Ver.1.8
(恥ずかしい……あぁぁ、恥ずかしい)
あまりの恥ずかしさに穴があったら入りたいどころか埋まりたい気分だ。
お風呂に入るから恥ずかしいとか、そういうのではなく、先程までのオレの思考が恥ずかしいのである。
(ぐおぉぉぉぉぉぉっ! オレのバカ、バカ、バカ! なにを考えていたんだぁぁぁっ!)
ニーアとの会話を思い出し、オレは意識だけ器用に悶絶した。
考えれば確かにそうだった。
衣食住を必要としないとは言ったものの、あれだけの死闘を繰り広げ、ここ数週間、復興の手伝いやらなんやらでオレのボディが汚れないわけがなかった。
肌へのベタつき感覚が無い所為もあってオレは無頓着になり、お風呂キャンセル数週間を記録してしまっていたのだ。
(もしかして、臭う?)
スンスンと自分を嗅ごうとしたが、如何せん、今のオレにはそんな器用なことはできなかった。
(くっ、心優しいニーアはそこら辺をやんわりと隠して提案してくれていたんだろうに、オレという男はなにを勘違いして……あぁぁぁぁぁぁっ!)
考えれば考えるほど穴があったら以下同文。
いっそのこと、今いる裏庭の土を掘って埋まってしまおうかとオレは地面を眺める。
最初は風呂場でということだったが、オレが予想より大きすぎて天井に若干の余裕しかなく、洗うとなると狭いということが分かり、しかも二人と一体となるとなおさら狭すぎたため、急遽裏庭でお掃除されることになったのだ。
なので、コハルは自分の家へ波動具を洗う用具を取りに戻っている。
自分で洗えれば万事解決なのだが、如何せんそんなエモートは見当たらなかったので断念せざるを得なかった。
(まぁ、ゲーム内でも自分を洗うなんてものはなかったし、仮にできたとしても、ノウンの構造上できるとは限らないしな)
そもそも論、自分でゴシゴシと洗う波動人形なんて端から見たらシュール過ぎて怖いだろう。
「お待たせぇっ! 準備できたわよ!」
心の中だけでしょんぼりしていたオレの前に元気溌剌なコハルが立つ。その姿はさっき来た時より薄着になっているが、おそらく濡れるのを想定してのことだろう。
(誰も来ないとはいえ、うら若き乙女が、そんなはしたない格好してどうなんだろうね)
「ほら、ニーアもなんで恥ずかしがってるのよ」
そう言って、コハルは裏庭と家を繋げる扉の影に隠れていたニーアを引っ張り出してきた。
(ニ、ニーアも薄着になっているだとぉっ!)
コハルの時はなんとも思わなかったが、推しの姿を見て、オレは性懲りもなく再びドギマギし始める。
(落ち着け、オレは波動人形、オレは波動人形、オレは波動人形……)
十四才の子供とは思えないプロポーションだということが判明したニーアに対して、オレは念仏のように唱えながら心頭滅却する。
だが、それですぐに落ち着ける程、オレは高尚な存在では無かった。
さらに、なぜかニーアもニーアで出会ってからずっと、先程のようにオレに対しての接し方が、波動人形という異種に対してではなく、人と接するのと同じ、というか、異性に対して接するような素振りを見せているような気がして、ついついオレも人の頃の自分がしゃしゃり出てしまう。
(いや、考えすぎか? ニーアは誰にでも優しく平等に接しているだけかもしれないじゃないか。考えすぎ、考えすぎ)
「おりゃぁぁぁぁぁぁっ!」
邪な心に活を入れるようにコハルが汲んできた水をオレに向かって勢い良くぶちまけてきた。
人の身ならこれでオレの心も引き締められる思いをするのだろうが、残念ながらガラス越しに水を掛けられたみたいな感じになって、オレにはなんの効果もなかった。
(あ~、この感じ、子供の頃、親の車の中で自動洗車される光景を眺めていた時に似てるな~)
波動人形だって言ってるのに、人の頃の自分の記憶に浸ってしまうダメなオレに面白がって何度も水を浴びせてくるコハル。
「あはははっ! なんか楽しくなってきたぁっ!」
(はしゃぐな、はしゃぐな。水が飛び散ってそっちまで濡れているだろ。というか、なんでそんなに水があるんだ?)
