Ver.0.3
(おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!)
オレの魂の雄叫びに呼応するように波動炉のパワーが大きな唸りとなって上がっていく。
このままでは共振崩壊するのではと、自身の耐久値バーを確認したら、凄いことになっていた。
減るどころか増えていたのだ。
それもバーが右まで上がると再び別の色のバーが上乗せされ、左から右へともの凄い勢いで上がっていくのを繰り返している。つまり、波動炉の出力もそれに呼応して上がり続けているのだ。
(待て待て待て待て、どうなってるの、オレ? こ、これが共振ブーストなのか?)
バージョンアップで登場した共振ブーストは『波動具』によって行われる。全ステータスが上がったり、エフェクトが発生すると共に専用の戦闘モーションや効果が追加されるなど様々あるが、ここまで変化することはなかった。そもそも、敵側である波動人形の共振ブーストがどういったものか体験していない。
(これが、原型であるニーアの力なのか? 今のオレは一体どうなってるんだ? というか、アンノウン、お前ってこんなに波動炉のパワーを引き出せたのか。お前、ホントにちょい役のモブか?)
第三者視点じゃないので今の俺の姿が分からないが、感覚的になにかが変わっていると理解していた。
なぜなら、オレはいつの間にか右手に、豪奢な装飾で彩られた大きな剣を握りしめ、左腕には同様に豪奢な盾を装着していたからだ。
「光の粒子が全身を覆って形を成した。あれは物質生成……」
オレの変化に警戒して距離を取ったのか、アイシャの呟きが離れたところから聞こえてくる。
彼女の言葉を借りるなら、オレの変化は全身に及んでいるみたいだ。見える範囲で想像するに、全身鎧のように装甲がついている感じだろうか。
そのおかげで、オレの耐久値は上がり、波動炉の出力がバカみたいに上がっても安定している。
「そんな……それは『あの方』のっ!」
(なにをそんなに驚いてるんだ? さっきのアイシャの足もそうだったが、生前見たゲームシナリオが未完結だったこともあり、オレの知らないことがこの世界にはまだまだあるということか? いや、今はそんなことを考えている暇はない)
アイシャの反応も気になるが、気持ちを切り替えオレは画面を見直す。
そこにはミリ秒まで分かるタイマーウォッチが表示され、タイムリミットに向かって今も減り続けていたのだ。
(やはり、ゲームでもそうだったように制限時間付きか。見た感じ、三分くらいだな)
ゲームではもっと短く、最初は十秒とかだったはずだ。そこからカスタマイズなどしてパワーアップさせていっても一分くらいが限界だった。
そう思うと、初手三分は破格である。
(さすが、オレの推し!)
チラリとニーアを見てみれば、オレと共振するように音を発し続けていた。それはまるで歌を歌っているようだった。
「なんなの、お前! ガラクタじゃなかったのっ!」
アイシャの大きな声が聞こえてくる。
こんな状況なら驚愕し、ヒステリックに叫んでもおかしくない状況のはずなのに、アイシャはとても、そう、とぉっても嬉しそうな声だった。
(時間を掛けるわけにはいかない。速攻で終わらせる!)
オレが構えると同時にアイシャも動いた。
変則的な動きは相変わらずだが、先程よりもスピードが上がっている。
(あいつ、共振崩壊ギリギリまで出力を上げてるな)
繰り出される一撃一撃をオレは剣と盾で弾き返し、タイミングを計っていた。『ソォリジン』のプレイヤーキャラは剣や槍、斧など様々な武器が使用可能だったため、今のオレは苦もなく動けている。
「アハハハハッ! 今度は避けるんじゃなくて防御なの? そんなコトしたって私には勝てないよ! もっと、もっと来てよぉっ! 私に熱いモノをぶつけて頂戴!」
嬉々しながら攻撃の手を止めない狂戦士にオレは流されることなく、冷静に相手の攻撃パターンを見極めていた。
(失敗はしない。推しが一緒に戦ってるんだ! ここまでされて、残念な結果なんて出してたまるか! アンノウン! オレに力を貸してくれ! あの子を救わせてくれっ!)
「ほら、終わっちゃうよっ!」
向こうもオレの動きを見ており、死角を見つけてそこから襲ってくる。
(ああ、その攻撃パターンは知っているぞ!)
