EP 2
借金地獄? マモルが教える『複利』という名の悪魔の契約
――カツ、カツ、カツ、カツ。
シェアハウスのリビングに、リズミカルなチョークの音が響き渡る。
どこから持ち出したのか、リビングのど真ん中に設置された巨大な黒板。
その前に立つ俺は、丸眼鏡を押し上げながら、手にした指示棒で黒板をビシッと叩いた。
「いいか、お前ら。現代社会において、いや異世界においても! 魔王の軍勢やドラゴンのブレスよりも恐ろしいもの……それは『利息』だ!!」
ソファには、シェアハウスの同居人たちがずらりと並んで座らされていた。
芋ジャージのリーザ、エプロン姿のキャルル、優雅にお茶を飲むルナ、そしてなぜかカメラを回しているキュララ。彼女たちは皆、ポカンとした顔で俺を見上げている。
「りそく? なんですのそれ。美味しいんですの?」
リーザがパンの耳をかじりながら首を傾げる。
「お前はまず、その脳みそをパンの耳から切り離せ」
俺はため息をつき、黒板に一つの数式を書き殴った。
$$ S = P(1 + r)^n $$
「なんだよその呪文……頭が痛くなってきたわ……」
キャルルがこめかみを押さえて顔をしかめる。
「これは呪文じゃない。人類最大の発明にして、最強の絶望を呼ぶ数式……『複利計算』の公式だ!」
俺は熱血教師モードに入り、黒板の数式を指差した。
「S は最終的な借金の総額。P は元本(もともとの借金)、r は利率、そして n は期間(年数)を表す。いいか? 金を借りた場合、ただ借りた分だけ返せばいいわけじゃない。そこに『利息』という名のレンタル料が上乗せされる!」
「なるほど。100万G借りたら、10万Gくらい余分に返すってことね?」
キャルルが腕を組んで頷く。
「甘い! 甘すぎるぞキャルル! それは『単利』の考え方だ! 今回、王都中央銀行が突きつけてきたのは『複利』……つまり、『元本についた利息』に、さらに『利息』がつくという地獄のシステムだ!」
俺は赤ペンを取り出し、黒板に図解を書き殴っていく。
「たとえば金利が10%だとする! 100万G借りたら、1年後には110万Gだ。ここまではいいな? だが2年後、利息は元の100万Gではなく、増えた110万Gに対して10%かかる! つまり121万G! 3年後には133万G……これが35年も続いたらどうなると思う!?」
「えっ、えっと……200万Gくらいですの?」
リーザが指を折りながら答える。
「答えは約2800万Gだ!! 借金が28倍に膨れ上がるんだよ!!」
「ひぃぃぃぃぃっ!?」
桁外れの数字に、リーザが持っていたパンの耳を落として悲鳴を上げた。キャルルの顔からも血の気が引いている。
「あの天才物理学者アインシュタインですら、『複利は人類最大の発明だ。知っている人は複利で稼ぎ、知らない人は利息を払う』と言い残したほどだ。そして今、俺たちに突きつけられた督促状は……」
俺は震える手で、今朝届いた真っ赤な封筒を掲げた。
「異世界特有の『魔法的変動金利』と『異界建築物特別税』が上乗せされ……今月末までに300万Gを納めなければ、このマイホームは王都に差し押さえられる!!」
「さ、300万G!? 私が昨日、ドブさらいで稼いだ日給が500Gなのに!?」
キャルルが立ち上がり、ドンッとテーブルを叩いた。
「ふざけんな! そんな悪徳銀行、私がトンファーでぶっ壊してやる!!」
「やめろ脳筋! 物理で銀行を破壊しても、魔法契約で結ばれた債務データは消滅しない! むしろ器物損壊で違約金が増えるだけだ!」
「ふふっ。マモル様も大げさですわね」
一人だけ余裕の笑みを浮かべていたルナが、ふわりと立ち上がった。
「たかだか300万Gでしょう? わたくしの実家(魔界)から送られてきている純金のインゴットを使えば、そんなもの一括で……」
「それがダメなんだよルナ!!」
俺は血涙を流さんばかりの勢いで叫んだ。
「王都中央銀行の約款(めちゃくちゃ小さい文字)にはこう書かれている! 『返済はアルニア領内で稼いだ合法的な通貨、および労働ポイントに限る。魔界等の他次元資産からの直接補填は、マネーロンダリング防止法により固く禁ずる』……ッ!」
「まぁ……! なんと面倒くさい法律ですの……」
チート資金源を封じられ、ルナが扇子で口元を隠して目を丸くする。
「お、終わりましたの……。やっと炎上が収まったのに、今度は家を追い出されて、一生強制労働施設でパンの耳生活……」
リーザが膝を抱え、再びどん底の絶望に突き落とされていた。
「皆のみんなー! 今日の配信は『数学教師がガチギレ! 異世界の税金システムがヤバすぎる件』でお送りしてるよー! スパチャよろしくねー!」
キュララだけが、この悲惨な状況すらもエンタメとして消費し、ちゃっかり小銭を稼いでいた。
俺は黒板に頭を打ち付けながら、深く、深くため息をついた。
(……とにかく、月末までに300万Gを稼ぐか、生活費を極限まで削るしかない……)
俺の平穏な引きこもりスローライフは、今、資本主義とファンタジーが融合した最悪のルールの前で、風前の灯火となっていた。




