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ウェイブス・ドールは推しを守護りたい  作者: ちゃつふさ
第一章 運命を変えようとするもの

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3/23

Ver.0.2

 思っていた通り、奥にあった大きな倉庫の扉が破壊され、中から声が聞こえてくる。


「ね~ぇ、隠れんぼしてないで出ておいでよ。誰かが助けに来てくれるとか思ってるんだったらごめんねぇ~、見えた奴、みぃ~んな殺しちゃったわっ」


 キャハハハッと高音の笑い声と共に波動人形がしゃべっている。人にそっくりな音域だが、なにかを通して空間に響かせているような感じだ。


「あぁ~、早く見たいな、あなたの能力。とぉ~ても魅力的なんだって? 私、それが欲しくてわざわざ海を渡ってきたんだよ」


 口調やトーンから女性を彷彿させるが、波動人形の身体に性別は必要とされていない。だが、オレも含めて概念的にはあるといえばあるのだ。身体は○○、心は××みたいな表現の心の部分である。

 魂の波結晶は魂を保存したモノ。波動人形の魂は全て誰かの魂を保存したモノであり、存在しない魂を保存することは出来ない。

 だから、彼女も元は三百年前に栄えたオルゴノアの住人だった女性だ。


(人だった時の名前は確か『アイシャ』だっけか)


 波動人形は三百年経ってもああやって元気に稼働し続けられるとはとんでもない技術である。


「まぁ、ガセネタだったら、切り刻んで捨てるだけだけどね。あっ、そうだ、せっかく来たんだからこの島ぜ~んぶ、皆殺しにしていこうかしら。うん、そうしたら『あの方』も喜ぶよね」


 すこぶる無邪気に言っているが、内容が笑えない。


「ねぇ、あなたもそう思わない?」


 会話を盗み聞きしていたオレの緊張が一気に高まった。

 明らかにその言葉はニーアではなく、別の誰かに投げかけられていたからだ。

 誰かなんて決まっている、このオレだ。

 その証拠にアイシャは入り口付近で隠れるように立っていたオレの方を見ている。

 全長は二メートル弱とオレより少し低いくらいか。ゴツゴツした感じは一切なく、流線型を基調にした鎧というか、SFロボの外装のようなフォルムをしている。頭は小さく、胸部は前に出っ張った感じになっているのが女性の胸を彷彿とさせるが、まぁそれは波動炉を収納した影響だろう。

 剥き出しの背骨は共通だが、脚部がスラッとして長い。膝下から足首の間が人に比べて長いのだ。

 背中にはブースターのようなモノや、二枚の羽というか、機動スラスターのようなモノがあり、あれであの海を渡ってきたことが容易に分かる。

 とにかく、オレに比べて明らかに向こうの方が頑丈そうで、しかも豪奢で格好良かった。戦闘ロボとお掃除ロボくらいの違いだ。

 この緊迫した時になって、オレはシナリオの中でニーアが拉致された場所に転がっていた一体の波動人形を思い出す。

 ニーアのキャラクターシナリオはそのほとんどが過去を語る形式なので、このアンノウンの存在も研究機関に残されていた報告書によって知る形になっていた。

 だが、虐殺された当時なにがあったのかを書かれた報告書はなく、アンノウンの存在は知れたが、なんでアンノウンはアイシャの元に来て破壊されたのかは、ゲーム上では敵側のことなので詳細には語られず、分からずじまいだった。

 対峙したらそのまま破壊されるかも知れない。

 その考えがオレを萎縮させたが、だからといって、このまま隠れ続けるわけにはいかなかった。

 なぜならオレの目の前の画面に、偶に映るインターフェイスと共に危険表示が点滅していたのが見えたからだ。

 これは『ソォリジン』の戦闘アクションの際、敵が防御貫通の致命的一撃を与えてくるぞという警報のようなものである。

 つまり、オレは今ロックオンされ、動きしだいでは、アイシャが持つあの銃装槍ガンランサーに壁ごと穿たれて、終わる未来しかなかった。

 出てこいと暗に言っているのだ。大人しく出ていくしかない。


「なぁ~んだ、お仲間か。なんでこんなトコにいるわけ?」


 オレの姿を確認して、アイシャは警戒を解くような仕草を見せたが、気は抜けなかった。

 オレは推しの運命を変えるため、ここに来た。だから、いつかは目の前の相手に反旗を翻さなくてはならない。

 オレの認識が違うという淡い期待から、つい確認するようにアイシャの出っ張った胸部パーツの中央部分を見た。

 そこには小さな文字で『04』と印字されている。

 そう、彼女の識別ナンバーは『04』。あのニスラが製造したシングルナンバーの一体であり、クラスは『ミドル+』。つまり、性能はハイクラスに近く戦闘に特化した波動人形であった。

