Ver.0.9
コハルの視点です
コハルのノウンへの第一印象は得体の知れない怖い存在だった。
それもそのはず、ファイスでは波動人形を見た者も正確に語る者もいなかったからだ。
お伽話レベルの話だけが町に残っており、それも徐々に信じなくなっていった矢先の出会いである。
それがなんの因果か紆余曲折あって、今は一緒に行動する仲にまで発展するとは運命とは分からないモノだ。
そして、コハルがノウンを敵視しなかったのは、その行動がとても人間チックだったというところと、波動具に興味があり、あれが旧文明の遺産と感動していた側面もあった。なにより一番大きかったのがニーアの存在だ。
ニーア。
サークレイのクズ連中の研究に巻き込まれた悲劇の少女。
でも、そんな悲壮感を感じさせず、誰かのために前へ前へと歩き続けようとする姿にコハルは刺さるモノがあった。
なにより、あの怖い波動人形と話す少女という構図は異質だったがとても楽しそうに見え、なぜかこちらも嬉しい気持ちになったのだ。
ニーアは私が守らないととコハルは決意を新たにファイスへと入っていく。
ノウンに言われた町の北東、使われなくなった廃屋のさらに奥にある古井戸を目指す。
町中は突然のセンチネル襲撃によって混乱し、逃げるにしても防衛にしてもどうすれば良いのか分からない人達が慌てふためいていた。
自警団はセンチネルを警戒するのに手一杯で、この騒ぎの原因である研究員を探していないみたいだ。
コハルとてノウンから話を聞かなかったらセンチネルを警戒する方に意識がいってしまっただろう。
と、幸か不幸かコハル達が大通りを走っていたところを皆に指示を出していた父ロイドに見つかるのであった。
「コハル!」
「お、お父さん!」
「コハル、友達を見つけられたようだが、なぜここにいる? 別れる時お母さんと合流して皆の避難に協力するよう言ったはずだが」
センチネルがこちらに向かって来るなんて今まで一度たりともなかったからか、ロイドから今までにないくらいの緊張感と焦りが感じられた。
「え、えっと、だから、そのセンチネルを解決するために私は――」
「ロイドさん!」
その迫力に気圧されてどもってしまうコハルを遮るように武装した男がロイドを呼んだ。
「どうした?」
「セ、センチネルが町のすぐ近くにまで」
「ば、馬鹿な。まだあれだけの距離があっただろ」
センチネルという生物が如何に常識外れかということを知らなさすぎているために、町は全く迎撃態勢が追いついていなかった。
と、町の近く、空中で大きな爆発が起き、逃げ遅れた者達の悲鳴が上がる。
「攻撃? 誰が?」
大通りから離れた所、町の端っこ付近の空中で飛ぶ大きなカイコガに向かって、稲妻のような矢が飛んでいくのが見えた。コハルはノウンが攻撃しているのだとすぐに理解する。
「分かりません。先程町の近くに突然現れた人型のなにかです」
「なにか? 人じゃないのか?」
男の返答に首を傾げ、ロイドはもう一度、センチネルの方を見た。
町の中に入ろうとすると牽制の矢が飛び、射手を追うと町の外へと誘導しているようにも見える。
「あの姿は……まるで昔話に聞いていた波動人形に似ている」
ロイドは波動具を扱う人間として色々な技術の知識がある。中でも旅商人から得た波動人形の話はよく覚えていた。
「波動人形……それが本当ならアレは人類の敵じゃ」
ロイドの呟きを聞いた男が伝承を思い出して付け加えてくる。
「お父さん、彼は敵じゃ――」
大人達の会話を聞いていたコハルは、波動人形に対しての知識が予想通りになり、慌てて訂正しようとする。
だが、近くで建物になにかが当たって、屋根が吹き飛ぶ音と逃げ惑う人々の声に掻き消された。
「なっ!」
空を見上げると、先程まで町の外側にいたはずのセンチネルがもう中央まで侵入していたのだ。
「迎撃に向かった者達はどうしたんだ?」
自警団の戦力のほとんどを迎撃に向かわせたはずなのに、交戦した様子もなくセンチネルの侵入を許してしまっている。