オレはアイシャの渾身の突きをタイミング良く盾で打ち払った。
大きな接触音と共にアイシャの槍が大きく弾かれる。
(こんな状況でもパリィってできるんだな。さすがだ、アンノウン)
体勢を崩したアイシャとの間合いを詰め、オレは剣を振り下ろした。
硬い物体を壊した音が倉庫内に響き渡る。
アイシャが持っていた巨大な銃装槍が腕と共に床へと落ちていた。
頭を狙おうとしたが一瞬躊躇した所為で、アイシャに避けられ、結果腕を切り落とす形になってしまったのだ。
切り落とされた当の本人は絶叫とかするのかと思ったが意外と静かで、落ちた腕すら確認しておらず、只ひたすら目の前のオレを見続けていた。
「……良い、良いわ。あなた、最高よっ……それがあなたの力なのね」
アイシャが一瞬オレから視線を外し、後ろを見た。おそらくニーアを見たのだろう。
その声と雰囲気に人の身体だったら背筋が凍りついて、震え上がっていたかもしれない。それほどにアイシャの声が不気味に艶やかだった。
「……あぁあ……やっと見つけた……私の生きる糧」
残った左腕でオレの頬を撫でると、アイシャはそのまま後ろに飛んで、ここから離脱体勢に入る。
(ま、待て! 逃がすと厄介なことになるような気がする)
さすが戦闘のプロだ。引き際を弁えている。
オレは追おうと前に出るが、そこで持っていた剣が消えるのが見えた。それと同時に身体の動きが急に鈍くなったように感じる。
急な変化に違和感を覚えタイマーを見ると、まだ時間は合ったはずなのに消えていた。元の姿に戻ったと理解できたのはあれだけあった耐久値バーが戻っていたからだ。
オレは反射的にニーアの方を見る。すると、彼女はフラつき、吐血するとそのまま膝をついているところだった。
オレは慌てて彼女の元へと駆け寄る。
失念していた。
共振ブーストするのなら、もちろん介入しているニーアにだって共振崩壊のリスクがのし掛かってくるはずだ。下手をすれば、増幅分の共振が彼女の身体に襲いかかっていたのかも知れない。
あの時間はニーアの本当に限界時間でもあったのだ。ニーアは誰かのためなら自分が傷つくことを厭わない子だ。「わぁ、三分もある」って喜んでいたのも、それはあの子が我慢強く耐えるからの時間であって、本来は三十秒とか従来通りの制限時間だったのだろう。
今回は初めてのことだったから、ニーアも我慢することが出来ずに思わず止めてしまったのだ。
(オレのバカ、またはしゃぎすぎた)
あの万能感に満ちあふれた高揚感はある種の毒だ。あの力に溺れ、周りが見えなくなっていたのかもしれない。
【大丈夫か?】
【大丈夫、だよ】
オレは先刻得たチャット方法でニーアに聞くと、彼女はニッコリと笑顔を作り、か細い音が発せられ、チャット欄に文字が表示された。やはり、あれはニーアの声の波動をチャット欄が受信して表示していたんだ。幸いだったのが元に戻ってもインターフェイスが消えず、チャット欄があるところに意識を向ければ、表示されたことだった。
(そんな驚きは後にして……ニーア、それは大丈夫って言わないだろう)
無理に笑顔を見せ、取り繕うニーアを労りたいのに、オレは突っ立ってるだけでそれ以外のことができない自分の身体が歯がゆかった。
(なにかないのか、労るモーションとか、支えてあげるモーションとか)
相手と戦うモーションならいくらでも見てきたし、覚えもした。相手を労ったりする非戦闘動作はゲーム上、あまり必要とされておらず数が少ない。そのほとんどがエモートになっており、自身の意思表示に使われている。
(いや、ドアを開けるアクション同様、対象物に近づけばなにかアクションできるのではないのか。確か、『ソォリジン』にもレバーを引くとか、助け起こすとかのマップアクションはあったはずだ)
オレは試しにニーアに寄り添い、ゲームのように○ボタン+抱き上げるという操作をイメージをした。