 そんな大物がどうしてこんな所にわざわざ来ているのか。それは、アイシャの性格によるものが大きい。

 彼女は好戦的で強い相手に挑み、それをねじ伏せることを悦とする戦闘狂である。自身が強くなるためなら波動人形の身体を改造することも躊躇せず、相手を倒せるのなら共振崩壊ギリギリまでパワーを出すことも辞さない。だからこそ、ニーアの情報を手に入れ、自らそれを確かめに来たのだ。もしその情報が本当なら、それを独占するために。

 

 それが、『共振ブースト』。

 

 サークレイ研究機関が行った実験で、偶然生まれたニーアの能力を下地に、彼女の死後、何度目かのバージョンアップで追加されたシステムだった。

 元となったニーアは相手の波動に合わせた波動を発することで、相互の共振を安定させ、その波動現象を何倍にもパワーアップさせることが出来る能力だ。

 本来は相手の波結晶を制御するために行われていた実験だったのに、蓋を開けたら増幅能力だったと来たら、そりゃあ、パワーアップに目がないアイシャが飛びつくのは想像に難しくない。

 だが、今の段階では不安定で共振ブーストできる確率は低く、まだまだ実験段階のはずだ。

 その後、アイシャがニーアを連れ去り、ニーアが心身共にボロボロになるまでテストと改良を重ねていった結果、共振ブーストは立証され、後のシステムとして確立する流れだった。

 だから、現状でニーアの共振ブーストへのプロセスを明確に知っているのは未来をプレイしているオレだけだ。

 最悪、今の段階で共振ブーストすれば、不意打ちだろうと初見殺しだろうと、シングルナンバーのアイシャを撤退させる一撃くらいは与えられるのではと思っている。


「もしもぉ~し、聞こえてる?」


 痺れを切らしたのか、少し苛立った感じでアイシャがオレに声を掛けてきた。


(まずい、返事しないと警戒が強まる。今はまだ様子を伺って他の可能性を模索せねば)


 共振ブーストはニーアを巻き込むので、できれば最後の選択肢にしたい。

 オレの目的はあくまで、ニーアを安全に逃がすことなのだ。アイシャと戦うことじゃない。

 ついARPGの癖で、戦って倒せば万事解決と物騒な発想をしてしまう。


(ん? ちょっと待て。どうやって外に声を発すれば良いんだ?)


 この土壇場でまさかの衝撃事実にようやくオレは気がつけた。

 今のオレは、生前当たり前のようにできていた会話すら、ままならなくなっていたのだ。

 確か『ソォリジン』はマルチプレイにも若干対応していたはずだ。しかし、テキストチャットかスタンプ、エモートくらいしかなく、ボイスチャットは実装されていない。

 ならばあるものだけでなんとかしようと、オレは今も偶に現れては消える安定しないインターフェイスの視界でテキストチャット欄を探そうとするが、すぐ消えるので探すのが難しかった。


(お、おおお落ち着け、オレ。なにか、なにかないのか)

「チッ、反応なしか。ナンバーもなさそうだし、私の波動に引き寄せられて来た思考も出来ない只の量産型ガラクタね。まぁ、こんな所に捕まってるんじゃ、その程度のモノか」


 オレが頭の中だけであたふたしていたら、アイシャは棒立ち状態のオレを見て、一気に興味が失せたようだ。


(アンノウンは波動に引き寄せられただけ? もしかして、さっきの問いかけに姿を見せなかったら、破壊されてたのか? もしそれが本当なら、お前、なにか伏線があるように見せかけておいての、なんたるモブ感だ)


 アイシャの解釈で、オレの思考はなんだか釈然としない真実に辿り着きそうになったが、それよりもコミュニケーションが取れないという真実に、どう向き合うのかの方が重要だった。

 そうなると、言葉巧みに相手を騙し、ニーアを安全に逃がすという選択肢が選べないのは痛い。


(いや、オレにそんなコミュニケーション能力なんてあるわけないだろ)


 自分の案に自分でツッコミ、悲しくなってくる。


(待て、そうなるともっと重要なことがあるじゃないか。アイシャとコミュニケーションが取れないならニーアにも取れないってこと?)


