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ウェイブス・ドールは推しを守護りたい  作者: ちゃつふさ
第一章 運命を変えようとするもの

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8/24

Ver.0.7

「ちょっ、スト、ストォォォップ! 速い、速すぎるぅぅぅっ!」


 張り切ってダッシュで森の中を駆け始めて早数十分、どんどんペースを上げていったらコハルが音を上げた。

 俺の腕に必死にしがみついていたコハルは半泣き状態でオレに抗議の視線を送ってくる。

 ニーアの方はといえば、対照的に動じることなく涼しげに座っていた。


(ほな、ええか)


 オレにとってはニーアが基準なので、彼女が問題ないのなら変更はない。

 というわけで、スピードを緩めることなく走り続けることにした。


「速いって言ってるでしょうがぁぁぁっ! 漏らすわよっ!」


 やけくそ気味にコハルが頬を赤らめ訴えてくる。乙女のピンチにさすがのニーアもギョッとし、オレを見るので、徐々に歩くくらいまで速度を落とすのであった。

 ほとんどブレて風景など見えなかった先程までとは打って変わって、のどかな景色が見えてくる。


(マップは基本ファストトラベルかダッシュで移動してたから、風景を楽しみながら移動するのはゲーム序盤くらいで久しぶりだな~)


 感慨深くオレは周りを見ている。というのも、先程なからニーアがオレに見えないようにタブレットをコハルにだけ見せていたからだ。


「オシッコに決まってるでしょ! だ、だだだ、大丈夫よ。ちょっと出……ううん、ギリ耐えたわ」


 ニーアがオレには内容が分からないように配慮したのに、当の本人であるコハルの方は全く配慮がなかった。


(恥じらいというモノがないのか恥じらいというモノがぁ……まぁ、オレを人と思っていないから当然か。とにかく、乙女の尊厳は守られたみたいで良かった、良かった。じゃあ、行こうかな)


 オレは歩くから、再度、ゲームのようにダッシュへと切り替え――。


「走るなって言ってるでしょっ!」


 なんで分かったのか驚きものだが、コハルが凄い形相でオレを睨み付けてきた。


(でものんびり歩いていたら、日が暮れてしまうんだが)


 オレの基準はニーアなので、彼女の判断を仰ごうとそちらを見ると、察してくれたのか、タブレットをオレに見えるように向けていた。


【遅すぎず速すぎずくらいでお願いできるかな】

(……どうしよう、ゲームじゃあ、歩くか走るしかなかった気がするぞ。でも、推しのお願いなんだ。叶えようじゃないか、そうだろ、ノウン!)


 というわけで、オレはスティックちょい倒しの歩くと全倒しの走るの間、半倒しにして走るよりは遅く、歩くよりは速い状態をキープするイメージで操作してみる。

 すると、ノウンはオレのイメージ通りに早歩きくらいのスピードで移動し始めた。


(素晴らしいぃぃぃっ! なんて良い子なんだお前は! さすが、推しに名を貰っただけのことはあるっ!)


 オレのイメージ通りに色々動き出したノウンだが、それはニーアに名付けて貰ったからではないだろう。でも、そう思った方が特別感があってオレは好きだ。

 しばらくはまったりとファイスに向かって移動することになり、オレもこの際だから周囲を楽しむことにした。


(重さも疲れも感じないぞ。なんて素晴らしい身体なんだろう。そんな中でやっぱり一番なのが、ニーアのお尻の温もりを感じないという点だ! もしそんなんあったら、オレは腰砕けになって立っていられない自信があるぞ! 役立たずにならなくてほんとありがとう!)


