Ver.2.2
ルルカは研究都市と呼ばれる『ミショルド』で指折りの波動技師である。
十四才でミショルドが設立した学園に入学し、十七才で主席卒業をすると、そのまま研究員となって波動人形について研究に没頭し、十八才という若さで教授と研究科長にまで上り詰めた才女だ。
ルルカは学園に入学する前からその天才っぷりを発揮していたが、それには理由がある。
彼女の両親がサークレイ研究機関の人間だったのだ。
両親は波動人形に自分達の人生を賭けていた。
その思想は波動人形を知り、自分もそこに至るというものだった。
サークレイ研究機関が分裂した理由の一つにある波動人形に魅入られ、自分も波動人形になろうとするグループに両親がいたのだ。
幼い頃から英才教育を受け、親の歪んだ性質を刷り込まれたルルカが、親と同じ道を歩み出すのは想像に難しくなく、いつしか知識も技術も親を凌駕するようになった。幸いにも性質面では親ほど狂ってはいなかった。
そんなルルカを狂わせたのが、学園で研究に明け暮れていた時、ミショルドで起こった波動人形による襲撃であった。
襲撃したのは『ラルフ』と呼ばれる波動人形だ。
シングルナンバー『05』クラス『ミドル+』の彼が単騎でミショルドを攻めてきた時、研究都市が用意していた防衛網は悉く突破され、内部に潜入したラルフは地下深くで誰にも知られず研究に没頭していたルルカのところまで行くと、問答無用に彼女を『断罪』した。
ルルカがしていたこと、それは多くの波動人形の分解だった。特に波動人形の命とも言える『魂の波結晶』と『波動炉』を重点的に研究していた。
人からしたらそれがどうしたと思うかもしれないが、波動人形からしたら許せるモノではなかったのだろう。
その時、ルルカは両腕を斬り飛ばされ、ラルフはまだかろうじて残っていた波動人形達と一緒に帰って行ったという話がある。
(まぁ、これはミショルドでは極秘情報で、特定の人間にしか閲覧が許されていない情報なんだけどね)
おまけにルルカの研究データーは、研究都市にとってとてつもなく貴重なもので、そのおかげで彼女は謹慎だけで済まされ、後に教授へと上り詰めている。
一命を取り留め、波動人形の技術を応用した義手となったルルカは波動人形への絶望や憎しみ、恐怖では無く、なぜか内に秘めていた親と同じ性質を開花されてしまった。いや、親以上といっても過言では無い。
それは、波動人形を『愛し』、自分も波動人形になるということだった。
で、それを踏まえて今に戻ると……。
「あぁぁ、ノウンがいけないのですよ……そんな逞しい身体で私を包み込んでくれるのですから……はふぅ、波動人形に抱きしめられるなんて……こんな経験初めて……」
オレの腕の中でルルカはうっとりとしながらこちらを見上げていた。
(マズい……ゲームでは人だったから、ルルカの対象に入らず、普通に頼りになる知的お姉さんだったけど、今のオレは波動人形だから、彼女の守備範囲に入っていることをすっかり忘れてた)
オレがルルカを見て、なにか引っかかっていたのはおそらくオレを見る彼女の目が普通じゃ無かったからだったのだろう。
現代風に言うとメカ好きの美女が自分が作った物に愛情を注いで、愛おしそうに振る舞うその行動も、プレイヤーの場合、困った奴だと他人事のように見ていられるが、今のオレは客観的に見れる側では無く、愛でられる側であった。
そこまでだったらオレも「いや~、照れるな~」くらいになれたかもしれないが、ルルカの場合、その愛は歪んでおり、対象の全てを隅々まで知りたいという欲望に駆られ、分解、人で言う解剖をしてくるのだ。
分解という恐ろしいワードに、オレは身の危険を感じてしまい、ルルカから離れようとしたが、彼女の義手ががっちりとオレを掴んで離さなかった。
(な、なんちゅう力だ。本気出さないと振り解けなさそうだぞ)
「あぁ、逃げないでください。大丈夫ですよ、痛いのは最初だけですから……」
艶めかしい光を瞳に宿し、ルルカは囁くようにオレにそう言って、共振音を発すると、義手に埋め込まれていた波結晶が共振して、ガシャガシャと音を立てながら彼女の片方の義手が変形する。
なにやら怪しい工具が露出してきて、今までにないくらい恐怖を感じるオレがいた。
(怖い怖い怖い! その恍惚とした表情もその義手も、なにもかも怖すぎるぅぅぅっ!)
