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醜悪な結合

三鷹の自室で目を覚ますと、肌にこびりついた乾いた汗の不快感よりも先に、吉祥寺のシャッター前で感じたあの「体温」が脳裏をよぎった。

 

 おじさんの節くれだった手。安酒の匂い。


 あのおじさんに抱かれてみたい、という衝動が、一瞬だけ胸をかすめた。自分を汚し、壊し、ゴミとして扱われることでしか得られない肯定感を、あの「ゴミ仲間」と共有してみたいと思ったのだ。

 

 けれど、すぐにその思考を打ち消した。


 あのおじさんだけは、駄目だ。


 彼は、私の汚れを共有するにはあまりにも「正解」に近い優しさを持っていた。冷え切った実の父親よりも、よほど「お父さん」という言葉の温かみを感じさせる人。彼を、私のこの泥沼のような自傷行為に巻き込むことは、残された唯一の聖域を自ら汚すことに等しかった。

 

 だから、私はまた場所を変える。

 救いとしての「優しさ」を求めるのではなく、徹底的に醜く、情けなく、それでいて確かな「生」の感触を奪い取るために。


 翌日の夜九時。


 私は再び、欲望の坩堝である新宿へと降り立った。

 大久保公園の周辺、街灯の下に等間隔で並ぶ女たちの列に、私もそっと混じってみる。


 根元の黒い金髪。虚ろな瞳。パーカーの下に隠した、痣だらけの身体。

 

 「ねえ、いくら?」

 

 最初に声をかけてきたのは、二十代半ばの、小綺麗な格好をした若い男だった。

 私は彼の顔をじっと見つめる。整った目鼻立ち、清潔感のある肌。その「正解」に近い容姿を見た瞬間、激しい拒絶反応が胃の底からせり上がってきた。

 

「……無理。あんたとはしない」

「は? なんだよ、それ」

 

 舌打ちをして去っていく背中を、私は冷ややかに見送った。

 若さや清潔さは、今の私には猛毒でしかない。それは学校の教室に満ちていた、あの窒息しそうな「正しさ」を思い出させるからだ。

 

 しばらくして、次に足を止めたのは、一人の冴えない中年男だった。

 使い古された安物のスーツ、少し脂ぎった顔、薄くなり始めた頭髪。その「枯れた」佇まいに、私は吸い寄せられるような安心感を覚えた。

 

「……二万。生中でいいなら」

 

 私がそう告げると、男は驚いたように目を瞬かせ、それから卑屈な笑みを浮かべて頷いた。

「……ああ、それでいい。行こうか」


 歌舞伎町の外れにある、一泊数千円の安いラブホテル。

 壁は薄く、隣の部屋の嬌声が微かに漏れ聞こえてくる。

 

 男――おじさんの愛撫は、意外なほど、そして残酷なほどに優しかった。

 これまでの男たちが「穴」を抉るような暴虐さだったのに対し、彼は震える指先で、壊れ物を扱うように私の肌を辿った。

 

 「……綺麗な身体だ」

 

 そんな嘘を吐きながら、おじさんは私の足の間に顔を埋めた。

 丁寧に、執拗に、私のまんこを舐め回す。

 三日間の汚辱で傷つき、熱を持っていたはずの場所が、彼の湿った舌によって解きほぐされていく。初めてだった。薬も何も使っていないのに、自分の内側から溢れるように濡れていくのを感じたのは。

 

 差し出された彼の肉棒は、洗いきれていない体臭と古い皮脂の匂いが混じり、お世辞にも清潔とは言えなかった。けれど、私は自らそれを口に含んだ。無理に突き立てられるのではなく、私のリズムに合わせて、自然に受け入れる。優しい手つきで頭を撫でられながら、私はさらに深く、自分を解放していった。

 

 いよいよ挿入された瞬間、脳裏を電撃が走った。

 

「っ、あ……っ!」

 

 気持ちいい。



 生まれて初めて、肉体の結合に快感を感じていた。

 

 おじさんの体臭は少し臭いし、決してイケオジでもない。

 突き出た中年太りの腹が、私の平坦な腹に叩きつけられる度に、ペチペチと情けない音が響く。その醜い腹が、醜い顔が、そして耳元で漏れる情けない喘ぎ声が、私を狂わせた。

 

 この、正解から最も遠い場所にいる男に犯されている。

 その厳然たる現実に、私は陶酔した。

 醜ければ醜いほど、情けなければ情けないほど、私の「汚れ」は肯定され、快感へと変換されていく。


 おじさんの棒が、私の中をグチャグチャに掻き乱す。


 粘膜が擦れる音、体液が混じり合う音。

 

「あ、……っ、あぁっ!」

 

 脊髄を突き抜けるような、抗いようのない衝動。

 これがエクスタシーというものなのか。

 

 おじさんの臭い舌が、私の口内に侵入し、かき回しむしゃぶりついてくる。

 

 気持ち悪い。でも、気持ち良い。

 死にたいくらい気持ち悪いのに、頭が真っ白になるほど気持ち良い。

 

 その無限のループの中で、私は何度も腰を浮かせ、彼を求めた。


 学校では決して教わらない、誰もが見て見ぬふりをする、人間の底なしの汚辱。

 その中に完全に沈み込むことで、私は初めて「生」を実感していた。

 

 最後には、おじさんの重い溜息と共に、熱い精液が私の中に大量に注ぎ込まれた。

 その臭い液体が、私の内壁を焼き、子宮の奥まで侵食していく感覚。

 圧倒的な快感だった。


 私は、自分を汚し尽くした男の重みを感じながら、しばらくの間、荒い呼吸を繰り返していた。


 ホテルを出て、おじさんから丸められた二万円札を受け取った。

 おじさんは「……ありがとう」と消え入るような声で言い、駅の方へと足早に去っていった。

 

 私は、内側に残る違和感と重みを感じながら、再び同じ場所に立った。

 夜風が、汗ばんだ肌を冷やしていく。

 

 しばらくすると、また別の中年男が足を止めた。

 彼は私の顔と、パーカーから覗く痣を値踏みするように眺め、低い声で囁いた。

 

「……三万出すから朝までできる?」

 

 朝まで。


 夜の闇が明けるまで、私はこの汚辱の中に居続けられる。

 

「……いいよ」

 

 私がそう告げると、おじさんは顔を輝かせ、獲物を見つけた少年のように喜んだ。

 

 私は、また別の安いホテルのネオンを目指して歩き出した。

 足取りは軽い。

 夜はまだ始まったばかりだ。

 

 私は、もっと汚れたい。

 もっと壊れたい。

 

 朝焼けがやってきて、またあの残酷な光が世界を照らし出すその時まで、私はこの泥濘の底で、自分の「正解」を探し続ける。

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