第七章『狙われたマイホームと、理系教師の税金対策(物理)』
炎上明けの朝と、恐怖の『35年ローン督促状』
歴史的放送事故から数日が経過した、アルニア領の朝。
俺のスキル『マイホーム』によって具現化された快適5LDKの一軒家には、いつもと変わらぬ――いや、一部の住人にとっては地獄のような朝の風景が広がっていた。
「……モソッ、モソッ……うぅ、パサパサしますの……」
ダイニングテーブルの端っこ。
『ポロロロン♪大放送事故』の主犯であり、数千万Gのスパチャを全額没収されたアイドル(笑)・リーザが、どんよりとした目で『パンの耳』をかじっていた。
その横には、ルナが庭からむしってきた謎の雑草で作った『草サラダ(ドレッシング無し)』が添えられている。
「自業自得よ。あんたが勝手にパチンコ成金と癒着なんかするからでしょ」
エプロン姿のキャルルが、フライパンでベーコンエッグを焼きながら呆れたように言う。
ジュージューと食欲をそそる肉の焼ける匂いがリビングに漂うと、リーザの鼻がピクピクと動き、口からダラダラとよだれが垂れた。
「あ、あああ……ベーコン……黄金色に輝く黄身……! マモル先生! ひと口、いや舐めるだけでいいですから! 私の草サラダと交換してくださいの!!」
「却下だ」
俺は淹れたてのブラックコーヒーを啜りながら、ピシャリと跳ね除けた。
「お前は現在、プロデューサーである俺への莫大な『違約金』を返済中の身だ。ベーコンエッグが食いたきゃ、今日のドブさらいバイトで日給500G稼いでこい」
「ひどいですの! 鬼! 悪魔! 私の五千万Gを返してくださいのーっ!」
ギャーギャーと泣き喚く芋ジャージを完全にBGMとして処理し、俺は優雅に新聞(アルニア日報)を広げた。
オロチの逮捕劇は連日デカデカと報じられており、俺のプロデュースした『謝罪配信』のおかげで、リーザへの世間のヘイトは完全に同情へと変わっていた。
ひとまず、俺の快適な引きこもり生活を脅かす炎上騒動は、完璧に鎮火したと言っていい。
「マモルせんせー! ポストに朝の郵便物、届いてたよー!」
パタパタと純白の翼を羽ばたかせながら、寝起きのキュララがリビングに入ってきた。
彼女の手には、分厚い手紙の束が握られている。
「おう、サンキュー。大半はキュララ宛てのファンレターか、企業案件の依頼だろうが……ん?」
俺は手紙の束を受け取り、仕分けを始めた。
その中に一つだけ、異質な封筒が混ざっていた。
宛名は『マモル様』。
差出人は……『王都中央銀行・次元融資部』。
「次元融資部……?」
封筒の表面には、禍々しいほどの真っ赤な極太明朝体で、こう印字されていた。
【重要:35年ローン(マイホーム) 返済計画および督促のお知らせ】
「――――ッ!!」
俺はコーヒーを吹き出しそうになるのを必死に堪え、ガタッと椅子から立ち上がった。
「ど、どうしましたのマモル様? その封筒から、魔王の呪いよりも恐ろしい『絶望のオーラ』が立ち上っておりますけれど……」
いつの間にか起きてきたルナが、目を丸くして封筒を指差す。
そう。俺のスキル『マイホーム』は、何もない空間に無条件で家を出せるチート魔法ではない。
異世界転生した際、神から**『前世の35年ローン(残債32年分)を引き継ぐこと』**を条件に与えられた、血と汗と涙の結晶なのだ。
俺は震える手で封筒を開け、中に入っていた分厚い書類に目を通した。
『拝啓 異世界転生者マモル様。
貴殿の所有する物件(5LDK)に関する、第47回目のお支払い期日が迫っております。
また、本次元における【固定資産税】【異界建築物特別税】の算出が完了いたしました。
つきましては、今月末までに以下の金額を王都中央銀行へ納付くださいますよう……』
書かれていた請求金額を見た瞬間、俺の前世(数学教師)の計算脳がフル回転し、そして――ショートした。
「……バカな。異世界基準の金利計算(複利)と、謎の特別税が上乗せされて……先月の倍以上の請求額になってやがる……ッ!」
桁がおかしい。
リーザから没収したスパチャの利益を全額叩き込んでも、ギリギリ足りるかどうかのふざけた暴利だ。
「マモル先生? 顔面蒼白ですけど、どうかしたの?」
キャルルが不思議そうに覗き込んでくる。
俺はゆっくりと書類をテーブルに置き、眼鏡をクイッと押し上げた。
炎上騒動を乗り越え、やっと平和な引きこもりスローライフが送れると思っていたのに。
まさか、異世界の神(銀行)が、こんな理不尽な搾取を仕掛けてくるとは。
「……みんな、聞いてくれ」
俺は同居人たちを見渡し、腹の底から絞り出すように宣言した。
「我がシェアハウス(マイホーム)は現在……未曾有の財政危機(ローン地獄)に直面している」
大人にとって、炎上よりも、魔王軍よりも恐ろしいもの。
それは『毎月の税金とローンの支払い』である。
かくして、俺たちシェアハウス一行と、アルニア領の血も涙もない金融機関(お役所)との、壮絶な戦いの幕が上がったのであった。
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