「どうしたの、ノウン! 大きな音がしたんだ、け、ど?」
洞窟蜥蜴との戦闘音を聞きニーア達も駆けつけてくれたようだが、なぜかオレとルルカを見て固まっていた。
ニーア達から見たら、ルルカの義手が変形し、怪しい工具を露出させてオレに迫っているという奇妙な構図だろう。
「【ノウンから離れてっ!】」
コハルの声とオレにしか届かないニーアの声が被り、二人してオレからルルカを引き剥がしにかかる。
(た、助かったぁぁぁ)
波動人形のくせになにもできなかったオレとしては情けないことだが、心底安堵している。
そんなオレを名残惜しそうに見ながら、ルルカは二人によって引き離されると、コハルが犬の威嚇のごとく彼女とオレの間に立って唸っていた。
ニーアはそんなコハルを宥めつつ、ルルカを警戒する。
「……教授、なにがあったのですか?」
「いえ、洞窟蜥蜴に襲われたところを彼が守ってくれただけです」
オレ達の様子を見ていた冒険者達がルルカに聞くと、彼女は先程の発情、もとい、恋する乙女モードなどなかったかのように、冷静沈着な教授といった感じで対応していた。
(切り替え、早っ!)
「えっ、波動人形が教授を守った?」
心の中だけでオレがツッコミを入れる中、信じられないといった顔で冒険者達がオレを見てくる。
「ええ、ギルド長が言うことは、どうやら嘘では無かったようですね。彼は命令とかそんなものもなく、自発的に私を守ってくれました」
「そ、そんなことが……にわかには信じられないが……」
冒険者達が再びオレを見てきて、なんとも居心地の悪い気分であるが、これが波動人形に対しての普通の反応なのだと割り切るしかなかった。
「しかし、洞窟蜥蜴とは厄介だな。新人を連れての調査はここまでにして、ギルド長に伝えに戻りましょう」
自分達の仕事はここまでだと早々に調査を打ち切って冒険者達は戻ろうとするが、ルルカはそれに難色を示していた。
「いえ、私としては、あらゆる状況での彼の行動を検証したいので、このまま洞窟蜥蜴を殲滅に向かって欲しいのですが」
「じょ、冗談じゃない! この人数で洞窟蜥蜴と戦うのだって大変なのに、波動人形と一緒に戦うなんてできるわけないだろ! 寝返って背中から襲われたらたまったもんじゃないっ」
ルルカに対しては紳士的だった冒険者も、ことオレに関係することになると許容できないらしく、言葉使いも荒くなる。
冒険者の言い分にコハルがムッとした顔をすると、その度にオレは申し訳ない気持ちになってしまった。
オレは「そんなことしない」とニーアにタブレットで伝えてもらったが、声も出ない、表情も作れない、誠意も熱意も感じられない作り物のオレからはなにも伝わらないようで、冒険者達の固定観念を打ち砕くことはできなかった。
(だったら、行動で証明するしかないな。オレ一人で洞窟蜥蜴の討伐クエストを遂行してルルカ達には遠くで見ててもらうというのはどうだろうか?)
思い立ったら即実行とばかりに、オレは洞窟蜥蜴が駆けていった道を歩き出す。
「あっ、なるほど、先輩方には頼らず、私達で討伐するところを見てもらうんだね。さすが、リーダー、分かってるぅ」
オレの動きを見て、コハルが察する能力を発揮し、後ろに付いてきた。
(いや、違うよ。なぜ、こういう時だけ察する能力が空振るんだい?)
しかも、コハルの言動を見て、止めるどころかニーアとルルカまで付いてくる始末。
【違う違う。オレ一人で行くから、皆は安全な場所まで下がって見ていてくれ】
これはマズいと慌ててオレはニーアにチャットを送ると、彼女はいつものようにタブレットで……。
(ニーア。なぜタブレットを出さずにオレを見たままニッコリしているんだ?)
ニーアしかオレの言葉を受け取ってはくれないので、オレの発言を皆に伝えるのは彼女頼みだったが、オレはここで恐ろしいことに気が付いた。
(あれ? もしかしてオレの発言権ってニーアが握っている?)
不穏な考えを拭い去り、オレは立ち止まると、皆の方を見て首を横に振るエモートをする。さすがにこうすれば、疑問に思ってくれて、オレが言いたいことを察してくれるはずだ。
「どうしたの、ノウン? 大丈夫、道は間違えてないと思うよ」
(ちっがぁぁぁう! 一本道だから道を間違えるとかないだろぉっ! なんで急に疎通できなくなった? コハルまで、わざとやってないか?)
今まであれだけ精度の高かった察してくれる能力が急にポンコツになってオレは訝しむ。
と、甲高い叫びというか、咆哮というか、そんな大声が向かう洞窟の奥から響いてきた。
「おっ、仲間を連れて来たようね。でも、三匹程度でこの私達の相手なんて、務まるわけな、い……」
暗い洞窟の奥から爬虫類特有の瞳が三体分見えて、コハルが武器を構えると、その瞳がどんどん増えていった。
「キモッ!」
洞窟の壁や天井にまではびこる多数の洞窟蜥蜴のミッチリ感にコハルは鳥肌を立てて悪態を吐く。
その瞳達は柔らかそうなお肉に見えるのだろうか、オレの後ろにいる女性陣達をロックオンし続けていた。そして、かなり腹が空いていたのか、久しぶりの餌だと言わんがごとく涎をまき散らし、叫びながら一斉にコハル達へと飛びかかっていく。
「いやぁぁぁ、顔がキッショッ!」
(推しへのお触りはご遠慮くださいパァァァンチッ!)