不思議に思って周囲を確認してみれば、ニーアがなにやら共振音を発してコハルが持ってきた先端が筒状になっている箱のような波動具から水を生成しコハルが持つ桶に向かって何度も放水していたのだ。
「いや~、ニーア様々だよね。サークレイからパクッてきたけど起動するための共振音が分からなかったから助かる~」
(助かる~じゃないよ、人の推しを便利アイテムみたいに利用しおって)
文句の一つでも言おうと思ったが、コハルにはオレの声が届かないので意味がなかったし、よくよく考えたらオレだってニーアの共振ブーストを利用していたので文句を言える立場ではなかった。
「ほらほら、ニーアもやってみなよ」
言われてニーアは恐縮そうにオレの後ろに回ると、用意していた脚立に乗り、背中を優しく、ゆっくりと先程の波動具を器用に使って洗い流し始めた。
(どこぞのわんぱくガールとは大違いだよ)
オレはさすが我が推しだと誇らし気にコハルを見てみれば、オレの視線に気が付き、さらにはオレが思っていることを察したのか、ふくれっ面をする。
「はいはい、どうせ私はがさつだって思っているんでしょ。よく言われるわよっ!」
そこまでは思っていないが、何にもないオレの顔でそこまで察するとは、さすが主人公と言うべきだろうか。
(ゲームで偶にある無口主人公に対して、周りの理解力が高いのって、いざ当事者になると本当に助かるな~)
コハルが八つ当たりのように、洗剤のような物が入っていた桶の中身をオレにぶちまけてくると、持ってきたブラシで思いっきりボディを擦ってくる。
だが、そんなことも気にせずオレはどうでも良いことに感動していた。
ついでに、ニーアがずっと背中に回ってくれているおかげでドギマギ感が薄まってきたのは非常に助かっている。
最後にコハルはこれでもかと再び水を勢い良く掛けてきた。
「あっ、ごめんごめん、ニーア。掛かっちゃった? ところでニーアはなんでブラシじゃなくてそんな間近で、しかも布で拭いてるの?」
一通りオレへの八つ当たり(?)に満足したコハルが背中にいるニーアに声を掛ける。
「へ? 背中を流すって言ったらこうだって私のお母さんから聞いたって? 特に思い人だばばばばばば――」
コハルがニーアのタブレットを読んでいたのだろうが、なにかを言い終わらないうちにオレの後ろから勢い良く放水されて、言葉が途切れた。
【ニーア……殺傷能力がないとはいえ、無闇矢鱈と波動具を人に向けちゃダメだぞ】
【ごめんなさい……】
普段ならそんなことしないのに、ニーアは自分が書いた内容を、コハルが口に出すとは思ってもいなかったのか、それを止めたくて思わず持っていた波動具を使ったみたいだった。
おかげでコハルはずぶ濡れの子犬のようになってしまい、薄着だった所為で肌に布が吸い付き、うっすらと中が透けて見える。
と、コハルの胸にあるべき布が無いように見えてオレは焦った。
(いや、確かに今のコハルはそのぉ、小ぶりというか慎ましいというか、発展途上ではあるが、さすがに下着を着けていないはないだろう)
とはいえ、凝視するのも失礼かと思い、オレは慌てて視線を横に向けると、当たり前だが頭も動き、ムニュッとなにか柔らかい物にぶつかった。
「~~ッ!」
短くか細い音が聞こえてくる。
背中に密着していたニーアがコハルと会話しようとタブレットを彼女に見せる為、オレの肩から身を乗り出していたようだった。
おれの画面、というか視界に高精細でニーアの脇から下のとある部分がアップになっていたが、すぐに離れてくれたため周囲が見えるようになった。
改めてニーアを見ると、顔をほんのり紅くし、コハルに向けていた水の波動具を持っている腕で胸を隠すようにしているのが分かる。
(つまり、今オレの顔が当たったところって)
