中、原田と机を寄せている聡史の視線は、岡田妹に向かったままだった。
岡田妹はとりあえず正面を向いてはいるが、相変わらず視線はどこに向けられているのか、読み取る事ができない。
「また、見てる。
私の方だけを見ていてほしいな」
「柳のようになりたくないから、その手の言葉にはつられないぞ」
「えぇー。中島君には本気なのにって、言ったらどうするの?」
恋する少女風に原田がほっぺを膨らませ気味にして言った。
「だまされない」
「ちぇっ」
原田の表情は悪戯を見破られてしまった子供のようであって、それはそれでかわいいと聡史は不覚にも思ってしまっていた。
「ねぇ。あの人たち、何かしら」
教室の中、不安げな声があげられた。
その一人の生徒の声に、教室内の他の生徒たちが、すぐに反応した。
岡田妹の二つ前の生徒が立ち上がり、校庭に視線を向けている。
「なに、なに、なに?」
教室の中を不安げな空気が包み込みはじめ、授業中だと言うのに、窓側に近い生徒たちは立ち上がり、みな窓に張り付き始めた。
「なんだ?
どうしたんだ?」
梶原も教壇を降りて、窓に向かって行き始めると、生徒たちは雪崩を打って、窓の向こうの状況を確認しようと、席を離れはじめた。
原田も立ち上がり、席を離れて窓に駆け寄って行くのに少し遅れ聡史もおもむろに立ち上がり、窓の方向に目を向けた。
原田の後姿の向こうに、こんな騒動の中、相変わらず何の反応も示していない岡田妹がいた。
とらえどころがない女生徒。そんな思いを抱いたまま、聡史はゆっくりと窓側を目指していた。
「普通の人たちじゃないんじゃね?」
「それはほぼ間違いないと思う」
ようやく窓近くにたどり着いた聡史は校庭をわがもの顔で歩く迷彩服姿の何十人もの男たちの姿を見た。
「いかん。いかん。不審者たちが侵入してきた」
生徒たちに窓から離れるように言う事も無く、自分だけ窓から慌てて教壇に引き返すと、その上を右へ、左へとうろうろと繰り返して歩くだけの梶原の姿を見て、聡史は梶原の授業が乱れている理由を理解した。
「先生。何、うろたえているんですか。
私たちがいるじゃない」
「そ、そ、そうだな。でも、一般生徒に怪我人が出ないようにしてくれよ」
両手を結んで、白木を拝む梶原には先生の威厳は微塵も無い一方、白木はさすが超人としていくつもの任務をこなしてきているだけあって、梶原よりもリーダーっぽい。
「私たちを信じていないって訳?
武装していたって普通の人間なんか、あっと言う間に片しちゃうんだから、大丈夫よ」
白木の言葉が終わるのと同時に、窓際の生徒たちが叫んだ。
「消えた。やつら一瞬にして消えたぞ」
「超人だ。超人の襲撃に違いない」
「やばいぞ!」
「一気に大勢が殺されてしまう」
超人の襲撃と言う異常事態に、さっきまではまだ生徒たちの間にあった余裕は吹き飛び、動揺が広がり始めた。
「なんで、こんな学校を襲撃するんだ」
多くの生徒たちが、右往左往する中発せられた一人の生徒の言葉に、教室内の生徒たちの視線が白木たちに向かった。
「はい?
奴らの狙いは私たちだって訳?」
白木はそこまで言って、頭をぽりぽりとかいた。
「そうね。その可能性は否定しないわ。
私たちがここの生徒だって事は、いつかはばれると思っていたからね。
でも、正面から向かってきても、奴らは勝てないのよ。
その事は奴らも知っているはずなんだけどね」
「あー。いないと思ってんじゃね?」
聡史が言葉をはさんだ。
「つまり、今日、のどかたちはおびき出されたって訳?
で、ここの超人を全員引き連れて出て行ったと思っているって訳?」
聡史を見つめながら言った白木の言葉に聡史が、頷いて見せた時、校舎の中から、いくつもの悲鳴が上がった。
「は。じゃあ、やっぱ、私の言った事が正しかったって訳ね」
白木の言葉に再び聡史が頷いた。
「じゃあ。行って片してくるか」
「待ってくれ」
今にも戦いに行こうとする白木を止めたのは梶原だった。
白木が怪訝な顔つきで、梶原に目を向けた。
「考えてもみてくれ。
君たちの方が強いのは分かってはいるが、超人同士の戦いだ。
不用意に校舎の中で戦ったりしたら、一般の生徒たちに犠牲者が出てしまう。
大事な生徒たちに怪我をさせられない」
「じゃあ。どうすればいいって言うのよ」
「戦うなら、生徒たちのいない状態で、校庭にしてくれ」
「奴らに校庭で戦いましょうって、提案すれば飲んでくれると思っているって訳?
