Ver.0.4
ARPG『ソォリジン』には男女選択式の主人公キャラがいて、キャラの容姿はカスタマイズできないため、オレが見間違えることはなかった。
(確か、女キャラの名前は『コハル』だったか? 男キャラを使っていたから馴染みがないんだよな。まさか、こんな所で主人公に出会うなんて……いや、そもそもゲーム内では過去の話だ。詳しく語られていなかったという線もあるけど、主人公はサークレイ研究機関の事件じゃなくて、その後の『ファイス』で巻き込まれたはずじゃ)
オレはここで、巻き込まれという単語の引っかかりの謎が解けた。
主人公の故郷『ファイス』は、サークレイ研究機関と同じ小島に存在する農業と酪農が盛んな牧歌的町で、オルゴノアから遠い小島にあった。
そのため、波動人形の脅威があまりなく、長い年月の中、次第に波動人形の脅威が薄れ始めたある日、突如舞い降りた波動人形に町が襲われた。
当時十四才の子供だった主人公は自分を生かすために死んでいった両親を目の当たりにし、波動人形に強い憎悪を抱いて、その後、波動人形討伐の道をひた走るという背景がある。
(そのおかげで、ゲームプレイ最初時にはすでにある程度レベルが上がっていて、戦闘にも慣れ、戦う理由もあったという裏付けにもなったけど……まさか、その設定が関係しているのか?)
話を戻して、その『ファイス』を襲撃したのはアイシャだ。
ニーアを拉致した後に、この島一帯を殺しに回ったのが正規のストーリー展開だが、オレが介入した結果、アイシャはなにもせず撤退し、主人公の町は何事もなく平和なはずだった。
(なんでこうも知らないことが多いんだ。これもオレがシナリオを変えたせいなのか?)
また考えが堂々巡りになりそうでオレは一旦保留にする。
(とりあえず、現状を正確に理解して貰うことが先決だな。変に誤解されたままになると後々面倒なことになるやもしれんし。なにせ、相手は主人公様だからな。恨みを買ったら大変だ)
オレは怯えるコハルに再びコンタクトを取る。
【大丈夫か? 怯えなくても良い。オレはなにもしない】
再び送信してみたが、怯えたままでチャットに対して何の反応もなかった。
無視というより、そもそも気づいていないような気がする。恐怖のあまりとは違い、本当に知らないといった反応だった。
(もしかしてチャットが届いていない。まぁ、人にチャットを送って受信できる機能なんてあるわけないか。となると、ニーアが特別だったんだな。今のニーアは人というより『センチネル』に近い存在なのかもしれない)
原因は解決したみたいだが、問題は全く解決できていなかった。
(う~ん、どうしよう。とりあえず、顔面の怪我を治してもらおうかな。痛々しいし、せっかくの可愛い顔が台無しだ)
相手にアイテムを渡すのはゲーム上よくあるパターンなので、出来ないということはなかった。
だが、少女の前で仁王立ちになり「ほらっ」と回復薬を一つ突き出すポーズはふてぶてしく、身長差を全く考慮していなかった。
(あの……アンノウンさん。いい加減空気を読めるようになってくれませんか?)
これでは嫌がらせかなにかにしか見えないのだが、コハルの反応が変わった。
「えっ、くれるの?」
(え、うそ? 意思疎通が成功したぞ!)
完全に向こうのおかげだが、オレは嬉しくてついつい、エモート欄を意識し表示して、そこにある『頷く』を連打するイメージをする。
すると、オレのイメージ通り首を何回も何回も縦に振り続ける波動人形が完成した。
(端から見たら、ちょっと怖いかも)
なんとなく上手くいっているような気がするが、完璧かと言われたらそうではなく、アイテムを持つ手が頷くと共に引っ込められたため、コハルはどうして良いのか分からず戸惑わせてしまった。
(う~ん、差し出したまま頷ければ良いんだけど……モーションの併用なんてできるのかな? 要研究かな~、これは)
「分かった、分かったから、もう頷かなくて良いよ」
怖いと言うより滑稽に映ったらしく、コハルは慌てながらも警戒心が少し和らいだような気がする。
(う~ん、それはそれでどうなんだろうか、こっちとしてはありがたいのだが。これも色々な物語の中で他種族と友好を深める主人公ならではの謎コミュニケーション能力なのかな?)