ついつい視線がニーアの隠している胸にいってしまった。こちらも少し透けているのが分かるが、コハルの件があったためちゃんと下に布があるのを確認できてホッとする。
「おやおや~、ノウンってば、ニーアのお胸が気になるのかにゃ?」
ガン見してしまったのだろうか、無口キャラに対して察し能力が高いのは助かるのだが、こういう時はあまり発揮して欲しくなかった。
コハルの言葉にニーアは、どういった反応をして良いのか分からないらしく、恥ずかしそうに戸惑い続ける。
【ち、違うんだ、ニーア。コハルがそのぉ……ブラを着けていないのが見えて、これはあまり見ちゃいけないのかなと思って顔を背けたら、偶々当たっただけで、わざとじゃ無いんだ。ホント、ニーアのを触ろうとか見ようとかこれっぽっちも思っていないからさっ!】
長文で要らんことまで書いた文章を確認することなく、オレは焦って送ってしまう。
すると、ニーアの戸惑いがスンッと収まるのが見え、安堵したいところだが、なにか違うような気がしてならなかった。
「なになに、どうしたの? ノウンがなんか言ったのかしら、教えて、教えて」
ニーアの変化に興味本位からコハルがまた茶化しにくると、ニーアはタブレットに文字を書いて、なぜかオレにも見えるように見せてくる。
【ノウンって透けたコハルの胸に興味があるんだって】
(なんでそうなるのぉぉぉ?)
少しむくれた感じでニーアがそんなことを書いてきたので、オレは再び焦り出す。
(そんなことを言ったらコハルがまた『あれ~、キミってば、波動人形のくせにい~やらし♪』とか言ってからかわれて、ニーアからさらにドン引きされてしまうじゃないか)
オレはなんと弁明すれば良いのか考えながらコハルに対して身構えていたが、一向に返しが来なかった。
(コハルさん?)
あれ? と思ってコハルを見てみれば、彼女は自分の透け具合を確認した後、顔を赤らめ、恥ずかしそうに胸を隠しながら非難するような瞳でこちらを見てきた。
「ノ、ノウンのエッチ……」
(え、あれ? なんか思ってたんと違くない? お前はオレを波動人形として、別の存在のように扱ってくれていたじゃないかぁっ! なんでニーアみたいな反応しているんだ? どうしたんだ、コハル!)
オレが人のように扱うニーアと接していても波動人形であることを忘れずにいられたのは、コハルがオレを人として扱わないところがあったからだった。
(オレをからかってるんだよな? 波動人形がなにオロオロしてるんだってニンマリと笑うんだよな、なぁ、そうだと言ってくれ、コハルゥゥゥッ!)
当たり前だがオレの叫びはコハルに届いておらず、いつまで経っても彼女はオレが期待したような素振りを見せてはくれなかった。
もしかして現状、二人の乙女がオレに対してむくれたり、恥ずかしがったりしているだけになるのだろうか。
こんな展開は想定外過ぎて、どうすれば良いのか正解が分からず、オレはとにかく土下座して謝るという選択をしてしまう。
【すみませんでした!】
「あっ、こらぁ! せっかく洗ったのに土が付いちゃうじゃん」
コハルに言われて、慌ててオレは立ち上がり、今度はお辞儀エモートで謝罪をする。
「おいおい、裏庭でなにをやっているんだい?」
二人のうら若き乙女の前で頭を下げている波動人形という異質な光景を目の当たりにしながら、一人の女性が声をかけてきた。桜色の髪の毛が相まって、どことなくコハルを大人にしたらこうなるんじゃないかと思えるような美女だ。
「あっ、お母さん」
コハルがその女性の方を見て、声を掛ける。
そう、彼女の名は『アンナ』。コハルの母親である。
(待って。コハルの母親か~……小悪魔側になるのではと心配になってくるのはなぜだろう? 大丈夫だよね?)




