EP 10
決戦の月末! 完璧な帳簿と『究極の錬金術』
運命の月末、午前八時。
爽やかな朝の空気を切り裂くように、我がマイホームの玄関が乱暴に蹴り開けられた。
「さあ、期限だ転生者ども! 3000万Gを用意できなかったペナルティとして、この土地と家屋は本日ただいまを以て――」
踏み込んできたのは、王都特選徴税官のザルバだ。その後ろには、前回よりも明らかに人数の多い重武装の衛兵たちが並んでいる。
勝つ気満々、いや、最初から俺たちが払えないと高を括り、家を物理的に制圧する気で来たのだろう。
「……朝から騒々しい奴だな。靴の泥を落としてから上がれと言っただろう」
だが、リビングで待ち構えていた俺の姿を見て、ザルバの薄ら笑いがピタッと止まった。
俺はソファに深く腰掛け、淹れたてのコーヒーを飲んでいた。
その後ろでは、キャルルがピカピカに磨き上げたトンファーを肩に担ぎ、リーザが(パンの耳ではなく)最高級クロワッサンを優雅に齧り、ルナが静かに微笑んでいる。
そしてキュララは、ドローンカメラをザルバの顔面にドアップで寄せていた。
「な、なんだその余裕は……。強がりもそこまでにしろ。さあ、とっとと荷物をまとめて出ていけ!」
「出ていく必要はない」
俺はテーブルの上に、一枚の分厚い『水晶板』を滑らせた。
それは、王都中央銀行が発行する最高ランクの預金証明書。
「約束通り、違約金込みの3000万Gだ。今朝一番で、お前らの勤め先である中央銀行の口座に振り込んでおいた。これで、この家に対する差し押さえの理由は完全に消滅したな?」
「なっ……!? ば、馬鹿な!?」
水晶板に表示された『残高:30,000,000 G』の数字を見て、ザルバの目玉がこぼれ落ちそうになるほど見開かれた。
「き、貴様らのような底辺転生者に、こんな大金が用意できるわけがない! ははぁん、さては魔界からの違法送金だな!? マネーロンダリング防止法違反で即刻逮捕――」
「喚く前に、この『帳簿』と『納税証明書』をよく読め」
俺はバインダーから数十枚に及ぶ書類の束を取り出し、ザルバの胸元に叩きつけた。
「我がシェアハウスは、魔界裏商会アルニア支部と『特産農産物の輸出契約』を結んだ。庭で採れた高品質な魔界野菜を独占的に卸すことで、莫大な利益を得たのだ。当然、王都の関税ルールに従い、輸出税もきっちり納付済みだぞ」
「の、農産物だと!? たかが野菜を売っただけで3000万Gにもなるはずがない! 嘘だ、貴様ら、地下の『マナタイト鉱石』を不法に採掘して裏取引したな!? 衛兵! 地下水路を調べろ! 鉱石を採掘した痕跡があれば資源独占法違反で――」
「おっと、そっちの書類も確認してほしいな」
俺は冷たい声で、衛兵たちの動きを制止した。
「それは『地下水路の拡張およびワインセラー増築工事』の業務委託契約書だ。俺たちは商会に正当な対価を払い、工事を依頼した」
俺は立ち上がり、黒板の前に立ってチョークを握った。
前世の教師としての血が、冷徹な論理の数式を紡ぎ出す。
$$ \text{Profit} = \sum_{i=1}^{n} (\text{Price}_i \times \text{Quantity}_i) - \text{Construction Cost} - \text{Taxes} $$
「この数式が示す通り、野菜の売上から工事費と税金を差し引いた純利益が、今回の3000万Gだ。……そして、王都の建築法第42条にはこうある。『私有地の土木工事において発生した廃土および障害物の所有権は、特約がない限り施工業者に帰属する』とな」
「あ……あ……?」
ザルバの顔から、完全に血の気が引いていく。
「つまりだ。工事業者が穴を掘る過程で、ただの石ころが出ようが、国宝級のマナタイトが出ようが、それは『不要な廃土』として業者が勝手に処分しただけのこと。俺たちは一切関与していないし、採掘の指示も出していない。したがって、資源独占法には1ミリも抵触しない完全な合法取引だ!!」
「そ、そんな屁理屈が……っ! ま、待て! なら、そのマナタイトを持ち去った商会をしょっ引けば……!」
「無駄ですわよ?」
ルナがふわりと立ち上がり、扇子で口元を隠して笑った。
「その商会は魔界の治外法権に属しておりますの。王都の法律で裁くことは不可能ですわ」
「な、なんだと……!? じゃあ、あの莫大な金脈は……」
「すでにすべて魔界へ『合法的な産業廃棄物』として搬出済みだ。今から地下を調べても、綺麗に整備されたワインセラーがあるだけだぞ」
俺がトドメの一撃を刺すと、ザルバは膝から崩れ落ち、ワナワナと唇を震わせた。
王都のガバガバな法律の抜け穴を完璧に突かれ、手も足も出なくなったのだ。
「みんなー! 今のザルバさんの顔、最高に面白いからスクショ推奨だよー!」
『ざまぁwww』
『悪徳官僚の末路』
『マモル先生の圧倒的論破キタコレ』
キュララの配信枠は、かつてないほどのスパチャとコメントの嵐で大盛り上がりを見せていた。
「さあ、用が済んだらとっとと帰れ。これ以上我が家の敷地に居座るなら、不法侵入と営業妨害で今度こそ王都の裁判所に突き出すぞ」
「ひぃぃぃっ! お、覚えていろぉぉぉっ!!」
ザルバは涙目になりながら立ち上がり、衛兵たちを引き連れて這うように逃げ出していった。
バタンッ、と玄関のドアが閉まる。
数秒の静寂の後――。
「「「やったぁぁぁぁぁぁっ!!!」」」
シェアハウスの歓声が、朝のリビングに爆発した。
キャルルが俺の背中をバンバンと叩き、リーザが感極まって俺の足にすがりつき、ルナが拍手を送り、キュララが飛び回る。
「ははっ、痛い痛い、キャルル叩きすぎだ!」
俺もたまらず、眼鏡を押し上げながら声を上げて笑ってしまった。
借金は完済。家も守り抜いた。
これからは、この愉快で騒がしい同居人たちと、正真正銘の『平穏なスローライフ』が待っているはずだ。
……もっとも、異世界の厄介事やガバガバな法律が、この先も俺の計算通りに大人しくしていてくれる保証は、どこにもないのだが。




