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EP 6

リーザの密売未遂と、三節棍による『トルク計算』のお仕置き

 草木も眠る、深夜のマイホーム。

 静まり返ったリビングに、抜き足差し足で忍び歩く怪しい影が一つあった。

「ヒヒヒ……これで私も、パンの耳生活から脱却……再びセレブの仲間入りですの……」

 背中に巨大な麻袋を背負い、下卑た笑いを漏らしているのは、もちろん元アイドル(笑)のリーザである。

 麻袋の中では、昼間に収穫した『歩く大根』や『テンタクル・ブラッドトマト』などの魔界高級野菜たちが、モゴモゴとうごめいていた。

「ルナの言っていた通りなら、この野菜は王都の裏市で莫大な高値で売れるはずですの。これを売り捌けば、マモル先生への違約金なんかスパーンと払って、高級ステーキを毎日お腹いっぱい……ジュルリ」

「ほう。で、その裏市とやらにはどうやって行くつもりだ?」

「決まってますの! マイホームの裏窓からこっそり抜け出して、夜行馬車で……って、はわっ!?」

 暗闇の中、突如として響いた冷たい声に、リーザがカエルを潰したような悲鳴を上げて硬直した。

 パチッ、とリビングの照明が点く。

 そこには、ソファに深く腰掛け、腕を組んで待ち構えているマモルの姿があった。テーブルの上には、愛用の三節棍が置かれている。

「マ、マ、マモルせんせぇ!? な、なぜこんな夜更けに起きているんですの!?」

「お前の浅はかな行動パターンなど、確率統計学を用いるまでもなく予測可能だ。就寝前のルナの肥料の減り具合と、お前のヨダレの分泌量から見て、今夜動く確率はおよそ**98%**だったからな」

 俺は眼鏡をクイッと押し上げ、立ち上がった。

「リーザ、お前の考えは経済学的に見て完全に破綻している。そんな出所不明の『魔界特産クラスの異常な野菜』を大量に市場へ流せばどうなる? 供給過多による価格崩壊デフレを起こすだけでなく、王都の商業ギルドが『不当な密輸ルート』として即座に調査に乗り出してくるぞ!」

「うっ……そ、それは……」

「ただでさえ王都中央銀行から『300万G』のふざけたローン督促が来ているんだ。これ以上、お上の連中に目をつけられるような真似は絶対に許さん! 野菜を置いて部屋に戻れ!」

「い、嫌ですの! 私はもう、毎日パンの耳と草だけの生活には耐えられませんのーっ!」

 リーザは麻袋を抱え直すと、なんと俺に向かって強行突破を仕掛けてきた。

 元アイドルとはいえ、腐っても異世界人。その脚力はあなどれない。一瞬でリビングを駆け抜け、玄関のドアノブに手を伸ばす。

「逃がすか、バカモノ」

 俺はテーブルの三節棍を手に取り、前世(理系教師)の計算脳を瞬時にスパークさせた。

(対象の質量 m は麻袋込みで約65kg! 重心は背中の麻袋に引っ張られ、通常より後方かつ高めに偏位している! 疾走中の足首を支点とした回転軸に対し、三節棍による的確な力 \vec{F} を与えれば……!)

 脳内に、回転運動の基本法則であるトルク(力のモーメント)の公式が浮かび上がる。

$$ \vec{\tau} = \vec{r} \times \vec{F} $$

(重心からの距離ベクトル \vec{r} を最大化するため、狙うのは最も低い位置……つまり『右足のくるぶし』だ! 最小の力で最大のトルク \vec{\tau} を発生させ、見事に転倒させてやる!)

 シュバッ!!

 俺が手首のスナップを利かせて三節棍を放つと、第一節がしなる鞭のように伸び、逃げるリーザの右足のくるぶしにピンポイントでクリーンヒットした。

「あぎゃっ!?」

 計算通り、リーザの体は足首を支点にして強烈な回転力トルクを受け、綺麗な放物線を描いて宙を舞った。

 そして、ド派手に顔面から床にダイブする。

 ズッシャァァァァンッ!!

「あふぅっ……お鼻が……私のかわいいお鼻が折れますの……」

「アイドルの顔面から着地するな。床が汚れるだろう」

 俺は倒れ伏したリーザの背中を踏みつけ、こぼれ落ちた麻袋から『歩く大根』を回収した。大根は「キュウ……」と怯えた声を出して俺にすり寄ってくる。

「……というわけで、窃盗未遂および逃亡の罰として、明日のリーザの食事は『歩く大根の葉っぱ(無農薬)』のみとする」

「鬼! 悪魔! 血も涙もない資本主義の犬ですのーっ!!」

 ジタバタと暴れるリーザの悲鳴が、深夜のシェアハウスに空しく響き渡る。

 やれやれ、これだからバカと同居するのは疲れるんだ。

 俺は大きなため息をつきながら、再び迫り来る『月末のローン300万G』という現実的なプレッシャーに、胃の痛みを覚えるのであった。

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