空席が目立つ教室
「中島聡史です」
一段高い教壇の上でそう名乗った少年は笑みをたたえてお辞儀をした。
お辞儀を終え、頭を上げた聡史の目に映るのは空席が目立つ教室だった。
聡史は心の中で、主のいない机を数えはじめた。
一つ、二つ……。30名ほどのクラスの中、7つほどの机に主はいなかった。
何か病気が流行っているのだろうか?
聡史はそんな事を考えながら、自己紹介を続けた。
「僕は今まで地方の高校に通っていたんですが、両親を失い、親戚が近くにいるこちらに一人移ってきました」
さっきまで振り子のような視線で、教室の中を見渡していた聡史の視線が止まった。
「前の高校では、帰宅部でしたが」
聡史は口だけを動かしながら、思考は視線の先、窓際の奥の机に座る少女の分析に向けられていた。
ストレートのロングヘア。
黒縁の眼鏡の奥にある瞳は大きく、その眼鏡を支えている鼻も高い。
その眼鏡の奥にある少女の視線は自己紹介している自分に向けられていない。
そもそも、どこに視線が向けられているのかさえ分からない。
何も無い空間に焦点が向いている。そんな感じだ。
笑みが浮かんでいれば、その容姿は天使の部類に入りそうな少女だと言うのに、残念な事に少女に笑みはないばかりか、生気さえ感じられない。
包帯でぐるぐる巻きにされた左腕はどうやらギブスがはめられ、石膏か何かで固定された感じで、首からぶら下げられている。
あの怪我のショックで元気がないのだろうか?
そんな事を思いながら、聡史は裏社会の人間専用と言う怪しげな病院のベッドで寝たままだったつい最近の自分の姿と重ね合わせていた。
「そんな訳で、よろしく」
そう言って自己紹介を終えた聡史に、横に立っていた担任の梶原が顔を向けた。
「君の席だが、あそこの空いている席だ」
「あのう。空席が多くて」
聡史が怪訝そうな顔でたずねた。その裏には、「どうして、こんなに空席があるんですか?」と言う意味もあったが、梶原はそれに気付かなかったのか、気付いていても無視したのか、教室の後ろの方を指さした。
「ここ、ここ」
一人の少女が立ち上がって、自分の横にある机を指差した。
「あの子、原田の隣の机だ。
教科書の手配が終わるまで、原田に見せてもらってくれ」
「分かりました」
そう言って歩き始めた聡史を、にこやかな笑顔で見つめている原田は、ふわりとした感じの前髪に、濃いブラウンはいいとして、どう見ても巻き髪にしか見えないヘアースタイルは、校則違反にならないのか? と思わずにいられないでいた。
聡史は「それでも、かわいい感じなので、許す」と思い直し、笑顔を原田に向けた。
「よろしく」
「私、原田怜美。よろしくね」
少し首を傾げた仕草が笑顔を何倍にも煌めかせた気がした。
席に座ると聡史は、右手を制服のポケットに突っこんで、中にあるものを取り出すと、机の下あたりで隠すようにして、それに目を向けた。
鈍く濁った金色を放つ学生服のボタン。
「姉貴を助けるためにも、この持ち主を早く見つけなければ」
聡史がそれを見つめながら、口元を引き締めて、心の中で誓った。
その様子を横目で見ていた原田が身を乗り出した。
「何、それ?」
聡史は慌てて手を握りしめて、ポケットに押し戻したが、原田には見られていたらしかった。
「制服のボタン?」
「あ、ああ」
「とれたの?」
原田はそう言いながら、聡史の胸の辺りを覗き込み、制服のボタンの状態をチェックし始めた。
濃紺のブレザーの制服についている二つのボタンは、真新しい金色の光を放っていた。
「あるじゃん」
「拾ったかな?」
なぜに疑問形? 聡史の言葉に原田は怪訝な表情を見せた後、肩をすくめてみせてから、正面に向きなおった。




