Ver.0.5
幕間です
滅亡都市『オルゴノア』。
波結晶を操り、あらゆる事象を可能にした奇跡の都。そして、突如滅亡した悲しき都。
あれから三百年。かつて都の中心、首長が住む公邸とその周辺は廃墟と化しているのかと思いきや、しっかりと清掃され、多少の変化はあるが全体的には当時のままの姿だった。
悠久を生きる人形達が、まるであの頃を維持しようとしているのだろうか。ただ命令されるがままにひたすら動き続けているのか。
そこはとても静かで、活気など微塵もなかった。
そんな建物内の大きく広い廊下を歩くモノがいた。
片腕を無くし、二枚の羽を背負った波動人形である。
腕を無くした割にはとても楽しそうにスキップしながら進んでいる様はとても人間染みた光景だった。
「あ、アイシャさん。戻ったのですか」
「やっほ~、ドゥラーくん」
廊下の先、謁見の間に続く場所に立っていた波動人形にアイシャは友達感覚で挨拶している。
ドゥラーと呼ばれた波動人形。人型の上半身に腰から四本の足が伸びている。それが上半身を安定させ、滑るような動きを見せていた。
その上半身も異質で、六つの光る目がアイシャを見据え、四本の腕が持っていた波動具を忙しなく操作している。
そして、その胸には識別ナンバー『03』と刻まれていた。彼もまた、ニスラ製のシングルナンバーである。
「ごめんね、ドゥラーくん。せっかく作って貰ったフライトユニット、壊れちゃった」
「まぁ、急にお願いされて急かされるように作りましたからそうなりますね。ニスラ師匠のジェットエンジンとかいう理論を色々試せたのでボク的には満足しています。それよりも、どうしたのですか、その腕は?」
「ん、ああ、これぇ?」
ドゥラーに指摘され、アイシャは無くなった腕の方を見ながら、身体を振ってみせる。
「あの人に斬られちゃった♪」
まるで想い人にプレゼントでも貰ったような感じで、とても嬉しそうに言うアイシャにドゥラーは作業を止めてしっかりとそちらを見た。
「あなたが斬られた? まさか、海を渡っている最中に海洋のセンチネルに喧嘩をふっかけたんじゃないですよね? ヴィエラ姉さんが忠告していたじゃないですか。下手にセンチネルを刺激するなって」
「まぁ、確かに強そうな奴はいたけど、普段とは違って長距離飛行だったから、そんな余裕無かったわよ。もうちょっとバランスとか取りやすくして貰えると嬉しいかな~って」
「はいはい、そういうのはレポートにして提出してください。それで、センチネルではないのなら、誰に斬られたんです? そういえば、前にラルフさんが捕らえた不審人物から引き出した情報で、ファイスにあるサークレイ研究機関とかいう組織の施設に行ってたんですよね。まさか、そいつらに」
「まっさかぁ~、あんな奴らに負ける私じゃないわよ」
「じゃあ、誰です?」
「フフッ、な~いしょ。あの人は私の糧だもん。だから、独り占めしたいの」
アイシャの妖艶に光る目と声にドゥラーはまた始まったかと呆れて、それ以上問いただすのを止めた。
「では、ナスターシャ様にも報告しないのですか?」
「ん~、あの方に人間に関する報告をするのは気が引けちゃうな~。それに、欲しかったモノも手に入らなかったし……あぁあ、それで失望されたらどうしよぉ~」
悩める乙女のように身体をクネクネと器用に動かすアイシャに、ドゥラーは興味が無くなったのか作業を再開する。
「私が、どうかしたのですか?」
大声ではないのに澄んだ声が、彼らがいるより先、謁見の間のさらに奥からしっかりと聞こえてきた。
すると、ドゥラーは作業の手を止め、跪くように姿勢を低くし、頭を下げる。
破天荒めいたアイシャですら、ドゥラーの隣に跪き頭を垂れていた。
そんな二体に近づいてくる者がいる。
裸足のようなペチペチと軽い音が大理石の床から聞こえてきた。
裸足。
その形は人間の足そのものだった。
足だけではない。太股も腰も胸も腕も頭も全て、成人女性そのものだった。