と、その迎撃に向かっていた者達数名が慌てた素振りでセンチネルを追って、こちらに来ていた。
応戦しようと武器を構えると、それに反応したのかセンチネルが全身をトルネードのように横回転させながら、もの凄い勢いで相手に突進していく。
「まずい! 全員逃げろ!」
ロイドの命令が届いたところで、もう遅い。
迎撃部隊はセンチネルの突進によって無残にもその回転に巻き込まれ粉微塵に……なることはなかった。
「ノウン!」
センチネルと迎撃部隊の間に入ったノウンがセンチネルを両腕で掴んで突進を止めたのだ。
だが、勢いを止めることはできず、そのまま後ろへ下がっていく。
それでもその間に部隊は回避でき、ノウンはセンチネルに家へと押し込まれ止まることなく破壊していった。
崩れた建物の中からセンチネルが飛び上がり、その後、傷ついた波動人形がのっそりと姿を現すと、逃げる周辺の人々から恐怖の声が上がる。
その声に釣られてロイドもセンチネルと波動人形に向かって武器を構え、他の者達を逃がそうとしていた。
「違うっ! 彼は敵じゃない!」
自分のやるべき事を忘れて、コハルはロイドの元に駆け出しそうになったところで、その手を掴まれ、止められた。
掴んだのはニーアだ。
「ニーア! なんで止めるの」
意外な人物に止められ驚くコハルにニーアはタブレットを見せる。
【私達がすべきことは『それ』じゃない】
「ニーア!」
あまりにも薄情な書き方にコハルは文句を言おうとしたが、タブレットを持っている手が小刻みに震えていた。
気持ちはニーアも一緒なのだ。
だが、ノウンはこうなることを承知で町中までセンチネルとの戦闘に介入している。
それは偏にコハル達が幼体を連れ戻してくれると信じているからだ。もしかすると、ニーアのこの言葉はノウンからの指示なのかもしれない。
と、急に辺りを風が吹き荒れる。
「セ、センチネルか、なにをするつもりだ」
ロイドの驚愕した声でこの風がセンチネルによるモノだと分かり、自分も上を見ようとしたら、ニーアが手を引っ張りその場から離れようとする。
「ど、どうしたの、ニーア」
引っ張られたことに驚くコハルは、ニーアが上手く聞き取れない音を発し続けていることに気が付いた。
書くことも忘れて声で伝えようとしてるくらい切羽詰まっている。そう思った時、自分の視界の隅にキラキラと鱗粉みたいなものが舞っているのが微かに見えた。
と次の瞬間、コハル達が先程までいた方角から連続的に爆発が起きる。
風圧で飛ばされたがニーアが引っ張って離れてくれたので命に別状はなかった。おそらくニーアはノウンに言われたから逃げることができたのだろう。
だが、ノウンの言葉が分からない父はどうなったのか。
「お父さん!」
先程までいた場所は炎に包まれ、近くの家々が破壊されている。
見上げれば、その頭上に巨大なカイコガのセンチネルが飛翔していた。
死。
人はいつか死ぬ。それは分かっていたが、こうもあっさり死ぬものなのだろうか。コハルは信じられないモノを見た感じで呆然としてしまっている。それを許さないと言うようにニーアが肩を掴んで揺さぶってきた。
この子は本当に私と同い年なのかと思えるほどのメンタルの強さに感服し、コハルはふとニーアが指差す方向を見た。
すると、爆心地から少し離れた所に背中を焦がした巨体がなにかを守るように跪いている姿が見えたのだ。
その包まれた中にはロイドと仲間がいた。
「ノウン!」
よく見ると、彼の胸部に切り傷のような痕がついており、おそらく襲われたと思ってロイド達が攻撃したのだろう。
それでも、ノウンは守ったのだ。
自分とはなんの関係もない人間達を。
そう思った時、コハルは胸に熱いモノを感じ、それが全身に駆け巡っていって顔が、目頭が熱くなる。
コハルは、ずっと握ってくれていた手を握り返し、その相手を見た。
「行こう、ニーア。私達のすべきことを」
この戦いを止められるのは自分達だと信じて、コハルはニーアと共に戦いの場から離れていくのであった。