そんな都合のいい話になる訳ないでしょ」
「私の推測だが、奴らはここに君たちがいると思っていないはずだ。
奴らがここを襲った理由はたぶん」
悲鳴に満たされた校舎。梶原がそこまで言った時、新たな悲鳴を供給する場所が、聡史たちの教室となった。
「静かにしろ。
自分の机に座れ」
ドアを開けて、突然入ってきた迷彩服姿の男が怒鳴った。
男の言葉に素直に従う前に、女生徒たちから悲鳴が上がって、教室の中は恐怖に満たされた。
「頼む。私の大事な生徒たちに乱暴な事はしないでくれ」
梶原は何度となく、頭をぺこぺこと下げて、哀願し始めた。
蔑む視線を梶原に落とした超人は、怒気を含んだ口調で言った。
「だったら、とっとと着席させろ」
「分かりました。分かりました」
梶原はおどおどとした口調で、ぺこぺことした後、教室を見渡して上ずった声で言った。
「みんな。早く席に着け」
額からは汗が噴き出しているのか、きらきらとおでこが輝いている感じだ。
慌ててみんなが席に着き始めたが、白木と白木派の2名の超人は立ったままで、席に着こうと言う態度を見せていなかった。
「ほら、早く。白木。お前たちも早く席に着け」
梶原の言葉に、しぶしぶ白木たちも席に着き始めた。
静まり返った教室。
どこの教室も制圧されたのか、ついさっきまで聞こえていた悲鳴は鳴りを潜めた。
得意げな顔つきで、教室の中を見渡す超人が、梶原にたずねた。
「空席が目立つが、あれはみな政府の治安組織の奴らの席なのか?」
「は、は、はい。そうです。
この学校の超人たちは何か緊急の指令が入って、全員外で任務に就いています」
全員が外。聡史は梶原のその言葉を聞き逃していなかった。
単に白木たちを庇いたいだけなのか、何か考えがあるのか?
聡史は梶原をじっと見つめてみたが、おろおろした態度と引き攣った表情から読み取れるのは、何の考えも無しと言う可能性が高そうと言う事だけだった。
「ふん。うまく引っかかってくれたもんだ。
しかし、本当にここが超人たちの巣窟だったとはな」
白木たちの顔は割れていないらしく、超人はその言葉を信じたらしい。
「あのう。これから、私たちはどうなるんでしょうか?」
「お前たちは人質だ。
さすがの治安維持特殊部隊のお姉ちゃんたちも、友達や恋人を人質にとられては戦えまい」
「あのう。でしたら、体育館かどこかに全員を集合させません?」
「なんのために?」
梶原の突然の提案に、超人が怪訝な顔つきで答えたが、それは聡史も同じだった。
おろおろした態度とは裏腹に、何か考えがあるのか? そんな期待を抱きつつ、聡史は梶原の続く言葉を待っていた。
「人質全員を把握できますよ。
それにあなたたち超人も一か所に集結できて、よくないですか?」
おどおど口調で梶原の口から出た言葉は、妙な提案だった。
聡史だけでなく、生徒たちも梶原の提案が自分たちにとって喜べる提案なのか、悪い提案なのか分からず、戸惑いを顔に浮かべている。
小首を傾げた聡史の視界に、隣の席に座る原田が映った。両手を握りしめて、小さく震える仕草は怯えている風なのは、他の多くの生徒たちと同様ではあるが、超人に向けてしっかりと固定された目元に怯えは無く、超人の動きを観察しているんじゃないのか、と聡史は感じた。
「なるほどな。
それは一考の価値があるかもな」
しばらく黙っていた超人は、顎のあたりを右手でしゃくりながらそう言った。
「お前たち、大人しくしていろ。逃げるんじゃないぞ」
超人がそう言い残して、教室を出て行った。
話の経緯から言って、今の話をリーダーか誰かに持ちかけるのだろう。
超人が消えた教室に一瞬の安らぎが戻ってきた。
「梶原先生。どう言うつもりですか?」
白木が立ち上がって、たずねた。
白木の質問に、心の中で拍手を送りながら、聡史も梶原の答えを待った。
「だってだなぁ。
こんなところで乱闘になったら、とんでもないことになるだろ?」
白木たちとの戦いが起きる事を避けた理由としては、賢明な判断と聡史は思った。
「だからと言って、この教室で俺一人じゃあ、どうしたらいいか分からないじゃないか。
他の先生たちと一緒の場所なら、どうしたらいいかも相談できるし」
そう答えている最中もおろおろした態度のままの梶原に、白木が大きなため息をつきながら、怒りの表情で椅子に腰をおろした。
「なあ、あの先生はどう言う先生なんだ?」
原田に顔を近づけて、聡史が聞いた。
「あ、ああ。チキンすぎだよね」
「マジで、ただのチキンなのか?」
「えっ?」
聡史の言葉に、原田が一瞬固まった。
「まあいい」
聡史はそれだけ言った。
超人は聞く気になれば、離れていても二人のひそひそ話を聞く事だって可能だ。聡史はそれを警戒した。
「私、本気で好きになるかも」
原田の一言に、聡史が原田に目を向けると、原田はにこりとだけ、微笑み返した。
今は超人がいないとは言え、妙な余裕がある。
聡史はそこを敏感に感じ取っていた。




