EP 8
引きこもり魔王の憂鬱と、最後の圧迫面接
北の最果て、暗雲立ち込める魔王領のさらに奥深く。
本来なら数万の魔物軍団が警護しているはずの『魔王城』は、信じられないほど静まり返っていた。
「……誰もいませんねぇ。門番のオークも、メイドのサキュバスも、もぬけの殻ですぅ」
「そりゃそうだ。待遇のいい『ポポロ村経済特区』の噂を聞きつけて、みんな転職しちまったからな」
コツ、コツ、と。
マモルとリリスの足音だけが、無人の玉座の間へと続く長い回廊に響く。
やがて辿り着いた最奥の扉を、マモルは遠慮なく蹴り飛ばした。
バァァァンッ!!
「ひぃっ!?」
豪快な破砕音に、玉座に座っていた漆黒の鎧の巨漢が、肩をビクッと跳ねさせた。
「だ、誰だ貴様ら!? 勇者か!? いや、勇者は東に向かったという報告が……! な、なぜ余の城に勝手に入ってくる! グレンはどうした! スアイはどこへ行った! 窓ガラスを割って飛んできた『退職届(氷漬け)』の意味が分からんのだが!?」
パニック状態に陥り、早口でまくしたてる巨漢。
彼こそが、このエターナル世界に絶対的な絶望をもたらすはずのラスボス――『魔王ゼノン』であった。
「……お前が魔王か。威厳の欠片もねえな」
「なっ、無礼な! 余は世界を闇に包む……ええっと、大いなる恐怖の象徴にして……」
マモルはズカズカと玉座の階段を上り、ゼノンの目の前で立ち止まると、おもむろに赤ペンを構えた。
「面接を始めるぞ、魔王。お前はなんで『世界征服』なんかしたいんだ?」
「は……? い、いや、魔王だからに決まっておろう! 光を駆逐し、人間どもを恐怖で支配する……それが余に与えられた絶対の設定なのだから!」
「薄いな」
ペチッ! と、マモルが赤ペンで魔王の兜の額部分を叩いた。
「い、痛っ!? 貴様、何をする!」
「そんな『誰かが書いたテンプレ(マニュアル)』をなぞってるだけのヤツに、読者は1ミリも魅力なんか感じねえんだよ。正直に言え。本当のところ、お前は世界征服なんて『どうでもいい』と思ってるだろ?」
「なっ……!」
図星を突かれたのか、魔王ゼノンが露骨に狼狽する。
「考えろ。世界を征服した『後』のことを。領土の管理、税の徴収、反乱軍の鎮圧、人間と魔物の融和政策、毎日の定例会議に、世界向けプレスカンファレンス……『世界征服』なんてのはな、究極のコミュニケーション能力が求められる【超絶・陽キャ(外向的)向けの仕事】なんだよ!!」
「……っ!!??」
マモルの放った残酷な真実に、ゼノンは頭を抱えて玉座に崩れ落ちた。
「お前、本当はずっとこの玉座(部屋)に引きこもっていたいだけだろ。お前の『魂』を見せろ!!」
マモルの一喝が、玉座の間に響き渡る。
その瞬間――ゼノンの中で、魔王という「設定」の枷が音を立てて砕け散った。
「ああああああっ!! その通りだぁぁぁっ!!!」
ゼノンは漆黒の兜を床に叩きつけると、涙と鼻水でグシャグシャになった素顔(青白い肌の青年)を晒して叫んだ。
「余は……余はな!! 本当はこの薄暗い部屋で、一人で黙々と『1/144スケール・暗黒城郭プラモデル(ジオラマ)』を作っていたいだけなのだ!! なのになぜ、余が玉座から立ち上がって、外の光を浴びて、人間どもを支配しに行かねばならんのだ!! 外なんか出たくない! 怖い!! 怖いのだぁぁっ!!」
「……」
「だから、さっさと世界を恐怖で染め上げて、誰も余の部屋に寄り付かないようにしようと思ったのに! 部下はみんな辞めるし、勇者はラーメン食ってるし、もう意味が分からん!! 余はただ、静かにプラモを組みたいだけなのにぃぃっ!!」
世界征服の理由。
それは「究極の引きこもり環境(誰にも邪魔されないジオラマ制作部屋)を作るため」という、あまりにも後ろ向きでインドアな欲望だった。
マモルはしばらく黙って魔王の号泣を聞き――やがて、深く頷いた。
「……百点満点だ。それでこそ、ラスボス(お前)だ」
「……え?」
「世界を管理する器じゃねえなら、クリエイターになればいい。お前、部下がいなくなるまで気づかないほど、超絶な集中力を持ってるな? だったらその才能を、ジオラマ制作に全振りしろ」
「し、しかし……そんなもの、誰が評価してくれるというのだ……」
「いるさ。南にある『ポポロ村経済特区』には今、金を持て余した連中がごまんと集まってる。お前の作った精巧なジオラマは、あそこのリゾートで最高級の『お土産(アート作品)』として爆売れするぞ」
マモルがニヤリと笑って親指を立てると、ゼノンの顔にサァァッと光が差した。
「そ、そうか……! 余の作品を、評価してくれる市場があるのか! しかもポポロ村に行けば、スアイのサウナに入り、ユートのラーメンを自室に出前してもらいながら、一生プラモを作って暮らせるということか!?」
「そういうこった」
「行く! 余は今日から魔王を辞め、ジオラマ作家として生きる!! ポポロ村の永住権をくれぇぇぇっ!!」
元・魔王ゼノンは、かつてないほどの凄まじいダッシュで玉座の間を飛び出し、ポポロ村へ向けて土煙を上げて消えていった。
その劇的な幕引きを前に、リリスの手元にある『エンジェルすまーとふぉん』は、完全に処理落ち寸前になっていた。
『wwwwwwwwwww』
『魔王の正体、極度のインドア派モデラーww』
『世界征服は陽キャの仕事←これ真理すぎて草』
『このプロデューサー、とうとう魔王軍まで解散させやがったww』
『ポポロ村経済特区、これでエンタメ・アート部門まで完璧になったぞ!』
【現在の視聴者数:30,000人 ➔ 525,000人】
「ご、ごじゅうにまんっ!? 先生ぇぇ! 同接がとうとう50万人を超えましたぁぁ!! 天界の全ネットワークがパンク寸前ですぅ!」
「フッ、これでエターナル世界の『無駄な設定』は完全に掃除し終わったな」
マモルは赤ペンを指先でクルクルと回しながら、空っぽになった玉座を見上げた。
勇者、ヒロイン、裏ボス、魔将、そして魔王。
全員が「自分の欲望」のままに生き始め、世界を救うというメインクエストは完全に消滅した。
しかし、その結果として世界はかつてないほどの熱狂と経済的繁栄を迎えている。
「さあ、見習い女神リリス。お前の卒業制作(この世界)、どうやら完成したみたいだぜ」
マモルの言葉に、リリスは涙目で大きく頷いた。
テンプレ崩壊から始まった破天荒なプロデュース業は、ここに一つの大きな到達点を迎えたのである。