 実際会ってみないと分からない事実にオレはさらに打ちのめされる。


(もしかして、詰み? いや、そんなことはないはずだ。仮にアンノウンの運命がさっきので終わり、この後ニーアが捕まるシナリオだったなら、オレはすでに未来を変えたじゃないか。うん、我ながらポジティブすぎる考えだが、希望はまだある、はず)


 オレはなにか良い代案が浮かぶまで、とにかく時間を稼ぐしかなかった。


「あぁ~あ、つまんなぁ~い! 逃げずに立ち向かってくるナイトでも登場したのかと思ったのに、残念だったわねぇ?」


 微動だにしないオレを余所に、アイシャはどこかに隠れてこちらを見ているだろうニーアに呼びかけていた。動揺したのか、暗がりの中でなにかが動くのが見える。


「ふ~ん、そこかっ!」


 そう言ったかと思ったらアイシャが掻き消え、目的の場所に一足飛びで移動した。さすがナンバー『04』とんでもないパワーである。

 巨大な銃装槍が大きなコンテナを串刺しにし、アイシャはそれを軽々と持ち上げていた。


「みぃ~つけたっ♪」


 アイシャが見つめる先、壁に背をつけ怯えた顔をしている少女がいた。


 ニーアだ。


 漆黒の髪に瞳の色と同じブルーグリーンのインナーカラーが、コンテナを投げ下ろしてできた風に吹かれてなびいている。

 病弱そうな色白の肌、その要所要所に包帯が巻かれているのはおそらく実験の影響だろう。

 若干十四才のあどけない少女の鎖骨の上、首の根本付近に光るダイヤモンドカットの波結晶が半分露出していて痛々しい。

 その波結晶を中心に首から顎下、耳下付近、肩から鎖骨下窩まで、幾何学模様の光の線が広がるようにうっすらと浮かび上がっていた。


(あれが、共振ブーストの原型である波結晶。確か、ニーアがサークレイ研究機関に連れてこられたのが十一才の時で、アイシャに拉致されたのが十四才の時だったか。ゲームシナリオ通りなら、ここでニーアはアイシャに連れて行かれ、十六才になるまで酷い扱いを受ける中、ゲームプレイヤーと出会うんだっけか……)


 そして、ニーアはプレイヤーを守るため、アイシャを巻き込んで共振崩壊する。それがソォリジンのシナリオだった。

 思い出しただけで魂がざわつき出す。

 アイシャに見つかる前にニーアを見つけて逃げるという選択肢は完全に失った。

 となれば、ニーアを救うにはもう目の前の波動人形を足止めするか、退けるか、破壊するしかない。

 最終手段以外にこれといった策はない。だからといってこのままあんなに怯えているニーアを放っておくことはオレにはできなかった。


「なに、退いてくれる? 邪魔なんだけど」


 ニーアとアイシャの間に入ったオレを、うんざりしながらアイシャは話しかけてくる。

 邪魔だからと問答無用に叩っ切っていた研究機関の人達とは違って、一応オレはまだ仲間扱いを受けているみたいだ。

 だが、それも時間の問題だろう。オレが知っているアイシャは自分がしたいことを邪魔されるのがもの凄く嫌いなのだ。


(やばいな。待機モーションが堂々としているから、端から見たらアイシャのプレッシャーに動じず飄々としてるように見えるかも)


 そんなつもりはサラサラないのだが、オレの心情と身体は直結しているわけではないのでこういった齟齬が生じる。そもそもオレがさっきからイメージしているのはプレイヤーが操作する男キャラクターのモーションであって、アンノウンのモーションじゃない。なので人間味があって無駄に格好良かったりする。


(それをちゃんとトレースできてるってことは、関節の動きや連動する姿勢制御がしっかりできているんだな。もしかして、見た目シンプルだけど高性能なのかも)

「はぁ~……邪魔っ!」


 苛立ちが籠もった声でアイシャの腕が一瞬動く。オレは、ゲームでやっていた×ボタンとスティックを後ろに倒して回避するイメージを反射的にしていた。

 目の前の相手はゲーム内で苦戦させられたキャラクターの一人であり、その一挙手一投足を目に焼き付け戦った所為か、ちょっとした動きで反射的に回避行動をとる癖がついていたのだ。