一斉に飛びかかってくる迫力に少し引き気味でコハルは剣を、ニーアは弓を構える中、オレは皆を守るため前に飛び出し、その身でダイブしてくる蜥蜴共を受け止めると、その大きな両腕を駆使して殴り倒していく。
なぜオレが徒手空拳の戦闘モーションなのかというと、冒険者達が同行する条件としてオレに武器を持たせないと言ってきたからだ。
元々調査だけだし、ファイス周辺の序盤の敵など、アイシャやあのカイコガのセンチネルに比べたら雑魚も良いところだと考え、了承してしまった結果である。
(まぁ、戦闘はある程度覚悟していたから良いし、相手が洞窟蜥蜴ならなんとかなるのだが……)
「あの洞窟蜥蜴の攻撃を物ともせず、いえ、まったくのノーダメージで殴り倒していくなんて。彼、素敵だわ」
想定外と言えば、オレにとって後ろから聞こえるうっとりとした声と、ゾワゾワする感覚の方が洞窟蜥蜴より怖かったりする。
「はいはい、ルルカさん、危ないから下がって、下がって。あと、ノウンを変な目で見ないでくれる」
「変な目とは失礼ですね。私は彼の観察をしなくてはいけないので、もっと近くで見させてくれないとって、ちょっと、ニーアさんまで」
(戦闘中になにをしているんだ、あの二人はって、あれ? ニーアまで参加してルルカを遠ざけようとしてないか?)
オレの意識が後ろにいった隙を突いて、厄介客、もとい、洞窟蜥蜴数匹がオレの横を通過してしまった。
【すまない、ニーア。そっちに行かせてしまった】
【大丈夫だよ。取りこぼしは私達に任せてっ!】
オレのチャットにニーアが声で答え、波動具の共振音が洞窟内に響く。
すると、オレを通り抜け、彼女達に迫っていった洞窟蜥蜴達は、稲妻の矢で頭を木っ端微塵に吹き飛ばされるモノ、燃える剣で切り刻まれ黒焦げになったモノが量産されていった。
おちゃらけているように見えたが、ちゃんと警戒はしてくれていたようでホッとする反面、二人が使う波動具の火力が想像以上に高いのに驚きを隠せないでいた。
プレイヤーが操るコハルは、周囲と違って波動具の扱い、特に波結晶との共振がとても上手いため、その力をかなり引き出すことができていた。
そう考えるとコハル以上に共振に長けているニーアが波結晶の力をもの凄く引き出すのは当然といえば当然なのかもしれない。
(あれ? もしかして、二人ってば将来的にはオレより強くなったりするのかしら?)
「ノウンの後ろは私達がしっかり守るから気にせず突き進んでっ!」
二人がなんの苦もなく次々と蜥蜴達を屠っていく姿を見て、とても頼もしく思えるのだが、その内オレの方がお払い箱になるのではないかと思えてならない。
驚愕しているのはオレだけじゃなく、出遅れて後方で見学する形になってしまった冒険者達も驚きの顔で二人を見ていた。
「波動人形を支援して戦うなんてこと事態驚きなのに、あの洞窟蜥蜴を難なく倒せているだと。教授、あの子達は一体?」
「はぁ~、素敵ですわ、あのボディ。量産型だなんて絶対に嘘ですね、あぁぁ、分解してあの人の全てを調べたいです……」
お互い視点が違うので話が噛み合っておらず、更にルルカに至ってはもう自分の世界にドップリ浸かっているので、関わり合いたくないのか、冒険者達もこれ以上ルルカになにかを聞くことはなかった。
(いや、そこは諦めずにルルカの考えを改めさせてくれ。もう、ほんとに……まさか、味方側から身の危険を感じなくてはいけないなんて……)
オレは届きもしない願いを冒険者達に向けると、その後ろ、岩壁に亀裂が入っていくのが見えた。
(なにか来るっ!)
思わず目の前の洞窟蜥蜴をニーア達に任せて、オレはルルカ達の方へと駆け出した。
「なっ、こっちに来たっ! やっぱり波動人形なんて信用なら――」
オレが襲いかかってくると思ったのか、冒険者達が武器を抜いて構えると、後方の岩壁が勢い良く破壊されて崩れ落ちていく。
「な、なんだ?」
状況が掴めず挙動不審になる冒険者を余所に、オレは彼らを通過して、開いた穴の前に立つと、そいつが姿を現した。
そいつは巨大な洞窟蜥蜴で今までが小型恐竜なら、目の前のは大型恐竜並みだった。
しかも、その胸には大きな波結晶がうっすらと光っているのが見える。
(洞窟蜥蜴のセンチネルだと……確かにゲーム内で存在したけど、出会うのはここじゃなくてもっとオルゴノアに近い島だったはずだ。運命め、またやりやがったなっ!)