すると、身体が反応しニーアをお姫様抱っこする。オレとしては、ニーアを慎重に、ゆっくりと、丁寧に、労るように抱き上げたかったのに、この身体と来たら、事務的にテキパキとスピーディに事を成していった。
(おい、お前、もうちょっと空気読んでくれよ)
オレのツッコミは頭の中だけに空しく響いていく。
とはいえ、左手首が壊れているのにこの動作は凄いと言わざる負えないと思っていたら、左手首はいつの間にやら修復されていた。
(もしかして、あの変化と共に自己修復したのか? そういえば、胸の損傷も直って安定しているな)
改めて、この波動人形の凄さを噛みしめる。
(とにかく、ニーアをどこかベッドに寝かせて休ませないと)
オレは部屋を探すため、ニーアを抱きかかえながら歩み出す。
(そういえば、有無も言わさず波動人形に抱き上げられて驚いているんじゃないだろうか。怖かったり、嫌だったりしないだろうか)
そんな考えが思い浮かび、オレは恐る恐るニーアを確認した。
彼女は目を閉じ身を任せたままになっている。
緊張の糸が切れたのだろうか。それとも精神と肉体の限界だったのだろうか。
(こんな優しい子が苛烈な運命に翻弄されるなんて……)
先程までの喧噪が嘘のように静かな施設内。アイシャは本当に施設内の人間を皆殺しにしたのだろうか。仮に生き延び、施設を逃げた者がいたとしても、すぐに戻ってくるバカはいないと思う。
近くの部屋に入り、丁度良いベッドを見つけてオレはニーアを寝かせるべく、再びマップアクションをするため、ベッドによって○ボタン+寝かせるイメージをする。
(また事務的に……まぁ、冷静に考えると推しを抱き上げるなんて、そんな恐れ多いこと体力的にも精神的にもオレには出来なかったな。しかも、きっちり運んで寝かせるなんて……ほんと、ありがとう、アンノウン。お前がオレの身体で助かったよ)
人の身体に転生してたら、あれだけの戦闘をいきなりは出来なかった。オレの感情と直結せず、客観的に動かせたからこそ、結果を出せたのかもしれない。
(これからもよろしくな、相棒)
自分の身体を相棒と表現するのはちと可笑しな話だが、そういう風に思ってしまったのだから仕方がない。
(いずれはアイシャみたいに、完全に一体化して人のように振る舞えるのだろうか)
なんにせよ、ニーアを安静にさせることが出来たのは上々だ。
ここは実験施設でもあるので不本意だが彼女達を回復させる波動具か薬があるはずだ。
(今のオレでは波動具を扱うことは困難だから薬を探そう。確か、オレが目覚めた部屋に手術室のようなところがあったな。たぶん、あそこにあるはずだ)
サークレイ研究施設の全マップを思い浮かべ目的地を確認すると、オレは自分の身体を誘導していく。
程なくして、スタート地点に戻ってきた。
全てはここから始まった。
ここでオレは目覚め、推しのニーアに会い、そして彼女の拉致事件を回避できた。
(本当にそうだろうか?)
現に、アイシャは健在である。しかも、彼女にはニーアの能力を見られており、一回退けただけで終わる相手だとは思えない。
(去り際のあの反応、諦めた感じはしなかったな)
ニーアが拉致されプレイヤーと出会い、死ぬのは十六才の時とシナリオ的にはなっている。つまり、それまでは彼女の運命が変わったとは言い切れないのではなかろうか。
シナリオの強制力かなにかで再び拉致され、結局運命の日に共振崩壊する可能性はゼロではなかった。
(十七才……つまり、シナリオには存在しない歳になるまでは油断できなさそうだな)
とにかく、オレが運命を変えたのだ。最後まで責任持って守り抜きたい。しかし、全てはこの身体がキーとなっている。そして、アイシャのような化け物級の波動人形を相手するなら共振ブーストは必要不可欠だった。
何一つ自分の力では成せないことにオレは愕然とする。
(アンノウン、お前はオレに付いて来てくれるか?)