だた近くでよく見ると漆黒に彩られた喪服のような服から見え隠れしている肌の可動部に隙間があったり、関節部分が球体ジョイントになっている等々、人ではないということが分かる部分もあった。
だが、今の彼女に対して間近で観察するような無礼な行為が許される人間など存在しないだろう。
白銀の綺麗な長い髪が揺れ、二体の元へと辿り着く女性の名はナスターシャ。
その胸に刻まれた文字。
識別ナンバー『01』。
ニスラが作った最高傑作にして、波動人形の始まりである。
「楽にして、そんなに畏まらなくても良いわ。今は口うるさいラルフもいないのだし」
そう言われて、二体は素直に頭を上げて立ち上がる。だからといって無礼な態度を取ることなく、そこには敬意すらあった。
「どうしたの、その腕。早くドゥラーくんに直してもらいなさい」
整った眉毛をハの字にして、ナスターシャはアイシャを心配した。
いや、困ったような、悲しいような、そんな表情が今の彼女の通常だと思っても良い。
あの日以来、ナスターシャは人前で笑わなくなった。あの感情豊かだった頃の彼女はもういないのだ。
「心配されないようにチャチャッと直してもらおうかと思ったら、こっちにいるって聞いてね」
「あら、そうだったの。ごめんなさいね、私の都合で呼び出しちゃって」
「ううん、全然全然。気にしないで」
先程の傅いていた二体からは緊張感が無くなり、友人達とのおしゃべりのようになっている。
それもそのはず、彼らは波動人形とはいえ、元は人間。
しかも、ニスラを中心とした古くからの友人達だったのだ。
立場や環境によってその関係が多少変化したところもあるが、三百年経っても変わらないところがほとんどである。
「それで、アイシャちゃんをそこまでする相手とは一体誰かしら? センチネルじゃないのでしょ?」
皆が皆、アイシャの傷を気にしているのは、友人を心配する気持ちとオルゴノア最強格である彼女を傷つけたという相手への警戒の念からだった。
「ん~、なんて言って良いのかな? 人と協力した波動人形ってところかしら」
「波動人形! アイシャさん、識別ナンバーは?」
「ドゥラーくん、近い近い。落ち着いてよ」
声を弾ませ、音もなく滑るように距離を詰めてくるドゥラーにアイシャは残っていた手で遮り、少し後退する。
「す、すみません。波動人形のこととなると興味が抑えられなくて」
頭を下げ、これまた滑るようにスススッと離れていくドゥラー。
「それがね、識別ナンバーは見当たらなかったのよ。てっきり量産型かと思ってたんだけど、あの動き、それに力、私達シングルナンバーに匹敵するモノがあったわ。まぁ、アレの協力があってなんだけど」
「アレって言うのは、先程言っていた人と協力したという部分ですか?」
「そうそう、共振を増幅させる、みたいな情報で確かにパワーアップしてたわ。けどあれはなんかちょっと違うような作用もあったような気もするんだよね。まぁ、捕まえて調べてみないと分かんないわ」
「捕まえるって言っても失敗したんじゃないですか?」
「そう! 失敗しちゃったのよ。はぁぁぁ、凄かったわ、あの人のざ・ん・げ・き」
アイシャが夢見がちにまたクネクネし始め、ドゥラーはそれを呆れた様子で眺めながら、ふと、先程から会話に参加していないナスターシャに気が付く。
「ナスターシャ様?」
そこでドゥラーが見たのは、ナスターシャの驚愕といった表情だった。
ナスターシャの表情は余程のことが無い限り常に悲しい顔をしている。
そのナスターシャが何に驚いたというのだろうか。
声を掛けられ、ハッと我に返ったのか、ナスターシャの表情は元の悲しい顔に戻っていく。
「……なんでもないわ」
そう言って、ナスターシャは会話を終わらせ、部屋の奥へと歩み出した。
「……識別ナンバーがない波動人形……シングルナンバーに匹敵する力……まさか……アレのこと……」
ナスターシャの呟きを二体はキャッチしてはいたが、これ以上話しかけられる雰囲気ではなかった。




