Ver.1.6
ニーアの視点です。
それは、女性の声で嬉々しながら人々を殺していく波動人形だった。
その姿に私は彼の時とは違い恐怖した。
慌てて部屋から出され、彼を置いていくのは嫌だったが、標的が自分だと知って、私は離れることを選択する。
そして、私は自分が標的ならと囮となって皆から離れた。
大人達になんの感情もないのに、犠牲を少なくできるならとつい身体が動いてしまう自分がまだいることに驚いてはいたが、これは私にとっても好機だった。
(このまま逃げて、逃げて、また彼のところに戻ろう。そして、そのまま二人一緒に外へ……)
だけど、そんな願いは叶わなかった。
私は、捕まった。
波動人形は私になにかを求めてきたけど、興奮しているのか説明が下手なのか、言ってることがよく分からず、私はただ怯えるだけだった。
それが気にくわなかったのか、私を痛めつける波動人形。
(誰か、助けて)
そう願いながらも私は傷ついた身体を起こす。
と、私の視界の端に誰かが近づいてくるのが見えた。
彼だった。
(動いたんだ。私を助けに来てくれた)
嬉しかった。泣きたいくらいに……。
だけど……。
彼は私を見ていなかった。
彼が見ていたのはここに来た波動人形の方だった。
そして、たどたどしくなにかをしゃべっているけど、ショックのあまり、私は聞こえなかった。いや、聞くのを拒絶していた。
だから、その波動人形が躊躇いながらも彼の首を落としたのには驚愕を通り越して、絶叫した。
うるさいと、波動人形が私を痛めつけてくる。
そして、良い実験材料だわと言って、私を掴み上げるが私にはもう抵抗する気力がなかった。
最後に、光を失う私の瞳に映ったのは、落ちた頭から波結晶を取り出されていく彼の姿だった。
(……夢……)
うっすらと瞳を開けて、コハルの家の天井をニーアは見上げていた。
ふと、自分の右目に一筋の涙が零れ落ちていることに気が付き、ニーアはそこに優しく手を触れてみる。
(どうして、泣いてるの?)
まだぼやけた意識でニーアは思ったが、おそらくそれは夢の所為だったのだろうと考え、その夢がなんだったか思い出そうとする。
(……思い出せない)
思い出そうとすればするほど、夢は泡沫のように消えていった。
なのに、彼が私を見ていなかったというビジョンだけがニーアの頭の片隅に残っている。
それを思い出すと胸が締め付けられて苦しくなってきた。
(……違う。そんなことない。彼は私のために来てくれた)
それを確かめたくて、ニーアはベッドから起き上がると、そっと窓を見る。
辺りはすっかり暗くなり、月明かりだけがこの町を照らしていた。
コハルの家は二階建てで、仕事部屋が主に一階にあり寝室は二階という構造である。
ニーアは立ち上がり、窓からそっと外を見下ろすと、そこには月明かりに照らされた波動人形が一体、ここを見張るように立っていた。
それを見た瞬間、ニーアの中にあった悲しい気持ちと胸の締め付けが解されていく。
あの日、あの時、波動人形の襲撃に彼は助けに入ってくれた。
それがとても嬉しかった。
そして、彼の声を聞けた。
やっと会話ができたのだ。会話方法が他の人とはちょっと違っていたが、それは却って特別感をニーアに与えてくれた。
なにより、彼はとても優しそうな声でニーアの事をなによりも大切に思い、自身を賭して守ろうとしてくれたのだ。
(だから、どんなに苦しくても彼のためなら何でもしようと思えたの)
ニーアは無我夢中で使った共振ブーストの激痛を思い出し、身を震わせる。
と、隣で寝ていたコハルが寝返りを打つのが見えると、ニーアは静かに部屋を後にした。
別に用があるわけではないのだが、夢の所為か無性にニーアはノウンの側に行きたかったのだ。
裏口からそっと外に出ると、すぐにノウンが立っている庭先が見えてくる。
【ニーア、どうしたんだ?】
優しくも少し驚いたような男の人の声がニーアの頭の中に響いてきた。
最初は驚いたが、ニーアにとって今ではとても心安らぐ声である。
【ちょっと変な夢を見て、眠れなくなっただけ】
なにより、異質であるがタブレットなしで直に会話できる存在がニーアにはとても嬉しかった。
(あぁ、ノウンだけが私の声を聞き取ってくれる)
そう思っただけでニーアの心は温かくなっていった。
【そ、そうか……でもこんな所に来ていたら、余計眠れなくなるかも。戻ってベッドに横になった方が良いと思うぞ……】
雄々しく立っている波動人形なのに、響く声はとても優しく心配そうにしているギャップがまた可愛らしいなとニーアはクスッと笑ってしまう。
【ニーア?】
【ううん、なんでもないわ。それより、ノウンはやっぱり家には入らないのね】
【オレは人ではなく波動人形だ。ニーア達みたいに衣食住といった人の生活を必要としていない】
ニーアが「皆一緒だよ」と歩み寄ろうとすると、ノウンは必ずと言って良いくらい自身は波動人形だと言って距離を置こうとする。