 コハルの温もりなどは記憶の端に追いやっている薄情なオレであったが、二人は二人で余裕ができたのか、色々談笑している。

 と言っても、コハルが一方的にしゃべっているだけだが……。


「へぇ~、女の人の声がする波動人形ね~。ノウンがしゃべらないから、てっきり波動人形ってそういうものかと思ってたけど、違うんだ~」


 話は先程まで施設でなにが起こっていたのかという話題になっていた。


【ノウンも話すよ。とっても格好良い声で】


 波動人形の話題になったので、オレは会話に参加しないが見守っていると、ニーアのタブレットにとんでもないことが書かれていた。

 オレに口があったら噴き出していたところだ。


(危ない危ない、推しに唾をかけてしまうところだったぜ)

「へぇ~、会話できるのは聞いてたけど、ふ~ん、格好良いんだぁ、へぇ~」

(なんだ、そのニマニマした表情は……今すぐそれを止めないと走るぞ)

「ごめんなさい、からかおうと思った私が悪かったです」


 少しスピードを上げると、オレの考えを汲み取ってすぐにコハルが謝ってきた。


「え、えっとぉ、そ、それで……なんだっけ、そうそう、共振ブーストだっけ? それで相手の波動人形を二人で追い払ったんだよね?」


 オレの機嫌を損ねないようにコハルは話を進めていく。


(うん、やっぱりオレってコハルには怖い人と思われてるなぁ~)


 二人のてぇてぇ空間にオレがしゃしゃり出てきてはいけないと思い、再び蚊帳の外を決め込む。

 はずだったが、話題が共振ブーストしていた時のオレの姿はどんなだったのかということになり、ニーアが絵に描き始めたことで、オレも気になってついつい会話の中に入ってしまっていた。

 黙々と移動するオレの身体とは裏腹に、オレの意識はニーアのタブレットに釘付けである。

 程なくして、ニーアがコハルとオレに見えるようにタブレットを向けた。


「ニーア、あなた、絵とっても上手ね」

(そうだろ、そうだろ。ニーアは鉛筆画みたいな感じで、とぉっても上手いんだぞ)


 コハルの驚きになぜかオレが誇らしげに思う。


【騎士みたいでとっても格好良かったよ】


 ニーアは絵を見せながら、声を発してオレだけに伝えてきた。

 その言葉に舞い上がる気持ちで、オレは拝むようにニーアの絵を拝見させていただく。

 と、その絵を観てオレの動悸が、そんなのはないが、とにかく緊張が高まった。


(どういうことだ……ニーアが描いたオレの姿はオレが最後に観たPVの新キャラに似ている?)


 前世でのオレが知る最新のゲームの話をしよう。

 ゲームはいよいよオルゴノア編に突入し、次のバージョンアップで波動人形達との戦いも佳境に入りそうな段階だった。

 そのバージョンアップに伴うPVが先行公開されたのだが、最後に思わせ振りに敵キャラが新登場していた。その波動人形にはナスターシャが寄り添っており、彼女となにか関係がありそうで当時話題を呼んだが、その波動人形にニーアが描いた絵が似ていたのだ。


「へ~、今と比べると随分と変わるんだね。そう考えると、今はなにも着ていない状態……え~、やだぁ~、もしかして、キミって全裸なの?」


 懲りずにコハルがニマつくので、オレは黙らせるため容赦なく走るのであった。


(あのバージョン、オレも楽しみにしていたんだが、結局プレイできる状況じゃなくなったんだよな。敵側の新キャラだから、ネタバレ防止のため情報は少なかったし、プレイヤーとしても味方じゃないからそこまで事前情報を欲してはいなかったな。そんなキャラと自分が似ているとは……偶然か? 他人の空似か……)


 そもそも、ノウンの運命はすでに決まっており、出番は終わっているはずだった。


(死んだと思っていたが実は生きていた系か?)


 仮にノウンが生きていたとして、それがどうシナリオに影響するというのだろうか。謎が謎を呼ぶばかりである。


【ノウン、前!】

「ノウンッ! 落ちる、落ちるよぉぉぉっ!」


 ニーアのチャットとコハルの声が同時にオレを思考の海から押し上げる。

 オレが考え事をしている間もご丁寧にノウンは走り続けていたのだ。

 意識を前方に向けると先は空だった。


(やばっ、崖だ!)


 とはいえ、ここで止まるイメージをしてもゲームのように何事もなくピタッと止まれるわけもなく、地上を滑っていくだろう。下手をすると、担いでいる二人が反動で飛ばされる可能性があった。


(お前ならできるよな、ノウン!)