そんな謎の主人公パワーにオレは感謝しつつ、頷くのを止め、再びアイテムを渡すに切り替えた。
オレが差し出した手の下で待機する少女にポトッと小瓶を落とす構図はなんかシュールなのだが、空気を読んで跪くことすらできないこの身体が歯がゆい。
そして、疑うことなく回復薬を苦そうな顔でチビチビと飲むコハル。
(回復薬は知ってるんだな。そりゃそうか、ゲーム序盤の町で回復薬が売っていないとか、詰みそうだもんな)
そんなメタ的な考えは置いておいて、おそらくそこら辺はサークレイ研究機関が関与したのだろう。
というのも、サークレイ研究機関の人々はファイスから物資、主に食料などを得るため、長年旅商人を装って町を訪れていた。その時に、薬なども物々交換していたので知っていたのだろう。
(もしかして、コハルがここに来ていたのは、アイシャではなくそれ繋がりか?)
気になったので聞いてみようと思ったが、さすがにこれは意思疎通が難しく、オレは断念した。
(警戒心が薄らいだんだ。たぶんこのままファイスに帰しても大丈夫、だよね?)
少し、いや、かなり不安なんだが、それでもニーアの方が心配なので戻ることにした。
とはいえ、あんな幼気な少女をこんな所に放置して大丈夫なのだろうか。ちゃんとお家に帰れるのだろうかなどと頭を過るが……。
(許せ、主人公。オレは推しを優先する)
オレは謎理論を打ち出して、ニーアのいる部屋へと戻ることにした。オレがコハルから離れれば、危険が去ったと判断して町へ戻るかもしれない。
だが、その判断は甘かった。
相手はあの主人公様なのだ。凡人の常識なんて通用しない。
なんと、コハルはオレこと、波動人形に付いてきたのだ。
とはいえ、距離は離れているし、本人的には隠れて移動しているつもりのようなのだが、死体を見て声が出たり、足音が消し切れていなかったりと爪が甘かったりする。
(まぁ、十四才の少女にそこら辺をカバーするスキルがあったら逆に怖いけどね。後、死体とかそういうのは後で処理しておこう。ニーアの精神衛生上よろしくない)
さてどうしたものかと悩みながら歩いていたら、ニーアが寝ている部屋まで戻って来ていた。
すると、部屋の前、壁に手をつきフラフラしながらニーアが立っていたのだ。
(なにかあったのか?)
予想外だったので、オレは慌てて彼女に駆け寄る。
そんなオレをか細い音が迎え入れてくれた。
【目を覚ましたら、誰もいなくて……】
そう伝えてニーアはオレの冷たい身体にそっと触れた。
(感触が伝わってこないのは残念なんだが、なったらなったで「お、おおお、推しの手がぁぁぁ」って取り乱してたかもしれないな)
彼女は芯の強い子だ。とはいっても、まだ十四才の少女。アイシャに襲われた直後に、気が付いたら一人にされて、不安になったのだろうか。
(もしそうなら、守護らねば!)