 それが功を奏して、身体がイメージ通りにバックステップすると、さっきまでいた場所に槍が空を切っていった。

 斬られるというよりは、棒の部分でぶん殴られて横に吹っ飛んでいく感じだ。最悪、死ぬとまでは行かないが、それで壊れて機能停止していたかもしれない。

 内心焦りと恐怖で滝汗ダラダラのはずなんだが、身体は堂々と待機モーションし続けている。

 いや、さっきよりもっと酷くなって、オレのイメージが戦闘シーンの待機モーションになったため、ファイティングポーズに近くなっている。


(オレのバカ、回避から戻った体勢がゲームじゃこっちばかりだったんで、癖でイメージしてしまった。戦う気満々に見えるんじゃない、これ?)

「へぇ~……」


 避けられるとは思ってなかったのだろう。アイシャの声色が変わった。と同時に、頭部にデザインされた二つの眼のようなものが怪しい光を灯している。


(ま、まずい……)


 有無も言わさず、アイシャが素早く次の体勢をとった。


(素早い二段突き)


 その体勢に見覚えがあって、オレは反射的に右回避をイメージすると、槍先がオレの左肩を掠めていった。


(くっ、少し遅れた。回避行動中は無敵というのはゲーム内だけの話であって、この世界では適用されていないか)

「アハッ!」


 嬉々するような声がアイシャから発せられる。


(これだから、戦闘狂は……)


 戦闘狂に興味を持たれるのは非常に嫌なのだが、今のこの状況では好都合だった。

 アイシャの意識をニーアから遠ざけることに成功したからだ。


(今のうちにニーアがここから離れてくれたら、シナリオを変えられるかもしれない)


 だが、恐怖で足がすくみ動けないのか、それとも状況が今一掴めていないのか。考えたくはないが、シナリオの強制力によって留まらされているのか、とにかくニーアが動く気配はない。

 逃げろと声を掛けられたら良いのだが、未だにその方法が分からない。

 時間がなかったとはいえ、出たとこ勝負過ぎる自分に嫌気が差してくる。


(反省なら後でいくらでもするから、神様、現状を打破させてくれっ!)


 生前、神を信仰していたわけじゃないから誰に祈っているのか正直分かっていなかったりする。


「見せてよ、偶然じゃないってところをっ!」


 アイシャが新たな体勢を取った。


(連撃!)


 驚くほどに、アイシャの攻撃パターンはオレがゲームで見た通りの動きだった。


(もしかして、この世界では波動人形の攻撃パターンはゲームと全く同じなのか)


 だとすれば、敵キャラを倒すため、予備動作、攻撃パターンを頭にたたき込んだオレにはとてもありがたい話だった。

 予想外なことが起きない限り、オレがアイシャの攻撃を受けることはないが、一発でも真面に受けたらジ・エンドのような気がする。


「いい、いいよぉ! 楽しいねぇぇぇっ!」


 アイシャは当たらないオレに苛立つどころか喜び、楽しんでいる。


(オレは全然楽しくない!)


 ゲームの時は強敵と戦うのは楽しかった。何度も何度もトライして、相手の動きを見極め、勝った時の達成感は半端なかった。


(う~ん、改めて考えると、その心情ってアイシャと変わらないような気がする)


 だが、今は違う。何度も……なんてものはないのだ。それに、そんなことよりもやらなければならないことがある。

 と、オレは視界の端で壁伝いにヨロヨロと動く人影を見た。


(ニーア、オレの考えを理解してくれたのか。さすが、オレの推し!)


 推しとか関係ないが、これで逃げてもらえればチャンスはある。

 しかし、それが甘い考えだったことを思い知らされた。


「~~~~!」


 アイシャから聞き慣れない音が発せられると、ニーアの進行方向の壁が爆音と共に大きな穴をあけて砕け散ったのだ。

 なんと、アイシャはオレの目の前で止まり、そのまま槍の先端を変形させ銃形態にし、備え付けられた風の波結晶と共振して強力な空気弾を打ち出したのだ。

 オレからしたら、あさっての方向を見て槍を構えている状態は、無防備以外の何物でもなかった。


(チャンスッ!)