 ゲーム内ではマップ移動のショートカットと称して、よくやっていた。

 プレイヤーができたのだ。波動人形だってできるはずだ。

 オレは謎理論のもと、崖をそのままジャンプし、落下するのであった。

 

 

 

 予定ではもっと先まで進んでおり、ファイスが見えてきても良いはずなのだが、オレ達は今、ちょっとしたブレイクタイムを嗜んでいる。


(はい、すみません。オレの所為です)


 ついさっきまで土下座を決め込んでいたオレはやっとお許しが出て、シャバの空気はうめぇとばかりに空を仰いでいるところだった。

 オレが飛び降りた崖の高さはビルの五階くらいはあったと思われる。

 そんな高さをノウンはしがみついていた両腕の二人に衝撃を与えず、綺麗に着地してみせた。

 もっと高いところからノーダメチャレンジで降りていたオレにとっては低い部類だが、そんなもの初めての経験だった二人にはそれはもう大変なことだったらしい。


(初めて見たかもしれない。ニーアがちょっと涙目になりながらむくれて、オレの身体にポカポカしてくる様を……はぁぁぁ、可愛かったなぁ。いやいや、いかんいかん、推しを怖がらせてしまったのだ、反省しなくては。でも、可愛かったなぁ~)


 あんなに可愛らしいニーアが見れて、オレは反省するどころかニヤついてしまう。


(ん、コハルはって? 乙女の尊厳に関わることなので記憶にございません)


 そう思っていたら、当の本人が崖下の開けた場所の近くを流れていた川から戻ってきた。

 その顔は耳まで赤く、まだ涙目である。


「いい、ノウン! 今度やったらニーアに『あなたなんて大っ嫌い』って言ってもらうからね!」


 オレを見るなり指を差して、とんでもないことを言ってくる主人公様。


(な、なんて恐ろしいことを。そんなこと言われたらオレの魂が砕け散る)


 オレは先程までの浮ついた気持ちを大反省し、その恐ろしさに震えながら頷くエモートをひたすら連打するのであった。

 そんなオレを見て満足したのか、コハルは先程までいた川の方へと戻っていく。


「あっちに道があったわ。そのまま行けばもうすぐファイスなんでしょ。私は歩いて行く!」


 そう言ってズンズン歩いて行くコハルを見送るオレは、どうしたものかとニーアを見た。

 オレの視線に気が付いたのか、彼女は困った顔を見せると、そのままコハルを追いかけ歩いて行ってしまう。


(ガァァァン……もう絶対しませんから許してくださいぃぃぃっ!)


