EP 9
期限はあと数日! ルナの魔界人脈と『合法的な密貿易』
「……誤魔化しきれたのはいいが、いよいよ首が回らなくなってきたな」
嫌味な徴税官ザルバを追い返した日の夜。
シェアハウスのリビングは、お通夜のような重苦しい空気に包まれていた。
王都の調査団が本気を出して乗り込んでくれば、地下の金脈がバレるのは時間の問題だ。土地を奪われないためには、月末までに違約金込みで3000万Gという、天文学的な借金を一括返済するしかない。
日雇いのドブさらいや、キュララの配信の投げ銭だけでは、天地がひっくり返っても届かない額だ。
「もうダメですの……。私、明日からパンの耳じゃなくて、雑草を主食にして生きていきますの……」
リーザがテーブルに突っ伏し、この世の終わりのような顔で涙を流している。
「泣き言を言うな! いざとなったら私が王都中央銀行に単身殴り込んで、金庫を物理的にぶっ壊してやるわ!」
「キャルル、それはただの強盗だ。我々はファンタジー世界の住人である前に、法治国家の納税者であることを忘れるな」
血の気の多いキャルルを制し、俺は深くため息をついた。
打つ手なしか。そう思ったその時――。
「皆様、そんなに暗い顔をなさらないでくださいな」
ティーカップを片手に、一人だけいつもと変わらぬ優雅な笑みを浮かべていたルナが、ふわりと立ち上がった。
「マモル様。王都の法律では、わたくしの実家からの『直接の資金援助』はマネーロンダリング防止法で禁じられているのですよね?」
「ああ。異世界からの不透明な資金流入は、即座にギルドに口座を凍結される」
「でしたら、『正当な商取引』によって、彼らから正当な対価を引き出せばよろしいのではなくて?」
ルナはそう言うと、虚空に向けてパチンッと指を鳴らした。
空間がグニャリと歪み、赤黒い魔法陣が出現する。その中から、シルクハットを被り、見事なカイゼル髭を生やした初老の悪魔が、恭しく頭を下げながら現れた。
「お呼びでございますか、ルナお嬢様。魔界裏商会・アルニア支部長のベルフェゴールにございます」
「ひっ!? ほ、本物の上位悪魔ですの!?」
リーザが悲鳴を上げてソファの後ろに隠れる。
「紹介しますわ。彼はわたくしの実家が出資している商会の使いですの。マモル様、あとはあなたの『頭脳』で、彼と交渉していただけますか?」
なるほど、そういうことか。
俺はルナの意図を察し、口元にニヤリと笑みを浮かべた。
「ベルフェゴールとやら。単刀直入に聞く。魔界において、我が家の庭で採れた『テンタクル・ブラッドトマト』や『歩く大根』は、どの程度の需要がある?」
悪魔の老紳士は、俺の鋭い視線に少し驚いたようだが、すぐに商人の顔つきになった。
「……ほう。人間界の土壌で育成された魔界野菜ですか。近年、魔界では人間界のオーガニックな魔力が溶け込んだ『混血野菜』が一部の美食家の間で異常な高値で取引されております。品質にもよりますが、一つにつき金貨数十枚は下らないかと」
「十分だ。では提案しよう。俺たちはその最高級野菜を、お前たちの商会に独占的に卸す」
「独占契約……! それは我々にとっても魅力的ですが、王都の監視の目がある地上から、どうやって大量の野菜を魔界へ輸送するおつもりで?」
「そこで、我が家の地下水路を使う」
俺はバインダーを広げ、地下水路の見取り図を指差した。
「先日、うちの脳筋が地下水路の壁を破壊したことで、水路の奥が巨大な空洞に繋がっていることが判明した。そこを密輸……いや『特別輸出ルート』として活用する。お前たちはそこから野菜を運び出せ」
そして、ここからが本題だ。俺は声を一段低くして、悪魔に顔を近づけた。
「さらに、お前たち商会に『地下水路の拡張工事』を委託する。その工事の過程で出た『不要な土砂や石ころ(マナタイト鉱石)』は、そちらで勝手に処分してくれて構わない」
「――――ッ!!」
ベルフェゴールが、ハッと息を呑んだ。
そう、ただ野菜を売るだけでは3000万Gには届かない。本命は地下に眠る莫大な金脈だ。
だが、俺たちが直接掘り出して売れば王都に目をつけられる。ならば、魔界の商人に「工事のついでに出たゴミ」として回収させ、その対価を「野菜の売上(莫大なプレミアム価格)」に上乗せして支払わせればいい。
これなら、表面上はただの「高級野菜の輸出ビジネス」。王都の法律の抜け穴を完璧に突いた、完全なる合法取引だ。
「……くっ、くくくっ! はーっはっはっは!」
初老の悪魔は、腹を抱えて大笑いした。
「人間界の法律の盲点を突き、我々悪魔に労働をさせ、さらに莫大な利益を合法的に吸い上げる……! マモル様とやら、あなたは我々以上に悪魔的な思考をお持ちだ! 素晴らしい、その契約、喜んで結ばせていただきましょう!」
「よし、交渉成立だ。キュララ、この取引のことは絶対に配信に乗せるなよ!」
「わ、わかってるよー! さすがにBANされそうだからカメラの電源切っとく!」
「キャルルとリーザは、明日から庭のバケモノ野菜を死ぬ気で収穫しろ! 3000万G分の商品を揃えるぞ!」
「よーし! ドブさらいよりよっぽどマシよ! やっつけてやるわ!」
「パンの耳生活脱却のために、この命燃やしますのーっ!」
俄然やる気を出した同居人たちを見て、俺は眼鏡の奥で鋭く目を光らせた。
待っていろ、王都の悪徳官僚ども。
数学教師の計算力と、異世界のチートを組み合わせた『究極の錬金術』で、お前らの度肝を抜いてやる!