 今まで上手くいっていた所為か、自分ならできると思い上がった思考がいけなかった。

 武器を持っていないから徒手空拳しかないと、オレは主人公キャラが未装備時に繰り出す無手の攻撃手段を実行した。

 ベキッと鈍い音と共に、オレが繰り出した左ストレートはアイシャの身体に触れた瞬間、手首の関節部分がへし折れた。

 何事もなかったかのようにこちらを見るアイシャが冷ややかに見える。


「はぁ~、つまんない。避けてばっかりだから攻撃させてあげたのに……とんだ拍子抜けだわ」


 言葉が終わるやいなや、アイシャの槍が未だ繰り出した体勢のままでいるオレの左脇辺りを横薙ぎしてきた。

 オレは避けることができずクリーンヒットし、ボールのように綺麗に飛んで数回バウンドしながら、ニーアの横にあいた穴に衝突する。

 調子に乗ってしまった。

 オレとアイシャには歴然としたパワーの差がありすぎるのを忘れていた。

 先程は避けられたアイシャの横薙ぎに反応できなかったのは、それだけ自身の行動にショックを受けていたからだった。


(また、ダメなのか……生前、自分のため、応援してくれる周りの皆のため、頑張って、でも、自分でも気が付かないうちに死んでしまった。推しを守ろうと息巻いて、調子に乗って、結果、オレは破壊され、あの子は連れ去られていく。結局はシナリオ通りじゃないか)



 情けない。


 その言葉がオレの思考を淀ませていく。


「~~~」


 先程アイシャが発した聞き慣れない音に似た音が、細々とオレに伝わってきた。

 壁に少しめり込み項垂れたままのオレは、引き寄せられるように前を見る。

 そこには若干恐怖に顔を強ばらせているニーアの姿があった。

 離れていたことや微弱だったため捉えられなかったが、これが今のニーアの『声』だ。


(もしかして、オレのような得体の知れない波動人形を心配して声をかけてくれたのか……もし、そうだったらなんて優しい子なんだろう)


 人外の、しかも敵である存在にすら、優しさを向けられる。そんな彼女が好きで、推しだった。

 だから、異世界転生したと知った時、浮かれてしまった。

 自分を物語の主人公だと錯覚し、ゲーム知識を、未来のシナリオを活用すれば推しを守れると自惚れてしまった。

 その結果がこれだった。

 もっと数年前だったら、もっと余裕があれば、言い訳ばかりが頭を過るが、それでもオレには一つの揺るがない信念があった。


(それでもオレは推しを守りたいっ! 諦めたくない、主人公じゃなくたって良い! 推しに憧れ、推しを見守り、幸せを望む一ファンとして、彼女の運命を少しでも変えたいんだっ!)


 往生際が悪く、自分に言い聞かせるように叱咤すると、挫けそうになった魂が今一度震え出す。それに共振するように波動炉が唸りを上げ、オレは立ち上がった。

 今まで以上の出力と先のダメージもあり、共振崩壊に耐えられず、オレの身体には小さなヒビが入り始めているのが分かる。


(このままじゃ強度が足りず、共振崩壊するかもしれないな……)


 そして、もう一点分かったのは、波動炉の出力が上がったおかげでオレの視界のインターフェイスが安定し始めたことだった。

 やっと見えた耐久値バーは半分以下。ミリ残しじゃなかっただけマシだが、共振崩壊の所為で今もジワジワ減っている。そして、その下に文字を入力するチャット欄があった。


(あぁ、そういえばここにあったか。全然使わなかったから忘れてたわ)


 なんとなく欄を見ていたら、近くにいたニーアの口から例のよく分からない音が聞こえてきたので、欄を視界の片隅に置いて彼女を見る。


(推しを助けるために、推しを利用しようなんてファン失格だよな。共振ブーストして貰おうなんて思ってごめん。でも、アイシャは差し違えても止めてみせるから、キミはその隙に逃げて欲しい。幸せになって欲しいから)


 まぁ、伝わらないけど最後の言葉として、彼女に送っておこうとオレは柄にもなく思ってしまった。

 半分意識がニーアを見ていたせいで、視界の端で起こったインターフェイスの変化に気が付かないまま、オレは彼女を守るように前に出た。


(うん、こういう時、堂々と立っていられるのはオレ的にも心強いな)

