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淫乱

学校から逃げ帰り、死んだように眠った後。目が覚めると、部屋は夜の深淵に沈んでいた。

 昼間の教室で浴びた、あの「異物」を見る視線。透明な壁。腫れ物に触れるような拒絶。それらが脳裏で腐敗し、耐え難い悪臭を放っている。


 あんな場所、二度と戻らない。


 あんな「正しい」連中に混じって、人間としての形を整えるなんて、吐き気がする。

 私は、自分が自分であるために、もっと徹底的に壊れなければならなかった。

 

 私は乱暴にパーカーを羽織り、財布だけを持って家を飛び出した。


 三鷹駅。中央線の終電に滑り込む。


 目的地は吉祥寺ではない。もっと深くて、もっと汚くて、もっと私を無慈悲に扱ってくれる場所。

 新宿――歌舞伎町。

 深夜一時の歌舞伎町は、暴力的なまでの光と喧騒に溢れていた。

 客引きの怒号、女たちの嬌声、ネオンサインの点滅。

 私はトーホーシネマズの前の広場、いわゆる「トー横」の端に立った。

 根元の黒い金髪を指でかき乱し、虚ろな目で宙を見つめる。

 

 「何、一人? 暇してんの?」

 

 声をかけてきたのは、安っぽいブランド物のパーカーを着た、チャラい男だった。

 私は何も言わず、ただ泥のような瞳で男を見返した。それで十分だった。


 歌舞伎町の路地裏にある、壁の薄い安宿。入った瞬間に立ち込める、饐えた埃と誰かの精液が入り混じったような退廃的な臭い。男は私をベッドに放り投げると、服を剥ぎ取る儀式さえもどかしく、すぐに私を「穴」として扱い始めた。

 膝をつかされ、男の欲望が無理やり喉の奥まで突き立てられる。オェッ、という生理的な拒絶反応で涙が溢れ、鼻の奥がツンと焼けるような痛みに襲われるが、男はそれを「悦び」と解釈して喜悦の声を上げた。私の頭を乱暴に掴み、喉を壊すような勢いで腰を振るその姿は、獣そのものだった。


 最後には、顔中に熱い粘液をぶちまけられる。目に入った液体が染みて痛むが、私はそれを拭おうともしなかった。痛みだけが、私がここに存在している唯一の証明だった。



次の夜もまた私はセックスをした。別の男だった。昨日よりもさらに粗暴で、言葉の端々に私を人間として見ていない蔑みが混じっていた。

 狭いユニットバスの床で、私は冷たいタイルに肌を擦りつけられながら、背後から蹂躙された。執拗なまでの往復運動。内臓が押し潰されるような鈍痛が下腹部を走り、私は歯を食いしばって男の腕を爪が食い込むほど握りしめた。


 男が何を喜び、何に興奮するのか――。私は痛みの中で、それを冷静に分析し始めている自分に気づいた。声を殺して耐えること、時折苦しげに身をよじること。彼らの下劣な支配欲を満たすための最適な「人形」を演じるたびに、私は自分が「正解の社会」から加速度的に遠ざかっていくのを実感し、そのことに深い、深い安堵を覚えた。

 

また次の夜、身体はあちこちが痣だらけになり、節々が悲鳴を上げていた。股関節はきしみ、粘膜は擦り切れて熱を持っている。それでも、私は新宿へ向かった。

 快感なんて最初からないし、求めていない。あるのは、粘りつくような汚れと、剥き出しの苦痛への渇望だけだ。

 今夜の男は、私をベッドの端に這いつくばらせ、何度も、何度も、中に出した。


「……っ、あ、……」


 声にならない吐息が漏れる。男が果てるたびに注ぎ込まれる、自分とは違う体温の異物。それが私の内側を汚し、満たしていく感覚に、私は奇妙な全能感を抱いていた。

 射精され、汚れていく。肌にこびりつく液体の冷たさを感じながら、私は天井を見つめていた。

 このボロボロになった身体、この消えない苦痛こそが、あの酸素のない教室より、ずっと「私」に相応しい真実だった。


そして、次の夜。


 三日間にわたる破滅行動の果てに、私の精神は擦り切れ、抜け殻のようになっていた。


 歌舞伎町へ行く気力さえなく、私はふらふらと吉祥寺の街を歩いていた。

 

 いつもの駅前。

 いつものシャッターの前。

 

 いた。

 

 おじさんは、昨日も、一昨日も、そして今日も、同じ場所で地べたに座り込んでいた。

 私の姿を認めると、おじさんはワンカップを置いた。

 

「……おーおー。ひでえ顔だな、お嬢ちゃん」

 

 おじさんの声は、驚くほど穏やかだった。

 私は力なく、おじさんの隣に座り込んだ。

 三日ぶりに嗅ぐ、アルコールと加齢臭の混じった匂い。

 

 私は何も言わなかった。

 新宿で何をされたか。誰に抱かれたか。どんな酷い目に遭ったか。

 そんなことを説明する必要はないと感じた。

 

 おじさんは、私の震える指先、パーカーの袖から覗く痣、そして焦点の合わない瞳をじっと見つめた。

 すべてを見透かしているような、けれど決して踏み込んでこない、深い沈黙。


 おじさんはガサガサとレジ袋を漁り、新しい缶チューハイを取り出して、プルタブを開けてから私に渡した。

 

「……飲みな。今のあんたには、これくらいしか効かねえよ」

 

 受け取った缶は、ひんやりと冷たかった。

 一口飲むと、アルコールが胃の腑を焼き、思考を麻痺させていく。

 

「おじさん」

「なんだよ」

「……私、汚いよ。もう、どこにも戻れないくらい」

 

 震える声でそう言うと、おじさんは「ははっ」と短く、乾いた笑い声を上げた。

 

「戻る場所なんて、最初からねえだろ。俺たちはゴミ箱の底にいるんだ。これ以上、どこへ落ちるってんだよ」

 

 おじさんは、不器用な手つきで私の頭に手を置こうとして、寸前で止めた。


 自分の汚れた手を見て、躊躇したのかもしれない。

 

「……よく、生きて帰ってきたな」

 

 ただの一言だった。

 なぜそうしたのか、何があったのかなんて聞かない。

 ただ、この場所に、ボロボロになって戻ってきたという事実だけを、彼は受け入れてくれた。

 

 三日間の痛みと苦痛。

 男たちの下劣な欲望に晒され、自分を擦り減らし続けた孤独。

 そのすべてが、おじさんのその一言で、ほんの少しだけ形を変えた。

 

「……痛いんだ。ずっと、痛いんだよ」

 

 私はおじさんの膝に頭を預けた。

 おじさんのズボンからは、不潔な匂いがしたけれど、今の私にはそれが、世界で一番優しい匂いに感じられた。

 

「ああ、痛いなあ。生きてるってのは、痛いもんだ。ゴミはゴミなりに、傷だらけで転がってりゃいいんだよ」

 

 おじさんの節くれだった手が、今度は迷わずに、私の金髪をゆっくりと撫でた。

 

 夜の吉祥寺。

 シャッターの前で、汚れた大人と、壊れた少女が寄り添っている。

 周囲を通る人々は、私たちを忌まわしいものとして避け、視線を逸らしていく。

 それでいい。それが正しい。

 

 私は、汚れていく自分を肯定できた、あの新宿の夜を思い出しながら、おじさんの温もりの中で、初めて深い眠りへと落ちていった。

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