「こんな所に女の子がいる!」
(うん、キミもその女の子なんだけどね)
隠れるのを止めたのか、ニーアを見たコハルが声を出してこちらに駆け寄ってきた。
ニーアも面識のない女の子だったようで、びっくりしている。
(どうしよう……本来なら十六才の頃に出会うはずなのに、今出会っちゃったよ。ここまで変化してくるとこの先どうなるのか見当もつかなくなってきたぞ)
早くもオレの強みである未来を知っているというのが怪しくなってきた。
「初めまして、私、コハルっていうの。あなたは?」
さっそくコハルが無邪気な笑顔で、主人公パワー、謎コミュ力を炸裂させ、ニーアに接近していくが、ニーアは答えることができなかった。
(しまった! 今のニーアの声ではコハルに伝わらない。くそ、なんたる失態。推しを困らせてしまうなんて。ん、待てよ。ニーアは確か基本、文字でコミュニケーションを取っていたはずだが)
ニーアは研究機関が作ったタブレットのような波動具で絵を描いたり、文字で会話したりしていることを今になって思い出した。
【ニーア、タブレットは?】
コハルの予想外の登場に思考がついて来れなかったのか、ニーアはオレのチャットで気が付き、いそいそとタブレットを取り出した。
「~~~」
ニーアの口からタブレットを起動させる共振音が発せられる。
これは波動具を使う者にとっては当然の行為で誰も驚きはしないのだが、手帳サイズからノートサイズくらいに大きく広がるはずの薄いタブレットが、起動しないらしくサイズがそのままだったのにはさすがに驚いた。というより焦った。
アイシャとの戦闘で壊れたか。とにかく、オレの案は不発に終わる。
(役に立たなくて、ごめん)
ならば、不肖私めが代わりに伝えようとなれないのは先刻証明済みなので、ほんと無力感しかなかった。
どうしようかと悩んでいると、ニーアは躊躇いがちにそっとコハルの手を掴む。何事かと首を傾げて見守るコハルが抵抗しないのを確認すると、そっと手の平に指を添えた。
「ん~と、え~と、あっ、ニーアっていうんだね。よろしく!」
すこぶる笑顔で話しかけるコハルに釣られて、ニーアも笑顔が零れる。
「ところで、その板、波動具だよね。壊れているみたいだけど、見た感じ大きな破損はなさそうだよね。ちょっと見せてもらっても良いかな?」
ファーストコンタクトが終わると、コハルは興味津々といった顔で、急に早口になりニーアが持っていたタブレットに手を差し出した。
子供とはいえ、初対面の相手に大事な道具をいきなり渡すのには抵抗というか、どうして良いのか分からず、ニーアはオレを見てくる。
(まぁ、ニーアは知らないけど、この子は主人公であり、ニーアの味方だから警戒しなくても大丈夫だ)
というわけで、オレは覚え立ての頷くエモートする。
すると、ニーアはそっとコハルにタブレットを渡すのであった。
「ふむふむ、これはすごい技術だわ。もしかして旧文明時代のものかな?」
急に波動技師みたいな素振りを見せるコハルに、さすがのニーアも目を丸くしている。
旧文明時代というのは三百年程前に栄え、滅亡したオルゴノアの文明である。
今もその一部が引き継がれているのだがその数は少なく、サークレイ研究機関のような旧文明時代を継承していないと見れない物も多いだろう。
「ん~、もしかしたら直せるかもしれないよ」
コハルの言葉にニーアは驚きを通り越して、もうポカ~ンとした顔で再びこちらを見てきた。
確かに、主人公は波動具の武器の扱いに長けており、ゲーム中でもシステム内で簡単な物だけだが、自分で修理したり、カスタマイズしていたが、まさか子供の頃からその技術があったことにはオレも驚いている。
「あっ、私んち、祖父ちゃんの頃から波動具の修理屋してるんだ」
(はい、存じ上げております。が、そこまで技術があったのかい?)
ニーアがポカンとしてオレを見続けているので、コハルはタブレットを見ながら、その疑問に答えるように自分語りを始めていた。
「うん、やっぱり『おじさん』が持っていた物に似てるわ。これなら触らせて貰ったことがあるから分かるかも」
(コハルさん、あなたほんとに十四才の幼気な少女なんですかい?)
波動技師のような素振りを見せ続けるコハルにオレもついついツッコミを入れてしまう。
弄りたくて仕様が無いのか、コハルは返事を聞かず、持っていたポシェットから修理道具を出し始めて、スタンバイ状態になっていた。
ここまで来たらもう腹を括るしかない。
(大丈夫、なんたって相手は主人公なのだから)
オレは謎理論の元、今もなおこちらを見ているニーアに頷くエモートを実行すると、彼女の目線に釣られてこちらを見ていたコハルが、まるで犬が餌を食べるのを待て状態から、OKと同時にがっつくようにタブレットに挑んでいく。
「あっ、やっぱり共振を受け取るところが破損してる。なんか大きな共振でも受けたのかな?」
(それには大変覚えがございます。共振ブーストですね。少なからず他にも影響が出てたのか。誠に申し訳ございません)
急に博識染みたコハルに対して敬語になる卑屈なオレ。これで直らなかったら、さすがに土下座案件かとオレは土下座のエモートを探し始めた。
「はい、直った。これで使えるんじゃない?」
サラッととんでもないことを言って、コハルはニーアにタブレットを返す。
再びニーアが起動させるとサイズが大きくなり画面がほんのり明るくなった。
【ありがとう】
ニーアはタブレットにそう書いて、未だに信じられないといった顔でコハルに見せている。
「どういたしまして。いやぁ~、初めてのことでこれで起動しなかったらどうしようかと内心ヒヤヒヤしてたよ。直って良かったわ」
どうやら、見たことはあるけど弄ったのは初めてだったらしく、コハルは自信たっぷりな素振りの裏側で実は滝汗流しまくりだったことを苦笑しながら吐露すると、釣られてニーアも笑顔になっていた。
(ハッ! 感じる、感じるぞぉ、てぇてぇ波動を感じるっ!)