「ふぅ~ん、まだまだやる気満々みたいだけど、そんなに共振してたらすぐに崩壊するんじゃない? まぁ、あたしも飽きちゃったし、良いか」


 完全に興味を失ったアイシャはいらなくなった玩具を冷ややかに見るように光る目が細まる。

 すると、彼女の背中の二枚のスラスターがまるで羽を広げたように広がった。そこまでは知っていたが、異様に長かった両足の膝下からの装甲もパカッと開き、骨格のような状態になったのには驚いた。さらに、その部分が半分辺りで逆くの字に折れ曲がるように変形した。


(逆間接、だと。まさかオレの知らない隠し要素。そういえば、アイシャは改造を厭わな――)


 オレの思考が途中で止まる。

 アイシャが攻撃を仕掛けてきたからだ。

 慌てて回避行動を取ろうと思ったが、重力を無視したようなトリッキーな空中での動き。瞬時に上がる初速スピードの異常さと常識外れの軌道にオレの思考は付いて来れず、危険信号が表示されても対処できなかった。


(これは回避できる動きじゃない!)

「バイバァ~イ♪」


 衝撃と共にオレの視界が一回揺れた。そして、アイシャが持つ槍がオレの胸に刺さっているのを理解したかと思ったら、引き抜かれ、同時に、循環と内部の耐久構造が安定しなくなって共振崩壊が加速する。


(くそっ、急所はギリずらせた感じか。久しぶりに初見殺しを喰らった気分だ。まさか容赦なく全力でオレを叩き伏せに来るなんて。でも、動きは理解した。次こそは……ってバカッ、次なんてないんだよぉっ! この世界はっ!)


 まだゲーム感覚を捨てられない自分に怒り、それが魂を震わせる。皮肉にも波動炉はそれに呼応して共振崩壊が止まらない。


(倒れるな、オレの身体! せめて、なにか、ニーアが逃げられるようななにか一撃をっ!)


 なんとか立て直そうとしたのに、共振は意識までも揺らし、片膝をついて、ゲームオーバーのモーションを取り始めた。

 すると、オレの視界に小さな手が映り込んでくる。

 オレが倒れそうになっているのを必死に支えようとしてくれているのだろうか。


(逃げなかったのか……いや、オレの言葉は伝わってないし、あんな短時間で逃げられるわけないか。こんな大きな身体をその小さな身体で支えようとするなんて……あぁ、守りたかったな……)


 そして、オレは気が付いた。

 見る見る落ちていく耐久値バーのその下にあったチャット欄に小さな文字列が表示されていることを。


【諦めないでっ!】

(なんだ、この文字列は)

【共振ブーストって、なに?】

(これは……誰かがオレにチャットしてる?)


 共振崩壊の所為でオレの判断能力が低下し、只チャット欄を見続けながら問われたことを考え始めた。


(共振ブーストは相手の波動に合わせた波動を別のモノが発し、その者の共振率をより安定させ増幅し、波動現象をパワーアップさせるシステムで、今はニーアの『声』でしかできない)


 驚くことにチャット欄に意識を向け続けて考えたものがそのまま文字となった。

 インターフェイスが安定したからこその気づきである。微睡みだした意識の中、オレはこれが差出人に届けば良いなと思った。


【なるほど、相手の波動ね。やってみる】


 返事がきた。

 今、オレの中でなにが起こっているというのだろうか。


「~~~~~~」


 理解が追いつかず、意識だけはしっかり持とうと努めていたオレの近くで、先程から聞こえてきていたあのよく分からない音が、はっきりと伝わってくる。


(これは……あの子の波動こえだ)


 オレが発する魂の波動とニーアが発する声の波動が交差し、彼女の波動が寄り添うように重なっていく。


(あぁ、心地良い……推しに寄り添われ、その優しさに包まれるなんて……ファンとして恐れ多いことだが、このまま天国に行っても良い気分だよ)


 今ここで、本当に天国とやらに行くべきじゃないのは分かっているのだが、外部からの干渉で共振が安定し増幅される感覚に嫌悪感はなく、むしろ高揚感が半端ない。

 今の自分ならなんだって出来るのではと気持ちが大きくなり、周囲への注意が散漫になったところで、視界の端に一瞬表示されたメッセージをオレは見落としていた。


 ―― PROJECT SORIGIN 接続 成功 ――。



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