その問いに身体が応えることはなかった。ただオレがイメージした指令を淡々とこなしているだけ。正に意識と身体の関係だ。
(まぁ、これで意識とは関係ない動きをされたら、それはそれで怖いか)
試しになにも指令を出さずにいると、ポケ~と棒立ちのままでいたので、ちょっとホッとしたりする。
(そういえば、シナリオ上でもアンノウンは動いていたな。あれは結局なんだったのだろう)
アイシャは引き寄せられたと言っていた。
確かに『ソォリジン』の中では量産型でよく見られる現象だ。
魂の波結晶が不完全なため、色々と不具合が生じるのが量産型だ。強い波動に集まるだの、目的もなく彷徨い歩くだの、言われたことを延々と繰り返すだの、動くモノを見境なく攻撃するだの、その症状は様々である。
だが、どれもこれも全ては魂の波結晶に魂が保存された状態だった。
(シナリオ上でも、誰かの魂が保存されていた……とすると、誰だ? う~ん、敵側の所為もあってオレが知るシナリオ以外にまだ語られていない部分があるのだろうな)
オレがプレイできた時点ではストーリーは未完結だった。しかし、この世界でそれはない。オレが知るシナリオの先に世界がないなんてありえないはずだ。
(それにあの力……あれはニーアの共振ブーストのおかげなのか、それとも……)
なんにせよ、これからの襲撃に対して迎撃したいなら、ニーアに頼らざるを得ない問題もある。
(これから、どうすれば良いんだ……)
ゲームに似た世界に転生し、ゲーム知識と未来視で無双できるかと思ったが、現実はそう簡単なものではなかった。
だからといって、悲観的に打ち震えているわけにはいかない。
(とにかく、今は彼女の回復を待ち、元気になったらどこかの村か町へ……ダメだ、それだとアイシャ達が再び来たらそこが巻き込まれる)
巻き込まれるでなにか引っかかりがあったが、今は深く考えている余裕はなかった。
考えれば考えるほど堂々巡りで結論が出てこない。
(こういう時、地頭の無さが露呈してへこむな)
気持ちが鬱々し始めたので、気持ちを切り替え、今やるべきことに集中することにした。
(今は薬だ、薬。あるかな~)
オレは見慣れた小瓶に液体が入っている物を探す。すると、程なくしてそれは見つかった。
(あった、あった。さすがサークレイ研究機関の施設、充実しているな。二・三個持って行けば大丈夫だろう)
オレはだんだん慣れてきたマップアクション『アイテムを取る』で回復薬をゲットしたのだが、アイテムボックスとかいう異次元空間に吸い込まれて持ち運び便利というわけにはいかないみたいだった。
(クッ、こういう時だけ現実になりおって。お前、落とすんじゃないぞ)
他人事のようにオレは自分の身体に注意する。
さて、戻るかとドアに向かおうとした時、隅の方からカタッと小さな音が聞こえてきた。
(誰かいる?)
考え過ぎて、周囲の警戒が散漫になっていた。
さすがにアイシャが戻ってきたというわけではないが、生き残りがいたとしてもおかしくない。
本来なら喜ばしいことなんだが、如何せん、今のオレは波動人形。あちらからしたら敵だ。
オレはチャット欄に意識を向けて言葉を紡ぐ。
【誰だ? オレは敵じゃない】
送信したはずだが反応が全くない。送信に失敗したのか、はたまた無視されているのか。
(まぁ、無視だろうな)
音がした方には大人が隠れられそうな物はなかった。となれば、子供だろうか。最初に目覚めた時はいなかったはずだから、騒ぎが起こった時、オレが出ていった後にここへ隠れたのだろう。
オレはあえて見当違いの方へ進み、ドア周辺をがら空きにする。
もしかしたら、それで外へ逃げ出し、この施設からも脱出してくれるかもしれなかったからだ。
オレの予想は正しかったようで、息を呑む音と共に、暗がりから小さな人影が飛び出し、ドアへと走って行く。
ドアが開き、その子は慌てていたのかそこで躓いて盛大に顔から転んだ。
(だ、大丈夫か?)
心配で思わずそちらに駆けつけてしまうオレ。
端から見たら、見つけた獲物に詰め寄る獣だ。
「ヒッ!」
案の定、その子は恐怖に顔を歪ませている。
(お、女の子)
桜色のフワフワなロングヘアーにクリクリとした大きな茶色の瞳が印象的だ。とても可愛らしい顔立ちなのだが、今は鼻血が出ているので残念極まりない。
(んん? ちょっと待て。このビジュアル、覚えがあるぞ)
オレが知っている容姿はもうちょっと成長した姿だが、間違いない。
(この子……女主人公だ)