本来ならこの波動を受け、膝から崩れ落ちて咽び泣くところだが、身体はオレの感情など無視してさっきからずぅ~と棒立ちのままだった。
(ちょっとくらいリンクしてくれても良いじゃないか! よし、なんか良いエモートを探してやろう)
オレはこの感動を身体にも共有したくて、エモート欄に意識を向けた。すると、一覧が表示され、喜びを表現するようなアイコンを見つける。
それは感激を表すもので、頭の上で拍手するポージングだった。
(ポチッとな)
静かな廊下に突如、金属同士がぶつかり合うガシャガシャ音が盛大に鳴り響く。
何事かと驚き、完全に怯える二人を目の当たりにして、オレはすぐ様エモートを土下座に変更した。
(やってしまったぁ、選択を間違えて空気が凍る奴だぁぁぁっ!)
ここに来て、コミュニケーション不足の自分が出てしまい、意識のオレだけが悶絶し、身体の方は粛々と土下座をし続けている。
(オレは自我なんて出さず、壁に徹するべきだった。今からでも遅くはない。オレは岩、オレは岩)
二メートル以上ある巨体が丸くなって居続けたらそれは目立って仕方が無いが、とにかくオレは気配を消そうと努力する。
「えっとぉ……意図は分からなかったけど悪気はなかったんだよね。だったら、もう立っても良いんじゃない? ね、ねぇ、ニーア?」
コハルの言葉に答えるように例の音が伝わってくる。
【びっくりしたけど、そんなに謝らなくて良いよ。立って】
(はいっ!)
推しに言われて、オレはすぐ様土下座エモートを解除し、待機モーションに移行する。
「あれ? 波動具じゃないんだから、普通にしゃべっても……でも今の音って人じゃ出せない音……もしかしてニーアの声って」
コハルの疑問にニーアは緊張した面持ちでコハルから少し距離を置き、ギュッと手に持つタブレットに力が入る。
(緊張してる。気味が悪いと思われるのを恐れているのかな)
実験中のニーアは徐々に人としての声を失っていった。それを研究員は実験成功と喜び、意図しない効果が出始めると途端に失望され、残り少なかった仲間にも言葉が通じなくなって気味悪がられたと謂われている。
その所為でニーアは自分の声があまり好きではなく、文字をメインにしてしゃべらないようにしていた。
(そんなことはないぞっ! ニーアの声はとても澄んでいて、心地が良いんだ! よし、この思いをテキストにしてニーアに送ろう)
オレはチャット欄を開いてその思いを書き出したのだが、途中であまりの文章量と自分のキモさに気が付き、自我を出すなという戒めを思い出して自重する。
「とっても綺麗だね! もっともっと聞いていたいくらいだよ。あっ、いっぱい聞いてたらなんて言ってるのか分かるようになるのかな?」
(さすが、主人公っ! 分かってらっしゃるぅぅぅっ!)
オレは最高の笑顔で思いを伝えるコハルに握手を求めたくてエモートで握手を探すが、自重という言葉にそっと閉じた。
予想外の返答にニーアも緊張が和らぎ、照れた感じを誤魔化すようにタブレットでなにかを書き始める。
【分からないけど……やめて、なんだか照れくさい】
「え~、本当のことを言っただけだよ。もっと聞いてたいな~」
恥ずかしがるニーアにグイグイ迫るコハル。
(あぁぁぁぁぁぁあっ! てぇてぇなぁぁぁっ! 頼むからフォトを撮らせろ、フォトをっ! なんでフォト機能が搭載されていないんだよぉぉぉっ!)
