Ver.1.5
第二章、開幕です。
ニーアの視点です。
目が覚めた時、私は真っ暗な世界にいた。
それが窓もない大きな箱の中だと知ったのはすぐ後の事だった。
どこかの部屋とかではなく、感覚的にその箱は移動していた。
そして、そこには私くらいの歳の子供達がたくさんいたのだ。
(この箱は一体どこへ向かっているのだろう)
時折、現れる男に聞いてみてもなにも答えず、淡々と自分の仕事をしていった。
あれから、どれだけ経ったのだろう。
途中で子供達が増えたり減ったりを繰り返していたのがそれも止まり、ようやく移動が終了したようだった。
長い距離を移動したように感じる。
(私は、どこまで移動したのかな。村の皆が心配を……ううん、しないか。というより、できないと言った方が正しいかも)
私が最後に見た光景は村が燃え、皆が野盗に襲われている姿だったから。
私は周囲を見回した。
知らないところだった。
壁や周囲の作りが本当に見たことがない作りをしていた。それはまるで、昔話で聞くような旧文明の姿に似ていたのだ。
私達は武装した大人に先導され大きな部屋へと入れられた。
これからなにが始まるのだろうか。
家に帰りたいと泣く子もいた。
私はそんな子達を元気づけることしかできなかった。
これが、地獄の始まりだとも知らずに……。
しばらくして、波結晶の移植が始まった。
最初は手など比較的ダメージの少ない部分に小さな波結晶が埋め込まれる。
それでも、私達には激痛だった。
埋め込まれたところの手が終始傷んで仕方が無い。拒絶反応が出てそれが全身を蝕む子もいた。
あまりの痛みに泣き叫ぶ子もいたが、私にはどうすることもできなかった。
ただ、励ますだけの無力な自分が空しかった。
そして、子供の数がどんどん減っていることに気が付いた。痛みに泣いていたあの子もいない。
どこに行ったのかと大人に聞いたが、不適格者だったとだけ言われて、以後、その話を皆はしなくなった。
消えた子の事なんて、周りの皆は気にしない。なぜなら皆、自分の事だけで精一杯だったからだ。
やがて、手への移植が安定した者達だけが残り、皆に余裕が出来始めた頃、更なる絶望が私達を襲った。
大人達は移植を本格化すると言ってきたのだ。
手に移植されただけでも死ぬ思いをしたのに、今度は私達の喉付近に、前よりも大きな波結晶を埋め込まれると知るや、周りの子達が恐怖に泣き叫んだ。
絶望し思考することすら放棄した子もいる。
逃げだそうとして捕まる子もいた。
だから、私はお願いした。
私が実験の全部を受けるから、他の子は見逃して欲しいと。
だが、そんな願いは聞き入れて貰えなかった。
その代わりに、私は最初に移植を受けることになり、大人達は最初ということで、他とは違う特別な波結晶を移植すると言ってきた。
それからはもう、毎日が地獄だった。
息ができずに苦しむ日々が続き、全身が引き裂かれるような痛みにのたうち回ろうにも変な装置が付いたベッドに拘束され、動くことすら出来ない毎日。
(波動具によって人為的に生かされる私に、なんの価値があるのかしら)
そうしてもう、どのくらい経ったのだろうか覚えていない。
あれだけいた仲間がいなくなっていく毎日に絶望しながらも、私は幸か不幸か、生き延び続けてしまっていた。
そんなある日、適合したと大人達は喜んでいた。
でも、これで終わりじゃないのは残った者達誰しもが分かっている。
時折くる拒絶反応に怯え、胸から頭に広がる激痛に苦しむ毎日は終わりが見えなかった。
一緒に頑張ろうと励まし合っていた子達がどんどんいなくなっていく。
皆を苦しめるくらいなら、私を苦しめれば良い。私が危険な実験を全部受けるから、他の子達を苦しめないでと再度お願いすれば、なんと今度は大人達が了承してくれた。
なんでも、私が一番見込みがあるからなのだそうだ。
(全然嬉しくなかったけど、これで他の皆の負担が軽減されるなら……)
そして、私への実験は過酷になっていく。
それでも、私は皆が守られるのならと必死に耐え続けた。
耐え続け、耐え続け、耐え続け、耐え続け……。
気が付けば、私の声は皆に届かなくなっていた。
数少ない仲間の目がまるで化け物を見るようだった。
でも、仲間を責めることは私にはできない、
(だって、喜ぶ大人達を私は別の生き物を見るような感覚で見ていたから……私は、人の言葉をしゃべれない化け物になっちゃったのかな)
