EP 5
炎魔将軍の社畜悲歌
勇者、ヒロイン、裏の主人公。
人間側の初期設定を片っ端から粉砕したマモルとリリスは、ついに敵陣営である北の『魔王領』へと足を踏み入れた。
荒涼とした大地に建つ、トゲトゲしいデザインの砦。
そこは、本来なら第1話で勇者の村を焼き払い、絶望を与えるはずだった最初のボスキャラ――『炎魔将軍』が駐留しているはずの拠点である。
「よし、乗り込むぞ。どんだけ恐ろしいバケモノがお出迎えしてくれるか見ものだな」
バァァァンッ! と、マモルが砦の扉を蹴り開ける。
しかし、そこに広がっていたのは、血湧き肉躍る戦闘準備の光景などではなかった。
「……あー、ダメだ。人間界への遠征費用の稟議書、経理のオークにまた突き返されたぞ。なんだよ『炎魔法の燃料代は経費に落ちません』って……自腹で村を焼けってか?」
部屋の隅。
パイプ椅子に猫背で座り、薄暗い魔力ランプの下で、ペラペラのわら半紙にひたすらハンコを押している男がいた。
頭髪がメラメラと燃え盛る大柄な魔族。彼こそが、魔王軍四天王の一角『炎魔将軍グレン』であった。
「な、なんか……すごく哀愁が漂ってますねぇ……」
「お前の作った手抜き世界、敵の組織図までポンコツじゃねえか」
マモルがズカズカと部屋に踏み込むと、グレンは死んだ魚のような目でこちらを振り向いた。
「ん? なんだお前ら、アポは取ってあるのか? 悪いが今日はもう定時なんでな、村を焼くのは来月にしてくれ。予算が降りねえんだ」
「バカ野郎!!」
ドンッ!!
マモルは事務机を両手で激しく叩き、赤ペンをグレンの鼻先に突きつけた。
「来月じゃ遅えんだよ! 読者はな、第1話のクライマックスで炎魔将軍が村を焼き、勇者が絶望からの覚醒を果たす展開を待ってんだ! 『納期(読者の期待)』を守れ!!」
「の、納期ぃ……? なんだお前、いきなり現れて……コンサルの悪魔か何かか?」
マモルの凄まじい気迫に、グレンがパイプ椅子から転げ落ちそうになる。
「いいか、炎魔将軍。予算がねえ、経理がうるせえ、そんなのはお前ら魔王軍の都合だ! お前は本当は、こんなチマチマした事務作業がしたいのか!? 違うだろ!」
「……え?」
「お前は炎の魔将だ! すべてを灰燼に帰す力を持ってるはずだ! お前の魂(本音)を吐き出せ! 今、一番何がしたい!!」
マモルの「赤ペン添削」という名の、強烈な魂の揺さぶり。
グレンは震える手で、書きかけの稟議書を握りしめ――やがて、その書類を自らの炎でボワッと燃やし尽くした。
「俺が、一番したいこと……!」
ゴォォォォォォッ!!!
グレンの全身から、これまでとは比にならないほどの爆炎が噴き上がった。
「決まってんだろぉぉっ!! 早くバカ勇者をぶっ倒して、有給休暇を消化してぇんだよぉぉぉっ!!!」
「……!」
「毎日毎日、魔王様は『世界征服だ』って言うだけで具体策ゼロ! 経理は予算を削る! 下っ端のゴブリンはすぐ労基(魔王軍労働組合)に駆け込む! 中間管理職の俺は、もう半年も休んでねえんだよ!!」
涙ながらに吠える炎魔将軍。
その悲痛な叫びは、天界に生配信されているゴッドチューブの視聴者(主に下級神たち)の心に、クリティカルヒットした。
『あ、あああ……(涙)』
『わかる、わかりすぎる……! うちの主神も口だけで丸投げしてくる!』
『炎魔将軍がんばれ! 勇者なんか秒で倒して休め!』
『なんだこの敵キャラ、めっちゃ応援したくなるんだがwww』
『スパチャ(お供え物)投げとくわ。美味い酒でも飲んでくれ』
【現在の視聴者数:21,500人 ➔ 48,000人】
「よんまん!? 先生、同接が4万8千ですぅ!! しかも炎魔将軍宛てに、天界からお供え物(投げ銭)がバンバン飛んできてますぅぅ!」
「フッ。サラリーマン(視聴者)の共感を舐めるなよ」
マモルは満足げに頷くと、炎を燃え上がらせているグレンの肩をポンと叩いた。
「よく言った。だったら、村を焼くなんて回りくどいことをしてる暇はねえな」
「あ? どういうことだ、プロデューサー」
(いつの間にか、グレンもマモルをプロデューサーと認識していた)
「勇者は今、東の農村に向かってる。ラーメンを探しにな。お前も直接そこへ行って、勇者と決着をつけてこい。勝てば晴れて有給消化だ」
「ラーメン……? よくわかんねえが、ターゲットが外をウロついてるなら好都合だ。出張費(自腹)を払ってでも、今日中に終わらせてやる!!」
グレンはボロボロのパイプ椅子を蹴り飛ばし、炎の流星となって砦から飛び立っていった。
その背中からは、魔族としての邪悪なオーラではなく、「今日こそ絶対に定時で帰る」というサラリーマンの凄まじい執念が立ち上っていた。
「よし、これで勇者と魔将のエンカウント(衝突)フラグは立った。ラーメンを探す勇者と、有給のために戦う社畜。最高の異種格闘技戦になりそうだぜ」
「先生……なんかもう、当初の『世界を救う』って設定、微塵も残ってませんね……」
リリスがツッコミを入れるが、画面の向こうのコメント欄はかつてないほどの熱狂に包まれていた。
「さて、次は『氷魔将軍』だな。無駄なエロ設定がついてるって話だったが……徹底的に指導してやる」
マモルの手の中で、赤ペンがギラリと光る。
新生エターナルの熱狂は、まだまだ留まることを知らない。