自分を人々の枠の外、相容れないモノとしようとするのに、自らを盾にしてまでニーアを、皆を守ってくれる変わった波動人形、それが彼だった。
ふとニーアは、ノウンがファイスの人達に自分を説明しようとした際のことを思い出す。
彼は自分をニーアに使役されたなんの感情もない只の波動人形であり、彼女の命令に絶対服従の存在だから安心してと説明してくれと言ってきたのだ。
(彼が語ったニュアンスとちょっと違うかも知れないけど、どちらにせよ、私には受け入れられない提案だったわ)
ニーアはそれをコハルに伝えた後に、自分だけでもちゃんと彼を説明しようと思ったら、意外にもコハルも「そんなの嫌よ」と怒って、一緒に彼は自立しており、自身の判断で町を、皆を守ってくれたのだと、だから、危険はないと町の人達を説得してくれた。
ニーアは自分と同じ感性の人がいてくれたことがとても嬉しかった。
というのも、ニーアはノウンと共振ブーストした辺りから自分の感情の揺らぎに戸惑っていたのだ。
研究施設でコハルに手伝ってもらい、服を着替えている時も、冗談半分だったのだろうが、彼にどう思われるんだろうね、可愛いって言って貰えるかななどと茶化された時、今までに感じたことのないほどの動揺が押し寄せてきたのだ。
(今まで大人達や異性の前で恥ずかしいとか、どう見られるかなんて、一度も考えたことなかったのに)
それからだろうか、ニーアはノウンを異性として意識し始めた。聞こえる声が男性だというのも拍車を掛けている。
自分でもその感性はおかしいとニーアは思っているのだが、その想いは彼と行動を共にして、日に日に大きくなっていくのを止められなかった。
だからだろう、ニーアは無意識にノウンを自分と同じ『人』だと思うようになった。いや、いっそ自分が『人』ではなくなろうとさえ、思い始めていた。
【私だって、人じゃないよ】
思わずポロッと出た言葉に、ニーアはハッと我に返り、ノウンを見た。
彼は動ずることなく立ち続けているが、なんとなくだが、焦っているように感じた。感覚ではなく波動的にニーアはそう感じ取ったのだ。
そう考えると、ニーアは自分も強ち嘘は言っていないように思えてくる。
【ごめん、そんなつもりで言ったんじゃないんだ】
感じ取った通り、ノウンの声は少し焦った感じになっていた。
【ニーア、キミは確かに波結晶と融合した存在だが、心は人のままだ。その心が失われない限りキミは人だよ】
【それだと、ノウンだって人だよね】
【……いや、オレの心はもう、人じゃない……】
【……嘘つき】
ニーアはノウンとの距離を詰め、彼のなにもないツルッとした顔面を見上げると、その奥にある魂の波結晶を見つめ続ける。
と、次の瞬間、あの夢で見た、彼の頭から波結晶が取り出されるビジョンが頭を過った。
たったそれだけでニーアの胸の中がギュウッと締め付けられ苦しくなってくる。
どんな苦痛も耐えてきたのに、この感情に対してどう向き合えば良いのかニーアには分からず、戸惑うばかりだった。
【ニーア、どうしたんだ? 大丈夫か?】
自分ではしっかりと隠しているつもりなのに、ノウンはニーアを心配するように声を掛けてきてくれた。
(あれは夢だ、現実じゃない)
それを確かめたくて、ニーアはノウンにお願いする。
【ノウン、座ってくれる?】
そう言うと、ノウンはなんの疑問も持たずに跪いてくれた。十分頭に手が届くのだが、今のニーアはそれでは満足できなかった。
【もうちょっと、お尻を着けた感じになれないかしら】
ノウンは言われたように腰を下ろして、地面に足を伸ばして座るような体勢になった。
おかげで立っているニーアよりノウンの頭が低い位置になると、有無も言わさず、ニーアは確かめるようにギュッとノウンの頭を抱きしめ、包み込んでいく。
【ニーア?】
驚く声がニーアの頭に響いてくると、先程までの不安感が薄れた代わりに、はしたない女だと思われたらどうしようと急に恥ずかしくなってくるが、自身の衝動を抑えることができなくなっていた。
【ご、ごめんね。変なコトして。あんな夢を見た所為なのかな?】
【夢? どんな夢だったんだ?】
【えっと……もう、忘れちゃった】
ニーア本人も驚くことに、あれだけ纏わり付いていた夢のビジョンが泡沫のように消えていたのだ。
(大丈夫……ノウンはちゃんとここにいる)
今一度、その感触を確かめたくて、ニーアは両腕に力を込める。
「ニーア、夜中に家の庭先でイチャつくのはどうかと思うよ」
ニーアの頭上からコハルの眠たそうな声が聞こえてくると、ニーアは反射的にパッとノウンから離れ、上を見た。
二階の窓から眠そうな目を擦りながら、こちらを見ているコハルの姿を確認すると、ニーアの顔は耳まで紅く染まり、破裂するのではないかと思うくらい心臓の鼓動が激しくなるのであった。