 オレの心の叫びは空しく自分の中だけに響き、二人を追いかけるように走り出すのであった。

 二人に追いつき、後ろでトボトボと、いや、普通に歩いているのだが、内心ではそんな感じでオレは恐縮しながらついて行っている。

 と、人が通ってできた獣道の先、ニーア達が目指す方角に町の影が見えてきた。

 おそらくファイスだ。

 オレは二人を追いかけるのを止め、そのまま近くの森の中へと姿を隠す。

 コハルがいるとしても、いきなりファイスの住人と接触するのは軽率だ。ニーアから離れることになるがなるべく近い距離を保てるように努力しよう。

 オレの行動に二人はどうしたのだろうと顔を合わせていたが、人の視力でも町が見えてきて、オレの意図を察したらしくそのまま歩き続ける。

 獣道を抜け、街道のような整備された道に出るとコハルも知っている場所なのか、そのままオレの案内なしに町へと近づいていく。

 と、町の門の前からニーア達に向かって誰かが近づいてきた。

 相手は馬に乗った中年男性だ。ザ・村人風な身なりで怪しさは無く、しかもオレはその人に見覚えがあった。


「お父さん!」


 そう、コハルの父親だ。

 向こうもコハルに気が付き、もの凄い勢いで近づくと馬を止め、勢い良く降りる。


「コハル、無事だったのだな! 心配したぞ」


 駆け寄るコハルを抱きしめ、安堵の表情を見せるコハルの父親『ロイド』。

 コハルが美少女なのが頷けるくらいのイケオジであり、正規ルートならこの後アイシャに殺される運命の人だった。


「ごめんなさい。色々あって」


 ハグから解放されるとコハルが不思議そうに町の方を見た。

 なにやら騒がしいのだ。

 森の中から町を覗いても、コハルが行方不明だからといって騒ぐにしては、なにやらおおげさのようにも見える。


「お父さん、町でなにかあったの?」

「ああ、あいつらが町の中で散り散りになって騒ぎを起こそうとしているんだ」

「あいつら?」

「ほら、俺達に波動具のことを色々教えてくれた商人だよ。お前が見当たらなく町の外まで探しに行こうとしたら、ひどく錯乱したその商人達が町外れにいてな。コハルが最後に会っていたのはあいつだったから問い詰めたんだ。そうしたら、知らんの一点張りで、他にしゃべったかと思えば妙なことばかりで話にならなかった」

「妙なこと?」

「ああ、あの悪魔がこの町にも死をまき散らしに来るぞとか、ここで足止めしないと俺が逃げられないとか」


 おそらく悪魔とはアイシャのことだ。商人はアイシャを確認してすぐに逃げたのだろう。だから、オレとの結末を知らないのだ。

 となれば、そんなに警戒する必要は無い。

 はずだった。

 町のざわめきが警鐘の音に変わって辺りに響き渡る。

 だが、アイシャの襲撃はないのになんの警鐘だというのだろうか。


(まさか、サークレイの連中がこの町でなにかしようとしているのか? そんな展開、過去編のストーリーにはなかったはずだが)

「警鐘! お父さん?」

「自警団全員であいつらを捕まえていたはずだが、なにが起こったんだ? そういえばあいつが使った閃光の波動具で目眩ましされて逃げられた時、実験していたアレを使って親を呼ぶとかなんとか言っていたが関係があるのか」

(ちょっと待て、どこかで聞いた話だな……)


 なにか引っかかるモノがあったが、ファイスとアイシャの出来事にその発言と結びつくようなイベントが思い当たらなかった。

 すると、町の方から別の武装した男がこちらに駆けてくるのが見える。


「大変だ、ロイドさん! 空の向こうからセンチネルが一体まっすぐこちらに接近している! ずっと先で徘徊していたのを目撃されていた個体だ」

「バカな! センチネルは縄張りに入らなければ襲ってこないはずだろ。なぜ今になってこちらに向かってくる。誰か縄張りに入ったのか?」

「いや、町の誰もあちらへは遠すぎて行っていないが」


 オレの地獄耳がその報告を聞いて、オレの中のピースがはまった。


(ファイスにセンチネルの襲撃。それは、プレイヤーがゲームを始めた最初の大きなミッションだ。なぜ、今それが起きている?)


 確か、ゲームの序盤、十六才に成長した主人公がファイスで解決した最初の大きな事件だったはずだ。

 あれもあわやファイスが壊滅状態になるかもしれない出来事だったが、まさかアイシャの襲撃が無くなったために運命シナリオの修正力が働いたのだろうか。

 確かに、ファイスが壊滅状態になるのならアイシャだろうがセンチネルだろうがこの際、運命にとってはどっちでも良いのだろう。


(マズい、このままだとコハルの運命が悲惨なことになるかもしれない)


 だがその反面、これでストーリー通りコハルは戦士として成長してくれる。二年後にはニーアを守る頼もしい主人公になってくれるはずだ。

 オレはゲーム内の強い主人公を思い浮かべる。だが、男キャラを使っていたため、今ひとつコハルとイメージが結びつかなかった。

 オレの中にある彼女は、施設での出会いから今までのちょっとお茶目で元気な女の子のイメージしかなかったのだ。


【ノウン……ファイスが……】


 ニーアの声が聞こえると同時にチャットが表示される。

 いつの間にかニーアはコハル達から離れてオレの方へと近づいていたのだ。

 ニーアは自分とはなんの関係もない、どんな所かも知らない町のことをとても心配し、でもどうしたら良いのか分からず、オレを頼ったようだった。


(ああ、オレはキミのそういう所に惹かれたんだよな)


 だから、迷うことは無かった。


【分かっている。ファイスを守ろう】


 オレは決意と共にニーアにそうチャットを送るのであった。


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