ただの厄介オタクと化したオレに反して、身体は気配を消すかのように微動だにせず立ち続けるのであった。
【それより、コハルさんはよくこのタブレットを直せたね】
恥ずかしさからか、ニーアはコハルの話題に変更してきた。
「さん付けはいらないよ。私もニーアって呼び捨てしてるしね。ん~、その辺りはよく壊れる箇所だからお父さんの手伝いで代わりに直してたわ。まぁ、全体の作りが旧文明製だったからちゃんと直るかどうかちょっと不安だったけどね」
(両親を殺され、冒険者となって旅先の人々を救い、波動人形と戦い続ける主人公の人生がなければ、こうして修理屋さんの娘として平和に過ごしていたんだろうか)
そんな貴重な裏設定を知って、オレはほっこりする。
「そうだ! もっと旧文明の技術を見せてやろうって連れてこられたんだけど、おじさんはどこ?」
【おじさんって?】
「ん~と、祖父ちゃんの時からの付き合いがある旅商人さん達の一人で、波動具の技術を教えてくれる波動技師みたいな人だよ。気さくな人で優しくて、私にいろんな物を見せてくれるんだ。さっきのと似たような物も見せてくれたよ」
コハルの話を聞いてオレはなんとなく理解した。
彼女が言う旅商人達とはサークレイ研究機関の人間だ。
そいつらならタブレットに似たような物を持っていても別におかしくないし、その技術を持っていてもおかしくない。
だが、連れてこられたというのがどうにもキナ臭かった。
先程のコハルの手腕を見ると波動技師としてかなり有望のように思える。
となると、あいつらのことだ。後生のため、自分達の研究のため、コハルを機関に引き入れたいと思うだろう。
(奴らのことだ。どんな手を使ってでもここへ連れてくるだろう。そして、帰らせる気もなかっただろうな)
ファイスは比較的平和だと言われており、それでも危機感が薄いような気もするが、それだけサークレイの連中が上手く信頼を獲得していたのかもしれない。
現にニーアもその被害者の一人なのだ。
おそらくニーアもそれに気が付いたのか、笑顔が消え、深刻な顔つきになっていた。
「え、あれ? ど、どうしたの?」
ニーアの変わりようにさすがのコハルも空気が違うと気が付いて冷や汗を垂らす。
【ここへはどうやって?】
「馬車。最初はなんともなかったんだけど、途中睡魔に襲われて、気が付いたら洞窟の前に置かれた馬のいない馬車の中で寝ちゃってたわ。もの凄い爆発音が洞窟の中から聞こえてきて、目が覚めたの」
【どうして、中に?】
「それはもう、知的好奇心!」
コハルだって今までの話の流れから、胸を張って誇らしげに言う台詞ではないことは分かっているのだろうが、努めて明るく振る舞おうとしているみたいだった。ニーアは自分で話を振ってしまった手前、なんて言って良いのやらと困った顔でこちらを見てくる。
「いや、半分はそうだったんだけど、帰り道分かんなかったし、中に入ればおじさんに会えるかと思ったの。でも会えなかったし、なんか凄い騒ぎで怖かったからひたすら隠れてたのよ。そしたら、そこの波動人形に会って鼻血が出た」
(うん、語弊のある言い方は止めなさい。急に省略するから、オレに会って興奮して鼻血が出たみたいに聞こえるだろ。もしくは、オレが出会い頭になんかしたように思われるだろうが)
こちらを見ていたニーアが、どういうことだと言わんばかりに半目になっているが、それはそれで可愛いから良しとしよう。
(いや、良くないな)
【薬を探している最中に出会って、彼女が勝手に顔面から転んだんだ。オレはなにもしていないし、ちゃんと回復薬を渡して治した】
とりあえず弁明のチャットを送ると、ニーアも納得してくれたのか半目を止めて、再びコハルを見る。
(アイシャの襲撃があって、男は確認のため自分だけ中に入って殺されたか、コハルを残して馬車を捨て、馬に乗って逃げたか、というところか)
それを踏まえると、正規のゲームシナリオでのコハルは、アイシャの襲撃で研究機関が壊滅し、拉致から逃げることができたが、そこでアイシャという波動人形に会い、彼女によって町を壊滅状態にさせられたというなんとも言えない状況だったのかもしれない。