私が成功したのなら、もう他の皆は解放して欲しいと貰ったタブレットと呼ばれる波動具でお願いしてみれば、大人達はまた聞いてくれた。
日に日に解放されていく元仲間達。
(これで良いんだ。化け物になるのは私だけで十分だもの)
だけど、それが嘘だと知ったのは、偶然、動かなくなった元仲間が運ばれていくのを見てしまった時だった。
もう、人という存在が信じられなくなりそうだった。
(人なんて……人なんて……人なんて……)
それでも、私は意気地がなく、人としての自分を捨てきれなかった。
(きっと『ここ』だけよ。ここにいる人達じゃなく、外に出たら、きっと昔の頃のように私は人として生きていける……きっと……)
そんな事を頭の片隅に置いて、孤立した私は一人実験の日々を送っていた。
そんな時、私は『彼』に出会った。
実験の最終段階。波動人形への干渉実験のため、私は初めて彼と対面したのだ。
(私はおかしくなったのかしら。初めて見る異形の者を見ても、恐怖すら感じない。むしろ、とても綺麗な存在だと思えてしまう)
大人達からはとにかく話しかけろと言われた。
誰にも聞き取れない私の声で話しかけてどうなるのだろうかと思いながらも、私は毎日、彼に話しかけていた。
(それからかしら、私は彼と話すのが日課となり、次第にそれが楽しみになってきたのは……)
ある日、私が話しかけていると、反応があったと大人達は喜ぶ。
難しいことは分からないが、波結晶に私が干渉し、そのまま制御できるのではと大人達は興奮していた。
私も嬉しかった。
大人達が喜んだからじゃない。私の声に彼が反応してくれたからだ。
だけど、実験は成功すると思っていた大人達の喜びも日に日に薄らいでいった。
干渉し、制御しろと言われても私にはよく分からなかったからだ。
『全ての根源は波動である。ならば魂源もまた波動である』
それは大人達が賢者と呼ぶ昔の人の言葉だそうだ。
波動を感じろと言われてもよく分からなかった。
それができるようにと、私は無理矢理、波動具によって共振させられ、共振崩壊ギリギリの毎日を送っていた。
毎日が生き地獄だった。
だけど、私は諦めなかった。
だって、私の唯一の心の安らぎは彼との会話だけだったから。
時折、微弱だが反応してくれるのが嬉しかった。
それが私を励ましてくれているように思え、私の唯一の味方だと思うようになった。
(もっと語りたい。もっと深く繋がりたい。もっとあなたの波動を感じたい)
私はそんな気持ちで地獄を耐え続けた。
あれから、私が十四才になったある日、大人達は言った。
私は失敗作だと……。
干渉するところまでは良かったのだが、そこから支配、制御といかず、私の波動は寄り添うように増幅する反応が多々あるらしかった。
確かに私は彼を支配しようと思わなかった。
ただ、寄り添って話したかっただけだった。
それが長い月日の中で形になったのだろうか。
私には喜ばしいことだが、大人達は違ったらしい。
酷く落胆し、無価値なモノを見るような目で私を見るようになった。
(それでも私は構わない。だって、彼との対話ができるのだから……)
でも、それも終わりを迎えた。
これが最後のチャンスだと言われ、いつもと違って棺から出され、立たされている彼に私は語りかけることになった。
今日はこんな事があったとか、こうなったら良いなぁとか、そんな他愛のないいつもの私の一方的な会話が始まったが、これが最後と言われて私の感情はグチャグチャだった。
だからだろうか、私は大人達の制止も聞かず、大胆にも彼に近づき、作業用にと置いてあった脚立を上がって、上半身の所まで行くとグッと両手を伸ばして、頭に触れてみる。
(もっともっと感じたい。実験が進展しないともう彼に会えなくなる)
そう思ったら、感情が抑えられなくて、私はずっと心の中に隠していたあの言葉を彼に投げかけてしまっていた。
(お願い……私を……助けて……)
その瞬間、なにかが変わった。
よく分からなかったが、なにかが応えたように感じたのだ。
感覚というより波動といった方が正しいのだろうか。
大人達も反応があったのか、いつもと違ってざわついている。
だが、それもすぐに別のざわつきに変わった。
警報と共に声が施設内に響き渡ったのだ。
波動人形が侵入した、と。




