第六章 ずっ友炎上と塩対応編
狂気のシェアハウスの朝と『禁断のロコシ』
「よし、今日もポポロ村の村長業務、気合い入れていくわよ!」
アルニア領の中心部にそびえ立つ、瀟洒な4LDKのシェアハウスマンション。
その広々としたリビングで、朝から元気な声を張り上げているのは、月兎族の姫にしてポポロ村の村長、キャルルだ。
彼女はラフなパーカー姿のまま、玄関で『タローマン』のロゴが入った特注の安全靴の紐をギュッと結び直した。
「マモル! いつも通り転移ゲートよろしく! 今日の午前中は、滞納してる悪徳商人の所にカチコミ……じゃなくて、税の徴収に行ってくるわ!」
「あぁ、いってらっしゃい。くれぐれも『月影流・顎砕き』で物理的に徴収するのはやめろよ」
俺――世界を裏からプロデュースする男、マモルが呆れながら空間に魔法のゲートを開くと、キャルルは「任せて!」と爽やかに笑い、特注の安全靴を鳴らして光の中へ消えていった。
……通勤時間、わずか0秒。異世界スローライフも、俺の魔法にかかれば究極の時短通勤に早変わりである。
「おはきゅら~! みんな、朝から高額スパチャサンキュー! え? 朝ご飯? うん、今リスナーのみんなが貢いでくれた特上寿司のデリバリー食べてるよーっ! トロ最高ぉ~!」
キャルルが消えた直後、リビングのソファでは、天使族のT-チューバー・キュララがスマホのカメラに向かってウインクを飛ばしていた。
画面の向こうのリスナー(ATM)たちが投げ銭をするたび、彼女の口には高級な寿司が次々と運ばれていく。
そんな資本主義の頂点のような光景のすぐ隣で……。
「……カリッ。サクッ。……今日のパンの耳は、少し硬いですの。でも、噛めば噛むほど小麦の甘味が……」
海中国家の姫君であるはずの人魚・リーザが、古びた芋ジャージ姿で、スーパーの廃棄寸前だったパンの耳と、道端で摘んできた雑草のサラダを虚ろな目でかじっていた。
「リーザちゃん、少しお裾分けしようか?」
「い、いりませんの! アイドルたるもの、ファン以外の施しは受けない主義ですの!(ぎゅるるるるっ)」
腹の虫を盛大に鳴らしながら、リーザは強がってパンの耳を飲み込んだ。
俺が管理するこのシェアハウスは、どうやら極端な『経済格差』が発生しているらしい。
「ふふっ。皆様、朝からお元気ですわね」
最後に優雅に現れたのは、フワフワのお嬢様ドレスに身を包んだエルフの次期女王候補、ルナ・シンフォニアだ。
彼女は手にしたグラスの中で怪しく発光する緑色の液体を、ストローでちゅうちゅうと吸っている。
「ルナ……お前、また世界樹のヤバい植物でスムージー作ったのか?」
「ええ。一口飲めば寿命が300年伸びる『世界樹の朝露と幻覚マンドラゴラのスムージー』ですわ。マモル様もいかが?」
「絶対にいらん。それより、お前の足元にあるその箱は何だ?」
俺が指摘すると、ルナの足元には、世界樹の森から送られてきたらしい木箱が置かれていた。
ルナは「ああ、これですか」と微笑みながら、パカッと箱を開ける。
瞬間――リビング中に、『焦がし醤油と極上のバター』が入り混じったような、理性をへし折る暴力的なほどに甘く芳醇な香りが充満した。
「な、なんだこの美味そうな匂いは……!?」
「きゅら!? なにこれ、お寿司より美味しそうなんだけど!」
キュララが配信を忘れて身を乗り出し、リーザに至ってはパンの耳を落とし、ヨダレを滝のように流して箱の中を凝視している。
そこに入っていたのは、黄金に光り輝く一本の『とうもろこし』だった。
「今月の世界樹からのお小遣い(仕送り)の一つですわ。栽培禁止指定・国家反逆級アイテム……通称『ずっ友ロコシ』です」
「名前からしてろくでもねぇな! なんだそのふざけたアイテムは!」
俺の赤ペン(ツッコミ)が唸るが、ルナは純真無垢な笑顔で恐ろしい説明を始めた。
「これを半分に折って、ターゲットに食べさせるだけで、これまでの身分差も敵対関係も常識も全てすっ飛ばして、『ズブズブの共犯関係(ずっ友)』になれるという素晴らしい魔法植物ですわ」
「ただの汚職アイテムじゃねえか!! なんで世界樹がそんな生々しいもの作ってんだよ!」
「でも、マモル様。これには恐ろしい副作用がありますのよ」
ルナはふふっ、と笑みを深める。
「もし、このロコシによる癒着が第三者にバレて追及された場合……食べた人は強制的に『身に覚えがございません』『記憶にございません』とシラを切り始めます」
「……」
「さらに追及されると、『事務所(秘書)に確認させたところ、事務的なミスが判明いたしました!』と部下のせいにし始め……」
「……生々しすぎるだろ」
「最終的には、『現在、当局が捜査中の案件でありますので、コメントは差し控えさせていただきます!』と叫んで謎の体調不良を発症し、VIP病棟に強制入院して完全逃亡するんですの」
「現代の政治家の逃げ口上コンボを完璧に再現してんじゃねえか!!」
俺は頭を抱えた。こんなコンプライアンスの欠片もない劇薬、アルニア領にあるだけで大問題だ。
早く世界樹の森に送り返さなけ——
「……ズブズブの、関係」
不意に、地を這うような低い声が響いた。
振り返ると、リーザが血走った目で『ずっ友ロコシ』を凝視していた。その瞳の奥には、人魚姫の純真さではなく、底なしの『強欲』が渦巻いている。
「これさえあれば……大物プロデューサーや、テレビ局の偉い人とも……一瞬で『ずっ友』になれる……?」
「おい、リーザ。お前まさか……」
「パンの耳生活は、もう終わりですの!! 私は、この『ずっ友ロコシ』で……地上波のトップアイドルに登り詰めてみせますのーーーっ!!」
ガシィッ!!
俺が止める間もなく、リーザは凄まじい脚力(反復横跳びで鍛えた筋力)で飛び出し、ルナの手から『ずっ友ロコシ』をひったくった。
「あっ! こらリーザ、待て!!」
「愛と富(Love & Money)は私のものですのぉぉぉぉっ!!」
そのまま窓を突き破り、リーザはアルニア領の歓楽街へと全速力で消えていった。
残されたリビングには、割れた窓ガラスと、芳醇なバター醤油の香りだけが漂っている。
「……マモル様、リーザさん、元気に出発されましたわね」
「感心してる場合か! 絶対にロクなことにならねぇぞ!!」
俺は赤ペンを握りしめ、深いため息をついた。
狂気と欲望のシェアハウス生活。今日もまた、頭の痛いプロデュース業務(火消し)が始まりそうだった。
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