それと、壊滅状態からの復興の際、つまりはゲームスタート時にファイスが旧文明の要素を多く含んでいたのは、この件でサークレイ研究機関を知って、残された技術を利用したからかもしれなかった。
(今思えば、プレイヤーが持っていた武装は、明らかにあの牧歌的な町に不釣り合いなものだったよな)
まさか、ニーアを救うことでプレイヤーにまで影響を及ぼすとは思わなかった。
それだけ彼女の存在は大きかったのだろう。
(それもそうか……ニーアはプレイヤーにとって過去を除けば、唯一救えなかったキャラだもんな)
そう考えると、ニーアの幸せがこの後ちゃんとあるのか不安になってくる。
(ん、ちょっと待て。そうなると、ファイスでは娘と旅商人が忽然と消え、なにかあったのではと騒ぎが起きているんじゃないか? マズい……)
とりあえず、なる早で帰り道が分からないコハルをファイスに送り届けなくてはならなくなった。
しかし、早々に移動したいが、ニーアの体調の方が心配だ。とりあえず、彼女には持ってきた回復薬を飲んでもらい、しばらくは先程の部屋で安静にしてもらおう。
残念だが、ここの回復薬は効果が低く、ニーアが受けた共振崩壊のダメージを完全に回復させることはできないだろう。
コハルの現状とファイスの動きも気になるが、だからといってニーアに無理をさせるわけにはいかない。コハルには悪いが、オレにとって優先順位はニーアの方が上なのだ。
そこら辺を懇切丁寧に説明していたら、文章がやたら長く一方的になってしまい、ニーアはなにか言いたげだったがそのままシュンとなって俯き、なにも言わなくなった。
(ぐはぁぁぁっ、オレって奴は、推しを心配するあまり、推しを困らせてどうするんだぁぁぁっ!)
心と体が連動していたらきっと頭を壁に打ち付けていただろう。
(なにがあってもオレが壁となって推しを守る、くらいの気概を持たなければ、なんのためにここへ来たんだよ!)
【すまない、今のは一つの意見として受け止めてくれ。その上でニーア、キミの考えを聞きたい。オレはそれを尊重し、全力で遂行する】
文章だからこそ言えるこの凄さ。実際に口にしようものなら、小っ恥ずかしくて言葉にならなかっただろう。そんなオレのテキストにニーアは驚いた顔をしてこちらを見ていた。
(そういえば、オレは文字として送り、文字として受け取っているのだが、ニーアはどうなっているんだろう。まさか、視界に文字が浮かび上がって見えてるのかな?)
自分が送ったチャットが後になって恥ずかしくなり、どうでも良いことを気になり出すシャイなオレであった。
【すぐにでもファイスへ行こう。コハルの両親を安心させたい】
自分の体調には一切触れず、ニーアはオレとコハルにそうタブレットで伝えるのだった。
だからこその推しであり、守らなくてはならない存在なのだ。
「ありがとう、ニーア……と、名前とかあるのかな、キミは?」
ニーアの手を握り、感謝を全身で表すコハル、この二人が並ぶととても可愛らしく絵になっているのだが、こちらを見るのは止めて欲しかった。せっかくの良い絵にオレという異物はいらないのだ。
(名前か……識別不明のアンノウン。それが今のオレだ。前世で失敗したオレの要素なんて入れたら、これからのことも失敗しそうで怖いよ。だから……)
【ノウン】
オレが『アンノウン』と書こうとしたら、ニーアの持つタブレットにそう書かれていた。
(ニーア?)
続けてニーアが声を発してくる。
【識別不明のアンノウン……ううん、違うわ。あなたのこと少しは知れた気がするの。だからアンを取ってノウン】
わざわざオレにだけ伝えてきたその理由に熱いモノを感じずにはいられなかった。
そして、その笑顔はとても優しく、心からの笑顔を見たような気がする。
(いや、一度だけスチルで見たな。彼女の最後の瞬間の笑顔に似ているかも)
でもあれはもう少し悲しそうだった。
でも今はとても嬉しそうだった。
だから、オレはなにも言わない。
只、頷くエモートをするだけであった。




